第8話 初デート、えぇ嘘です買い出しです
予定通り袋に入れられて背負われ、難なく門を通過。
隊長は表向きは、治安維持部門の数ある部隊の中の小隊隊長という身分みたいだ。獣人(亜人の中でエルフとドワーフを除いた人種をそう言うこともあるそう)は前線に送られることが多いので、小隊隊長なら珍しくはないらしい。私はそこの隊員。
この部門は日本でいう省みたいなもの。
トラキスタの文明はちゃんと発達している。組織は機能しているし、法やインフラも整備されている。
地球より遅れている部分が散見されるのは、ひとえに魔王の支配と人類の脅威であるモンスターの存在ゆえと思う。
その代わりそのモンスター素材と魔法と魔導具のお陰で、前世の科学技術では不可能だったことを可能にしている部分もある。
荷物として運ばれて大分経ってから、袋を降ろされて袋の口を広げて下げてくれた。どうやら何処かのお店の路地裏らしい。
「はふ」
一緒に入れてくれた魔導具のお陰で痛くも苦しくもなかったんだけど、圧迫感から解放されて息を吐く。
袋の縁をまたいで外に出ると、縮こまっていた羽根を大きく広げた。
「はー」
あぁ、思ったより黴臭くて埃っぽい、しまった、鳥人の五感をナメていました。
思わず咳き込む。
「ここまで来れば大丈夫だ。店主のギヌマとは顔見知りだからあまり口をきくなよ」
「え」
「ん? 覚えているのか?」
「あ、えと、いいえ」
ハイエが分からずにギヌマさんを覚えているなんて変だ。
私は慌てて首を振る。
「隊の魔導具は殆どがここで購入されている。
一般に普及しているものとは異なる専門的なものを扱っている。この身分証と許可証がなければ入店出来ず、売買も出来ない」
「…持つことは?」
「それで何かをやらかした時に、求められて許可証を見せられないとややこしいことにはなる」
「……そんなリスクをおかすということは、ここのものじゃないと難しいってことですか?」
「何があるか分からないからな。
一般で入手できるものは、日常生活に使う範囲にとどまるものだけだ。
専門職が使うものは冒険者ギルドなどここ以外でも手に入るが、制限は同じ。なら一択だ。ここは皇室御用達だからな」
「な、なるほど」
トラキスタでは肉は狩るものと知っていたから、戦いは身近なものなのかと思っていた。
モンスターは体内に魔石があったりはしないけど、生まれながらに人類に敵対心を持ち、たとえ命を助けても卵を孵しても決して懐かないからだ。
牛乳や卵などの畜産業はあるけどそれは
ちなみに、いわゆる普通の動物は存在しなくて、植物以外は(魚、虫も)モンスター。だからここで獣と言ったらモンスターのこと。
でも、考えてみたら当たり前なのかな? 誰でも日常に爆弾を持って歩いてたら物騒なことこの上ないよね…。
「移動時に使いきるようにすれば後腐れもないだろう。その後は隣国ハインブルで冒険者登録でもするといい」
その時は一緒です。
私は内心で呟く。念押ししたいけど悲しませちゃうから。
でも、言葉の端々でお前とはお別れだと突き放されているようで、私もいちいち悲しくなる。
考えるのは、よそう。
それより、ギヌマさんだ。
まさかここで会えるとは。
私は崩れた髪や服や羽根の毛並みを軽く手で撫でて整えると、彼の後をついて表へ回り。屈強な用心棒達に挨拶して、ゲートの差込口に許可証を挿し込み、開いた扉から中へ入店した。この辺りは身体が覚えていて、教わらなくても自然にやっていた。
■□
店内に入るときにふわりと何か目に見えないものに頬を撫でられた感触があった。
これが魔力で、もしかして防犯用の結界か何かかな?
私は頬に手を当てつつきょろきょろしたい衝動を必死に抑える。
顔見知りなら初めてのような顔をしていたら変に思われてしまう。
「いらっしゃい」
「奥を見させてくれ」
「どうぞ。…リッチェ、じゃれついていないなんて珍しいねぇ」
早速声をかけられた!?
それもそうか、リッチェが隊長と二人で買い出ししているのに、腕に抱き着いてはがされたりしていないのは不思議に違いない。
目が合わないように顔を上げず、相手の顔さえ見ていなかったけど、恐る恐る店主ギヌマさんの顔を見る。
「えと、ちょっと喉がやられちゃって」
さっき埃をうっかり吸ってしまったので事実ではある。
しゃがれた声で咳き込んでみせる。
ギヌマさんはドワーフの天才魔導具師。そして女神の戦士の一人。
リッチェとは決して切っても切れぬ仲だった。
何しろ、物語では、隊長とはぐれた動揺で羽根を射抜かれてしまったリッチェは、ギヌマさんに匿ってもらい難を逃れる。その後にとある事故で倒れたギヌマさんを連れてハインブルの辺境、熊人の村まで逃げ、恩返しに彼女を養い、献身的に介護を続けたという仲なのだ。
リッチェは自己中心的で、気が強くて自由で遠慮がなくて猪突猛進だし、目的のためには手段を選ばないところもあるし、実際ラルクに対しての所業で読者達からは嫌われていたけど。
裏表はないしストレートで、仕事と私事は弁えてきちんとしていたし、情を持った相手には尽くす人だったようだ。
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