第1話 婚約破棄寸前の私たち

 私がセヴェリ様と婚約したのは、三年前。

 

 ペリウィンクル王立魔法学園に通っている私たちは、同じ学園にいるものの同じ学級になることはなく、一度言葉を交わしたことがあったくらいで、これと言った接点はない。


 ただ、公爵家の令息で王国一の美貌と名高いセヴェリ様は人気者で、彼の噂を聞くことは度々あった。


 「氷の貴公子様」


 そう謳われるに相応しい、無口で無愛想な人。


 とりわけ仲がいいというわけではないのだ。

 それなのに、ある日いきなり庭園に呼び出されて、求婚された。

 

 なぜ私に求婚したのかわからない。


 卒業したらすぐに結婚してほしいと言われたから、初めは好意があると浮かれていた。


 しかし、一緒に出掛けるのはおろか、必要最低限の会話しかしてくれない彼を見ているうちに、何か別の理由があったのかもしれないと思うようになった。


 私の実家――クレーモラ伯爵領にある魔法石の鉱山の採掘権が欲しかったのか、はたまた、都合のいいお飾りの妻になってくれそうな人物として見られていたのか。


 いずれにせよ、私への好意は少しも無かったに違いない。


 セヴェリ様への気持ちは冷めて、いつしか私も彼を避けるようになった。


 そして時間は流れ、昨日に至る。 


「ユスティーナ、ついにエルヴァスティ公爵家から便りが来たよ」


 居間でお母様とお茶をしていると、お父様がやって来て一通の手紙を手渡してくれた。

 

「セヴェリ様のことで話があるみたいね。それってやっぱり――婚約破棄、かしら?」

「いいや、そんなことはない!」


 むしろ私は、それ以外の可能性を考えられない。


 私と婚約者のセヴェリ様は社交界で、婚約破棄は秒読み寸前と噂されているというのに。


「とりあえず会いに行くわ。身支度をお願いできる?」


 メイドたちに声を掛けると、何故か彼女たちはじいんと涙を潤ませて両手を胸の前に組む。


「お、お嬢様が久しぶりにエルヴァスティ卿とお会いになるのですね! 腕によりをかけて準備いたします!」

「むしろ手抜きでいいのに……」


 これから婚約破棄されるのに着飾ってどうするのだ。

 

 そう異議を唱えても、彼女たちは聞いてくれなかった。

 徹底的に磨かれ着飾られて、笑顔で送り出された。


(こんなに喜んで送り出されると、婚約破棄された後になんと話し掛けたらいいのかわからないわね)


 送り出されてしまったのなら仕方がない。

 開き直って「いや~、婚約破棄されちゃったよ~。あはははは」と言って乗り切ろう。


 家の者たちに対しては、それでいい。

 問題は、先方――エルヴァスティ公爵家だ。


 この婚約はセヴェリ様、ひいてはエルヴァスティ公爵家から申し込まれた婚約だから、どのように断ってくるのかわからない。


 意気込んで行ったのに、エルヴァスティ公爵家に到着すると、何故か使用人一同が総出で出迎えてくれた。


「クレーモラ伯爵令嬢、お待ちしておりました」

「あ、ありがとう……。エルヴァスティ公爵閣下のもとに案内してくれる?」

 

 これから婚約破棄をされる人間に対しても全力でおもてなしをしてくれるなんて、なんだか申し訳なくなる。


 恐縮しつつ執事長の後をついて行っていると、一人の少年が庭園で遊んでいるのが見えた。


「あら? セヴェリ様の親族かしら?」


 じっと見ていたためか、少年もまた私に気付く。


「こんにちは。一人で遊んでいるのですか?」


 少年はこくりと頷くと、とてとてと歩いて近づいて来た。


 しゃがんで目線を合わせる。

 近くで見るとセヴェリ様によく似ている。


「……はい。父上たちはお客様とお話がありますから……」

「そう。一人で待っていられるなんて偉いですね」


 可愛さのあまり、思わずよしよしと頭を撫でてしまった。

 少年はぱちぱちと瞬きをしつつ、私の顔をじっと見つめている。


「お姉さんは天使ですか?」

「ふふ、天使に見間違えてくれるなんて嬉しいわ。あいにく、私はただの人間ですよ。ユスティーナ・クレーモラといいます」


 すると、少年は先ほどまでのあどけない表情をしまい、美しい所作で礼を執る。


「僕はセヴェリ・エルヴァスティです」

「あら、セヴェリ様と同じ名前なのね」

「セヴェリは僕です」

「あのね、私の婚約者も同じ名前なんですよ」


 同じ家門でも同じ名前の子どもが現れるらしい。


「そのお方がセヴェリ様――クレーモラ嬢の婚約者の、セヴェリ様でございます」

「え……? ご、ご冗談を」


 あははと笑えば、執事長は苦々し気な表情になる。


「これ以上はわたくしの口からお伝え出来ません。どうぞ、旦那様より事情をお聞きください」

「ええっ……?」


 ご冗談を。


 またそう言いかけて、言葉を呑み込んだ。

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