第3話 偉大な新技術
そこは『バルチェード王国』の『王都ルシオンシティ』という名前らしい。
インフィは公園のベンチに座り、周りの様子を観察し、そしてホッと安堵の息を吐いた。
なにせ、この千年後の時代でインフィが会話した人間といえば、まだエミリーだけだ。全ての人間がああだったらどうしよう、と不安を抱いていた。
しかし、この王都を見る限り、いきなり寝転んで「さあ好きにしなさい」などと言い出す人は一般的ではないようだ。
悠久の魔女エミリーは、森をさまよっていたインフィよりも一足先に王都に帰還したらしい。だからこそ人々は魔王が死んだと知り、こうしてお祭り騒ぎに興じている。
そこら中の露店が『魔王討伐記念価格』という、普段より安いのか高いのか分からない値段を掲げている。人々は笑顔でそれを買う。
広場の噴水の周りを子供たちが駆け回り、それを「平和だねぇ」なんて呟きながら大人たちが見守る。
そしてインフィは、聞こえてくる噂話から色々な情報を得た。
あの城で遭遇した化物は『魔族』という。『魔王』はそれを操る親玉。
魔族はあまりにも数が多すぎて、絶滅させるのが事実上、不可能らしい。そして何十年かに一度の頻度で、魔族の中から魔王が現われる。
魔王は魔族を統率された軍に変え、世界を支配しようと攻撃を仕掛けてくる。
今回の魔王による被害は、人々にとって死活問題だった。
滅ぼされた町の数は数え切れない。国そのものが消えた例もあるという。
なぜ魔王討伐のニュースがこんなにも人々を笑顔にしているか、インフィは理解した。
同時に、つねに戦いの最前線に立ち続けた『悠久の魔女エミリー』が、いかに尊敬されているかを知る。どうやら、ただの変な人ではないようだ。
「マスター、戻ったぞ。この街の物価はおおむね把握したのじゃ。吾輩がいれば、ぼったくられることはあるまい」
そう言いながら、白い小型ドラゴンがインフィの頭の上に降り立った。
「おかえりなさい、アメリア。ところでマスターの頭の上というのは不敬では? 乗るなら普通、肩でしょう」
「マスターの肩は狭すぎるのじゃ。頭が駄目というなら実体化を解除して消えるが?」
「いえ、頭でいいですよ。消えられると寂しいので」
「むふふ。マスターは寂しがり屋じゃな」
「そうですよ。だからちゃんと保護してくださいね」
そしてインフィとアメリアは、お互いが得た情報をすり合わせながら町を歩く。
いわく。
アメリアが小型ドラゴンの姿で飛び回っていると、人々は「精霊だ」と物珍しそうに見つめてきたという。
最初は人造精霊を略してそう言っているのだと思った。だがどうやらこの時代、精霊とは自然に生まれるものだけを指すようだ。人の手で作って補佐に使う、という発想がない。
その証拠に、店に並んでいる武器や防具、ポーションなどは、どれも千年前に比べて質が悪い。特にポーションは粗悪品しかなかった――。アメリアはそう語る。
「とてもではないが、人造精霊を作る技術力が残っているとは思えん。じゃからマスターは『たまたま精霊と友達になれた運のいい子供』として振る舞うといい。それで誤魔化せるじゃろう」
「なるほど。千年も経つと、失われた技術の一つや二つがあっても不思議ではありませんね。その代わり、新しい技術もあるはずです。悠久の魔女エミリーさんが魔王に放った光の矢のような。そういうのを探してみましょう」
ところがインフィは、技術の衰退を甘く見ていた。
たまたま見かけたポーション屋にふらりと入り、そこに並んでいるガラスの小瓶を見てギョッとする。
低品質にもほどがある。
まず色が薄い。材料をケチっている証拠だ。
魔力量も少ない。魔力が十分に込められていたら、ポーションの中に光の粒『魔力光』が浮かんでいるはず。それが目をこらせば少しだけ光って見えるかな、という程度しかない。
これでは軽い擦り傷を治すのにも時間がかかってしまう。骨折を治そうとしたら、何日も飲み続けなければならない。自然治癒よりはマシだが、しょせんはそれだけ。
千年前だったら、こんなもの低級ポーションとしてさえ扱われない。
「あの。もしボクがポーションを持ってきたら、買い取ってくれますか?」
