第3話 神判

 約二百年前にも世界の覇権を巡った混沌とした時代があった。そんな時、最も軍事活動が活発だったラーズ連邦国の上空に突如として現れた『終焉の魔女』。


 そして、魔女が放った漆黒の大魔法はラーズ連邦国の全てを滅ぼしたという。


 『神判の時――』そんな言葉を残して。



 ◎



 【アストロ帝国 帝都】


 上空に浮かぶ不気味な女はこう言い放った。


「――神判の時です。」


 人々の耳にそれが届くと、


「――ッま、魔女だッ! 『終焉の魔女』だぁ!!」


 一瞬にして帝都は逃げ惑う人々でごった返す。 そして、こんな時にこそ人の本性が現れるといもの――、


 一秒でも早く少しでも遠くへ逃げたいが為、すぐさま家族を見捨て、一人その場から走り去る者が居れば――両親とはぐれ、人混みの濁流に飲まれるしかない幼き者――しかし、そんな幼き者を抱き抱え、共に助かる道を模索し全力で走り出す者もいる。

 そんな人々を眼下に魔女は口を開く。


「愚かなる人々よ――神に代わり、今ここに裁きを下します。」


 魔女は手に持った杖を天へ掲げると、快晴だった青空は段々と薄暗くなり――


「あなた達の死は決して無駄にはなりません。 平和への礎となるのです。」


 最終的には漆黒の闇へと移り変り、一切の光を得る事が出来なくなった人々は更なる混乱へと陥る。


 この極限の恐怖の中、泣き叫ぶ人々の声は本当に心苦しいもので聞くだけで胸を強く締め付けるられる。 

 この時魔女の頬を伝う一雫の涙があった事。それは誰も知る由はない。


 暫くすると帝都を包み込んだ闇は掻き消え、青空が戻った。 再び光を得る事が出来るようになった人々は同時に希望も得るのだった。


 ――果たして自分達は助かったのか?


 その答えを得るべく、人々は魔女が居たはずの上空を見上げる。 

 だが、見上げた先――そこにあったのはなんともおぞましい光景だった。


 魔女が突き上げた杖の上に激しく渦巻いた巨大な闇エネルギーの集合体。


 ここへきて人々はようやく絶望を受け入れ、死を覚悟する。

 悲鳴も上がらなければ、逃げ惑う事もせず、美しい青空に不自然に浮かぶ『終焉』をただ見つめるだけ。そして――


 「――ごめんなさい」


 魔女はそう一言呟くと、突き上げた杖を地上へ向けて軽い素振りで振り下ろした。


 魔女が放った漆黒の大魔法――それは帝都のみならず、アストロ帝国全てを蹂躙し尽くし――そして、滅ぼした。



 ◎



「……本当に、これでいいの? こんな事をする為に私は永遠に生き続けなければならないの? ――ねぇ、教えて……クロ。」


 シャルナはクロの遺骨が入った黒箱を眺めながら呟いた。


 そこへ突如として現れた眩い光。

 よく見るとそれは人の形をしており、ただひたすらに眩しい光を放ち続けている。

 そして、それは悲痛な面持ちをしたシャルナを逆撫でするかのような軽い口調で話し掛ける。


「――それはもちろん、永遠にだよ」


「ゼルダ……」


「君がこの世界共通最大の『敵』として存在する事で世界は平和でいられるんだよ、素晴らしい事じゃないか! とにかく君は正しい事をやったんだ。ボクがそう言うのだから、そうなんだ」


 ――最高神『ゼルダ』。 シャルナを今の状況下へ追いやった張本人で、その呼び名の通りこの世の全てを創りだした最高の神。 ゼルダ以上の神はいない。

 そんな偉大な神と言葉を交わせるシャルナなのだが、


「――私はあなたが大嫌いです。 話掛けないで下さい!」


「そんな事言うなよぉ〜。 『不老不死』の加護も与えたじゃないかぁ。 君にしか出来ない事なんだよぉ、頼むよぉ〜」


 ゼルダの光の人形ひとがたシルエットは両手を合わせて「お願い」のポーズを取る。


「『不老不死』なんていらない! そのせいで私はずっと孤独なの! 不幸なの! どうして私があなたの――『神の代理人』なんてしなくちゃならないの?!」


 世界の秩序を保つ上である程度の犠牲と恐怖が必要と考えたゼルダはそれの象徴としてシャルナの存在をあてがった。


「ボクは神だから。いつも言ってるだろ? ボクは直接的な干渉が出来ないって。 だからボクの……『神の代理人』として君には働いてもらわなければならないんだよ。 君がやらなければ、この世界は滅ぶんだ。人間は愚かだからね。」


 しかし、だからといってシャルナの真の役割を人々が知る由はない。そして、報われる事もない。只々人々から疎まれるのみ――


「もう嫌なの!! 私は……私だって幸せになりたいの!」


 ゼルダもまた、シャルナの気概を感じ取り、それまでのお調子口調を止めて静かな口調でそれに答える。


「そうか。 シャルナ……君がやらないのならば君以外の次の『神の代理人』を探すだけだよ。 但し、次が見つかったその時には君に与えた『不老不死』の加護は打ち消す。 もちろん、そうした時に君を襲うのは壮絶な死だ。 これまで重ねるはずだった千年分の老化が一瞬で起き、君のその美しい肉体も見るに耐えたい姿となって死を迎える。」


「――――」


 押し黙るシャルナ。


 こんなやり取りは今回が初めてではない。その度にシャルナはゼルダのこの脅し文句に平伏す事しか出来ない。そう、シャルナの命はゼルダの手の下にあるのだ。



 それにしても、全く身勝手な話である。


 あれだけ数多くの命を奪っていながら、結局我が身が一番可愛いという事を証明している。シャルナはそんな自分が情けなくて大嫌いだ。でも、それでも――


「私は……まだ死にたくありません……」


 シャルナは弱々しい口調で自らの『夢』を語る。


 幼少の頃からの夢――


「愛されて、みたいんです……『お嫁さん』に、なりたいんです……」


 もはや、誰でもいい――それがどんな人であっても。それほどにシャルナは愛に飢え、愛される事に憧れている。


「幸せを、愛を……知らないまま死ぬのは嫌なんです。」


 シャルナの『生』に対する執着が何故なにゆえの事かは以上のシャルナの言葉の通り。

 

 だがここでシャルナへ向けてゼルダから辛辣な問いを投げかけられる。


「……シャルナ。君を好きになる者がこの世界にいると思うかい?」


 意地の悪い問い――もちろん思わない。

 

 自分がどんな馬鹿げた夢を――いや、そもそも自分には『夢』すらも抱く資格はないのだろう。それを今改めて自覚し、受け入れる。

 誰かに愛される事をずっと今まで夢見てきた。あり得ない事と分かっていながらも……


 それまで言葉弱々しく「――幸せになりたい……」と懇願していたシャルナは一転。 冷たく、淡々とした口調でゼルダの問いそれに答える。


「えぇ。そんな事はあり得ないでしょうね。 それと――お願いですから消えて下さい。 そして永遠に喋り掛けないで下さい。 嫌いです。とにかく嫌いです。死ぬ程あなたが大嫌いです」

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