第20話 エミリーの想い

 薬草を安定して確保するため、結界塔を取り戻す。

 そのインフィの計画に、エミリーは賛成してくれた。

 ただし、それを二人だけで行うと言ったら難色を示された。


「結界塔に辿り着くだけなら簡単でしょうけど。魔力を充填して再稼働となると、二人じゃ無理でしょ」


「いえ。それができるんです。そのためには質のいい魔石が必要でして――」


 インフィが金額を言うと、エミリーは「うーむ」と唸る。


「買ってくれたら、毎日一緒にお風呂に入ってあげます」


「買ってあげるぅ!」


 というわけでインフィは今、エミリーに抱きしめられながら湯に浸かっている。

 体が溶けそうなくらい気持ちいい。これでエミリーがいなければもっと……と言いたいところだが、人肌に包まれるのも悪くない。

 大人の女性であるエミリーの体は、起伏に富んでいて柔らかい。インフィは自分にない感触を味わった。


「あーん、インフィちゃんのお肌スベスベでツヤツヤ! ずっと触ってられるわぁ」


 などと言いながらエミリーは二の腕をさすってくる。

 インフィは別に嫌がっていないが、これを拒絶したがる人も多いはずだ。だからアメリアはインフィの保護者として、エミリーになにか言うべきところだ。

 なのにアメリアは幸せそうな顔で湯船を漂い「ああ~~、演算能力が溶けていくのじゃぁ」と、誰よりも風呂を満喫していた。


「エミリーさんこそ綺麗な体です。本当に百二十一歳なんですか? 二十一歳の間違いではなく?」


「あら、ありがと。ふふ、本当にその歳よ。若作り上手でしょ」


「アイテムを使っているのではなく、純粋に魔力のコントロールだけで若さを保っているんですか? 魔王に放っていた光の矢もアイテムを使わずに出していましたよね?」


「ええ。アイテムなんかなくても魔法を使えるわ。魔法師だもの。ほら、こんな感じに」


 お湯の一部がちゃぽんと跳ね、球体になり、宙に浮かび上がった。ビー玉サイズのそれはエミリーの指先に移動し、そして氷に変わる。


「凄いです……本当に魔力の流れだけでこれだけの現象を……」


 インフィが驚いていると、さっきまでとろけた顔だったアメリアが、いつの間にか真面目に氷を観察していた。


「ただ魔力を放っているだけではない。魔力回路を感じたのじゃ。アイテムを使わない代わりに、魔力そのものでその場限りの魔力回路を作っているわけじゃな」


「ええ。魔力回路を体で覚えるまで、同じ魔法を何度も何度も練習するの。その口ぶりだと、千年前はそうじゃなかったの?」


「うむ。吾輩たちの時代の魔法とは、なにかの道具を使って行うものじゃった。魔力はその燃料と割り切っておった」


「へえ。それなのに一目で現代の魔法を理解するなんて、アメリアって凄いのね」


「えっへん、なのじゃ」


 アメリアは嬉しそうに翼を広げ、お湯をちゃぷちゃぷさせた。


「人造精霊は演算、観測、分析に優れてますから。その中でもアメリアは高スペックなんです」


 インフィが褒めると、アメリアは更に興奮し、四肢をわちゃわちゃさせる。


「それにしても、魔法アイテムを作る技術が失われた代わりに、こんな技を産み出すなんて。まこと人間の適応力は素晴らしいですね。こういう魔法を使える人って沢山いるんですか?」


「そうねぇ。この王都だけでも何人かいるわ。でも私ほどの使い手は、世界中探しても、そうそういないわよ」


「へえ、凄いですね。けれど『そうそういない』と言うことは、少しくらいはいるんですか?」


「そりゃ、世界は広いし。どこかに無名の達人がいてもおかしくないわ。確実に言えるのは、私の師匠ね。まだあの人には勝てる気がしない。若さを保つ魔法も、光の矢も、全部その人に教わったの。私の師匠、ケイト・アーレス。おそらく最強の魔法師。けれど、もうずっと会ってないわね……今はどこでなにをしているのかしら」


 そう言ってエミリーは遠い目をした。

 魔王が現われても手伝いに来なかったなら、もう死んでいるのでは。インフィはそう思ったが、さすがに指摘できなかった。

 そんな可能性、エミリーが気づかないわけがない。その上で、まだ生きていると信じているのだ。エミリーにとって、そのケイトという師匠は、それだけ大切な存在なのだろう。


「師匠は、旅をするのが好きな人だった。色々な国を歩き回って、そこの人々と交流したわ。飢饉が起きた土地では、効率的な農作の方法を教えた。犯罪組織をいくつも潰した。そうそう、インフィちゃんほどじゃないんでしょうけど、ポーション作りも得意だったわね。私は師匠に救われた大勢の一人。故郷の村が魔族に襲われて、たまたま通りかかった師匠が助けてくれたの。私はその強さに憧れて、弟子にしてくださいってお願いして、村を飛び出した。私の背丈がインフィちゃんくらいの頃だったわね……」


「エミリーさんのご両親は、反対しなかったんですか?」


「私の親、二人ともそのときに死んじゃったから。反対する人はいなかったわ」


「そうですか……なんか、ごめんなさい」


「いいの。私は自分のような目にある人を少しでも減らしたいと思って、師匠から魔法を教わった。それで一緒に旅した。私が魔法で老化を止められるようになった頃……丁度、百年前になるのかしら? 師匠は『もう教えられることは全て教えた』って置き手紙を残して消えちゃった。それ以降、会ってないし、噂話も聞かない。もの凄く遠くで活躍してるから、武勇伝が伝わってこないのかもね。私は師匠みたいになりたくて、必死で戦い続けたわ。魔物の群れがいると聞けば東に行き、モンスターが結界内部に侵入しそうだと聞けば西に行く。盗賊団を潰し、麻薬組織を潰し、海賊を潰した。そうしているうちに名声が上がって、戦争の調停役なんて真似までやったわ。けれど、そのおかげでね。生まれ故郷であるこのバルチェード王国と、その周りの地域は、この百年でかなり治安がよくなったって自負があるの。私がもっと強ければ、もっと広い地域を守れるんでしょうけど……」


 エミリーは疲れを滲ませた声で語る。


「……一人で全てを救うなんて無理ですよ。師匠のケイトさんだって、旅した先の全ての人を救えたわけじゃないでしょう? エミリーさんは十分頑張ったと思います。ボクがこの時代で目覚めてからまだ一ヶ月も経っていませんが、色んな人がエミリーさんを尊敬していましたよ。これからも出来る範囲でやりましょうよ。疲れたら休みましょう。ボクも一緒に戦いますから」


 インフィは悠久の魔女の手を握る。

 すると彼女は驚いたように目を丸くし、それから穏やかに笑った。


「ありがとう……私を褒めてくれる人も頼ってくれる人も大勢いたけど、一緒に戦うって言ってくれたのはインフィちゃんが初めてよ。ふふ、ファーストキスを奪われたときよりもドキドキしたかも」


「大げさですね。ボクはボクができる範囲でしか手伝いませんよ?」


「インフィちゃんのできる範囲って、もの凄く広いじゃない。なによりも頼もしいわ」


 そう呟いて、エミリーはインフィを抱きしめる力を強くし、そして体重を預けてきた。

 誰もが尊敬する英雄に、寄りかかられてしまった。


「やれやれ。本当にマスターは天然の人たらしじゃなぁ」


 人造精霊が呆れた声で言う。やはりインフィはそれがなんのことか分からなかったが、エミリーには伝わったらしく「ええ、まったくよ」と微笑んでいた。

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