第65話 ヘーネベッタ
ナリナーヅメが銃を構える。
一発目。
引き金に手をかけるだけで、実際はスキルを使わない。見せることだけを目的とした動作であり、言うなれば、本命につなげるためのパフォーマンスだ。
ナリナーヅメとほかの人間とに、決定的な差があるとすれば、それは使えるスキルが一つしかない、という点に帰結する。ゆえに、ナリナーヅメはこれを極限にまで応用させた。妖精の瞳こそ持ってはいないものの、往時からナリナーヅメは、スキルの発動に条件をつけたのだ。ある種の動作をしたときにだけ、妖精に
結果、多大な時間を費やしたものの、ナリナーヅメは獲得するにいたったのである。不発と本命とを、自分の意思で区別するのに成功したのだ。ほかのだれにも真似することのできない、ナリナーヅメに固有の芸当であろう。そして、これはナリナーヅメのスキルと、すこぶる相性がよかった。
不可視の弾丸である。
こうした一連のパフォーマンスに対し、ヘーネベッタは、一切の回避行動を取らなかった。
おかしい。
そう疑問に思いこそするものの、考えられる道理もないわけではない。ヘーネベッタのスキルだ。
四種類すべてのスキルとなると、未確認なものも含まれるが、そのうちの三つについては承知している。
ほかのスキルを一回だけ無効にするという、強力な技である。
これを事前に使われていたのだとしたら、無警戒に近寄って来ることも納得がいく。向こうは今、完全防御の鎧を、身につけているのに等しい状態だからだ。
なれば、その余裕を崩してやろうではないか。不可視のスキルを無力化しても、弾自体は見えないままだ。敵は鎧が剥がれたことにさえ気がつけない。ゆえに、二発の銃弾で十分に仕留められる。
二発目と三発目。
拳銃を左右に振りながら、トリガーを二度引いた。そのうちの一回はスカだが、もう一方は脚部を狙った本命である。
放たれた弾丸は直線状の軌道を描き、そのままヘーネベッタに向かって飛んでいく。
「何?」
そこで、初めてナリナーヅメは声をあげた。
弾丸が打ち消されないのである。
向こうの有効範囲内には、もう入っていることだろう。もしも、すでに
ということは、無敵の鎧をまとっているわけではないのか?
ナリナーヅメの驚きは止まらない。
走っていたヘーネベッタが、何もないところで急に飛び跳ねたのである。それはまさしく、自分の弾丸が、命中するはずだった場所にほかならない。
まるで見えているかのような動きである。
連射。
そのうちの一度にだけ本命を混ぜてみる。
だが、結果は同じであった。明らかに弾道を予測したうえで、ヘーネベッタは
「なるほどね……。ウビリャーミと同系統のスキルっていう話は、単なる
本来のスキルは弾道の予測。
これでは不可視のスキルも
「オレの負けか」
もしも、自分の相棒が、複数のスキルを有していたならば、このピンチも脱することができたのだろうか? いや、それは望むまい。一つしかなかったからこそ、自分たちは今までやって来られたのだ。
もはやスキルの残数はない。潔く、受け入れよう。
力なく拳銃をおろせば、ナリナーヅメの頭部は
用心深く、ゆっくりと死体へと近づきながら、ヘーネベッタが静かに独り言ちる。
「……半信半疑だったが、念のためにスキルをごまかして正解だったな。やはり、間者が紛れこんでいたか」
コーザたちの逃げていった方角を、ヘーネベッタは鋭く睨みつけた。
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