第60話 きっと、初めから巻きこまれる運命だったんだ。

 氷結は煙草を口から吐きだすと、乱暴に足で踏みつけて火を消す。


「はあ……種明かしが必要なのかい? あまり、あたいをがっかりさせないでほしいねぇ。坊や(ニシーシ)は帰りの道中に不安があったからこそ、護衛としてお前をつけたんだ。そのお前が不慮にワープゲートを、一人で潜ることはありえないよ。たとえ、それは相手が飛ばし屋ジャンパーであってもね。遭遇したのだとしても、セーフティが近くにあるならば、二人してそこに逃げればいいだけだ。転移させられたのであれば、これもやっぱり同じこと。いずれにせよ、あたいの前には二人の人間がいなきゃ、甚だおかしい。つまり、お前は順調に事を運んでいるということだ。だから、坊やはちゃんと故郷に戻れたし、この来訪も必要だったからこそのものだねぇ。かわいそうに……あたいの愛しいコーザちゃん。体のずれがまるで隠せていないよぅ。おおかた、二重にじゅうマップのスイッチが、坊やのいたセーフティの周辺にでも、あったという具合だろうさ。ダメじゃないかぁ、コーザ。あたいを本気で騙したいのなら、ここに来る前から策を講じてなきゃ。そんな拙い出まかせで、どうにかなるのだと思われていたのなら、あたいは寂しさから、お前をこの場で磔にしちゃうよぅ。……ものはついでだ。なんで、お前がそこまでして張りきっちゃうのか、その理由まであててやろうか? お前は妖精王に会ったんだ」


 目が泳ぐ。

 それこそ、ここの住人たちには、だれにも話していないことだ。ニシーシにでさえ、伝えたのはセーフティを離れてからである。聞いている者なぞ一人もいない。

 そうだと言うのに、なぜそれを氷結が知っているのだ。


「お前は……いったい何なんだ」


 コーザの怯えるような反応は、ずいぶんと氷結のお気に召したらしい。麗しい高笑いをあげながら、氷結がなぶるようにコーザの頬を撫でていく。


「いつもダンジョンを出たがっていたのはコーザ、お前自身だ。そんなお前が、ダンジョンの出口を見つけるためでもなく、いきなり貴重な貯金を崩して人探しなんて、嫌でも内容に想像がつく。よほど、衝撃的な出来事に直面したんだろうねぇ。お前の価値観を、根底から覆してしまうようなものと言えば、そんなのは妖精王しかない。……どうだい、実際に会ってみて。それは感動したのかい? それとも興奮したのかい? ああぁ、どうにもならない現実を目の前にして、無様にも打ちひしがれたのだとしたら、あたいにとっては最高だねぇ。だが……待ち人のほうがうまくいっているなら、保留していた支払いを済ませてもらおうか」


 屈辱だった。

 ほかの人に言いあてられたところで、コーザとしても見事という感想以外は、別段に抱かなかったことだろう。

 だが、この者はどうか?

 およそ、相手の神経を逆なですることだけが、生きがいであるかのような、極めて度しがたい奸物だ。そんな人間に、自分の動機を事細かに解説されるのは、この上なく、見くだされているような気がしてならない。

 コーザは腕が振動するほどに、拳を固く握りしめると、相手が格上の存在であることも忘れ、氷結を思いきり睨みつけていた。


(落ち着け……まだ大丈夫だ)


 氷結はムッチョーダと抗争中である。それに照らせば、自分にかまっているような余裕はないはずだ。間違っても、無茶な注文はされるまい。

 しかしそこで、はたとコーザは気がつく。


「まさか……!」


 にやりと氷結が唇を持ちあげ、悪趣味にほころぶ。


「そうさ、コーザ。つきあってもらうよ、あたいたちの抗争に」


 考えられる限り、それは最悪の対価だった。

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