第13話 工業ギルド長

 インフィが作った薬草のリストは、早速、冒険者ギルドの掲示板に張り出された。『入院患者治療のため、受付にて買い取ります』というメッセージと共に。

 みんなの反応が知りたくて、インフィはいつもの受付嬢の隣にちょこんと座らせてもらい、ギルド全体を観察する。

 すると職員たちが次々とやって来て、インフィにお菓子をくれた。それをモグモグしていると、遠巻きに観察され「かわいいー。きゃ、こっち見たー」なんて言われた。


 ポーションや魔法武器の完成度を褒められるのは、イライザ・ギルモアにとって日常茶飯事だった。しかし容姿を褒められるのは新鮮な景色だ。

 インフィはイライザそのものではないが、その記憶の影響化にある。

 不慣れな状況に晒され、もじもじしてしまう。


 やがてジェマとフローラがギルドに現われた。彼女らはカウンター奥に受付嬢と並ぶインフィを見て、足早に近づいてきた。そして、いつもと違う服を見て「おおっ!」「あらぁ!」とそれぞれ感嘆し、腕を伸ばして頭を撫でてきた。

 もじもじ。

 そして二人は、ポーションの材料採取の仕事に取りかかってくれるらしい。


「あの。それなら私も一緒に行きましょうか?」


「いや、インフィは材料が集まったらポーションを大量に作るのだろう? なら今は休んで、英気を養うべきだろう」


「それにぃ、せっかく可愛い服を買ったんだから、もっと着ていたいでしょぉ? 街の外に出て汚れたら大変よぉ。ここはお姉さんたちに任せなさぁい」


 ジェマとフローラ。それから、ほかに何人かの冒険者たちが薬草を探すため出かけていく。頼もしい。これならすぐに集まりそうだ。

 インフィは受付嬢にその場を任せ、街に出た。

 短いスカートは、まだ少し恥ずかしいが、堂々としていれば誰も変な目で見てこない。

 今どきのオシャレ女子を気取り、喫茶店でイチゴパフェを注文する。


「マスター、吾輩も、吾輩も」


 おねだりされたので、二人分頼んだ。

 アメリアは前脚で器用にスプーンを持ち、美味しそうに食べる。

 当然だがアメリアは生物ではない。数日前までは魔導釜の一部として機能し、今はインフィの魔力で動いている人造精霊だ。本来、飲食の必要はないが、毒味のためにそれを行う機能が設けられている。

 その機能が今はコミュニケーションに役立っている。やはり一人で食べるより、二人のほうが楽しい。


 イチゴパフェに満足したインフィは冒険者ギルドに戻る。

 すると体格のいい老人が、受付嬢に詰め寄っていた。


「あの掲示板に張り出されている薬草のリスト……どう見てもポーションの材料だ。だが工業ギルドは冒険者ギルドに薬草を発注していない。一体、誰にポーションを作らせるつもりなんだ? まさか工業ギルドの職人を引き抜いたんじゃないだろうな? もしそうなら、うちはもう冒険者ギルドにポーションを売らねぇぞ!」


「引き抜きなど。決してそのようなことはしておりません。当ギルドの冒険者にポーションを作れる人材がいます。その人に作ってもらう予定です」


 受付嬢は冷静に言い返す。


「はっ! 冒険者が片手間に作ったポーションなんか効くかよ! だが、そういう話なら安心した。工業ギルドが脅かされる心配はなさそうだ。集めた薬草を下手くそなポーションにするくらいなら、お茶にして飲むのをオススメするぜ。そのほうがまだ効き目があるってもんだ。プロの職人じゃなきゃ、まともなポーションは作れないと悟りやがれ。悟ったら、頭を下げて工業ギルドに依頼するんだな。俺がギルド長の責任でポーションを用意してやる。一応、小売価格の相場よりは、ちょこっとだけ安くしてやるぜ! がっはっは!」


 どうやらこの老人は工業ギルド長らしい。

 冒険者ギルドがポーションの材料を集めていると聞いて、様子をうかがいに来たのだろう。それにしても目立つ人だ。声も体も大きい。腕の筋肉などインフィの胴体より太く、その辺の冒険者よりも強そうだ。


 若い冒険者が一人、工業ギルド長の前に立ち「ジジイ。このまま帰れると思ってんのか!?」と詰め寄った。しかし体当たりでズドンと突き飛ばされてしまった。


「ん? おお、わりぃな。細すぎて気づかなかったよ! がっはっは!」


「てめぇ……」


 突き飛ばされた冒険者は起き上がり、腰の剣に手をかける。

 が、いつの間にかその後ろに、冒険者ギルドの支部長が回り込んでいた。

 支部長は剣の柄に手を添える。あまり力を込めているように見えないが、若い冒険者は抜剣できない。


「し、支部長! 止めないでください! こいつは冒険者ギルドを侮辱したんですよ!?」


「そしてあなたは丸腰の老人相手に刃物を突きつけ、謝罪を要求するんですか? よしなさい。あなたがやろうとしている行いそのものが恥ですし、返り討ちにあって恥を上塗りするだけです」


「っ!」


 支部長は言葉遣いこそ柔らかいが、その声色には有無を言わせぬものがあった。若い冒険者はそれで大人しくなり、引き下がる。


「さて、工業ギルド長。あまり騒ぎを起こされても困ります。今日のところは大人しく帰っていただけませんかな?」


「よぅ、支部長。言われなくても帰らぁ。それにしても、お前さんともあろう男が、冒険者にポーション作りをさせるとはな。餅は餅屋だぜ。さっきも言ったが、薬草を無駄にするだけだ」


「おや。職人でありながら冒険者を突き飛ばしたあなたが言うのは妙ですね」


「はっ! さっきの奴が弱すぎるだけだ。だが、うちのギルドのポーション職人は全員一流だぞ」


「では、その一流のポーションを、もっと融通してもらえませんかね? 前と同じ契約内容とまでは申しません。せめて商業ギルドに卸しているのと同等の水準で」


「それはできねぇ相談だ。お前らのために薄利多売を強いられた職人たちにも、在庫不足に耐えた商人たちにも、示しがつかねぇ」


「……別に冒険者たちの私利私欲のためにポーションを優先的に回してもらったのではありません。魔物の侵攻から街を守るためです。そのくらい分かっているでしょう?」


「なら、お前さんだって分かっているはずだ。魔王がいる間に出した損失を取り戻さないと、廃業に追い込まれる職人や商人だっているんだ」


 二人の主張は平行線である。

 いくら議論しても結論が出そうにない。

 そのくせ白熱してしまった。

 やはり根本的な原因である『ポーションの需要と供給のバランス』を解決しないと、ギルド間の対立は深まる一方だ。


「あの。ボクがポーション作りを任された冒険者です。商店街で売られているポーションを見ましたが、酷いものですね。あんなので一流を名乗るなんて、この街の職人はどうかしてるんじゃないですか?」


 一石を投じるため、インフィは工業ギルド長を挑発した。

 九割九分は本気で言っているので、特に心が痛まない。

 そして相手の怒りに火をつけるのに成功した。

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