「なんだい、お嬢ちゃん。ポーションを余らせてるのか? 悪いけど、この街は商業ギルドと工業ギルドの繋がりが強くてね。ギルドを通さずに仕入れたら、ここで商売できなくなっちまうよ」
店員は親切にそう答えてくれた。
なるほど、とインフィは頷く。組織のしがらみがあるから、こんな低質なもので商売するしかないのか。
本当はもっとまともなポーションを仕入れたいだろうに――とインフィは同情した。
ところが。
「それにな。この王都のポーション職人は腕がいい。ギルドの繋がりと関係なく、よそ者が作ったポーションなんか仕入れたくないね。店の信用にかかわる」
「え。腕がいいんですか? これで?」
「おうよ。ほら、この魔力光。肉眼でこれが見えるポーションなんて、この街の職人にしか作れない。濃厚な魔力が込められている証拠だ。飲んで三十分も待てば擦り傷が治る。毎日飲めば、骨折だって一週間もすれば完治だ。すげーだろ!」
店員がキラキラした綺麗な瞳を向けてくるので、インフィは正直な感想を言えなかった。
これが千年前の水準だったら「インチキ商売人」と罵ってやるところだが……現代ではこれでも質がいいのだ。
「えっと……その場で骨折が治るとか、千切れた腕が生えてくるとか、そういうポーションって聞いたことありますか……?」
「ん? わははははっ! 想像力豊かなお嬢ちゃんだな! もし、そんなのがあったら、一つ売るだけで一生遊んで暮らせるぜ!」
「そ、そうですか……ところで魔王はもういないんですよね? ならポーションの需要も落ち込んでしまうのでは?」
「いや、そんなことはねぇだろ。魔王がいなくなって弱体化するとはいえ、魔族が全て消えるわけじゃない。モンスターだっている。そもそも普通に生活していても怪我はするしな。ポーションの需要はいつだってある。むしろ、魔王のせいで今までポーションを軍隊や冒険者ギルドに取られていたが、それがこっちに回ってくる。ありがたいくらいだ」
「ふむふむ。無知を晒して恐縮なんですが、モンスターと魔族って、なにがどう違うんですか?」
「あー……それは俺も詳しくはねぇけど。モンスターってのは、あれだ。神様の加護が届かない土地の……瘴気領域から出てくる怪物共だろ?」
インフィは頷く。
千年前の知識と一致した情報だったので安心した。
「で、魔族は……確か千年くらい昔にあった古代文明を滅ぼしたんだよな。その時代の頭のおかしい、なんとかって魔法師が魔族を作って、世界を支配しようとしたんだ。それで大戦争が起きて、共倒れになって、文明が滅んだんだよ。子供の頃、じいさんに聞かされた」
「魔法師が、魔族を作った……?」
「信じられねぇだろ? いくら古代文明が今より凄かったからって、化物を作っちまうなんてな。まあ、そういう言い伝えがあるってだけだ。あんまり本気にするな。で、お嬢ちゃん。これだけ話をしたんだから、一本くらい買ってくれるよな?」
それもそうだ。インフィは情報料として一本買うことにした。
アメリアがなにも指摘してこないので、ぼったくり価格ではないらしい。
魔王の城で手に入れた硬貨で支払うと、ピンク色のポーションを渡された。
店員いわく、子供向けのポーションらしい。
インフィは通りに出てから小瓶を見つめる。相変わらず魔力光が弱い。
「ポーションに子供向けもなにもないでしょう。馬鹿にされた気分です」
千年前と変わらずモンスターの脅威にさらされ、魔族という謎の化物までいるのに、こんな低品質なポーションに頼っているなんて。
なんとかしないと、インフィがこの時代を満喫する前に、人類が滅んでしまうのでは。そんな危機感を本気で覚えた。
心配したら、のどが渇いてきた。
丁度ポーションが入った小瓶がある。
蓋を開けて一気に飲み干す。
傷がないので体に変化はない。
しかしインフィは驚いて口元を押さえた。
「イ、イチゴ味!」
それは千年前にはなかった発想だ。
かすかだが文明の進歩を感じた。
「美味しいのでもう一本買いましょう」
「いや。本物のイチゴを買えばいいじゃろ」
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