第28話 役人の依頼

 村へ戻ると、ヴィスタさんとコニーさんがわざわざ前村長宅の前で私達を待っていた。

 中へ促されてリビングのソファに腰を降ろすと、コニーさんがお茶を淹れてくれて。それがかえって私達に警戒心をもたらした。


 かつて前世の日本では、顧客が相手だとオフの時間でも丁寧な対応をしなければならない見えない重圧があったけれど、トラキスタはその辺りはすごくドライ。

 オフの時はプライベートなので平身低頭する必要はない。


 けれど、コニーさんはわざとではないし悪意あってのことではないけど、私達に対して上から接するところがあった。

 本来なら到着後は自由のはずなのに、食器洗いやお風呂の支度などで私達が動き回っても、彼女が自ら動くことは全くしなかったし、申し訳ないと思っている様子もなかったからだ。

 自分はエリートで私達は下位冒険者だと思っているのだろう。


 そんな人が自らお茶を淹れるなんて、よっぽどの厄介ごとではないだろうか。

 私達がそう思うのも無理はないことだった。


「すまなかったね、呼び出して」

「いいや、一体何の用だ?」


 ヴィスタさんがそう切り出すけれど、ラルクはさらりと受け流す。

 彼は警戒心を露骨に示すような真似はしないけど、出されたお茶には手を着けていない。


蜜月みつげつを邪魔するのは無粋だとは思ったのだけど、ちょっと異常事態が起きてしまって、貴方達の手を借りたいと思ったの」


 そこでコニーさんが口を挟む。


「異常事態?」


 私の推しが蜜月を流しました。

 どう解釈すれば…!


「あ、やっぱり貴方達、付き合ってたのね」

「コニちゃん、そういう詮索は軽蔑の対象だと何度言えば、」

「付き合ってはいない。で?」


 ラルクが促した。そ、そうだよね、付き合ってはいません。


「「え」」


 え、何でヴィスタさんまで固まってるの?


 そして二人とも、何故私を見るの?


「だ、だってホントだよ?」

「「な」」

「え」

「「なんだってぇぇぇぇええ!!??」」


 コニーさんが勘違いしているのは知ってたけど、まさかのヴィスタさんもだったのか。


「いや確かに距離はやたら近いけど恋人というにはちょっとした違和感がなかったとは言わないけど!」

「え、どう見たって付き合ってるでしょ? どうして?」

「鈍感イケメンとか腹立つ、ああああ俺のお節介の虫が顔を出すううう」

「お前ら用があったんじゃないのか」


 ラルクは一人で冷静。


「あ、うん、ごめん、あまりのことにびっくりして。話を戻そう」


 ヴィスタさんはお茶を飲んで息を吐いた。


「実はね、急遽怪我人が出たんだけど、それが思ったより深手を負っていてね。回復魔法での処置は済んだし、本人も体力があるから命に別状はないんだ。

 だけど、あまり薬を用意してなかったから、色々と足りなくなっちゃってね」

「連絡はしておいたんだけど、行商の馬車が襲われてしまって、届かなくなっちゃったのよ」

「それで、すまないけど、近くの町まで行って、薬を調達してきて欲しいんだ。馬車は貸すし、マールに戻ったらギルドに依頼を出して、報酬も用意するよ」


 妙に畏まっていたのはそういうことだったんだ。私達に断られたら、かなりの日数がかかってしまうということなんだろう。

 それも当然。片が付くまで危険だから、余程腕に自信がない限りは往来がなくなる。


「回復魔法での処置が済んでいるなら、ブレッシを食わせりゃいいんじゃないか? 何か不都合でも?」


 あ、そうだね、そう言えば。


「ブレッシは役所の生活保護で受けられる手当の中に入ってないんだよね」

「本人が自分で望んで手に入れて口にする分には関与しないけれど、頼まれたとしても、費用を出されたとしても、こちらから提供することはないの」

「なるほどな」


 ラルクはそれ以上突っ込まなかった。

 ブレッシは治療行為とは扱いが異なるし、高額な上に厄介事と表裏一体だから仕方ないのかもなぁ。


「もう一つ質問」

「うん」

「襲われた荷馬車はどうなった?」


 そこを切り込まれるとは思わなかったのか、ヴィスタさんの表情は翳り、その口は重くなる。


「発見されたのは破壊された馬車と馬の死体だけで、商人と御者は見つからなかったらしいから、生死は不明。荷は全て奪われていたって。

 旅道の出来事だから、そもそもどこが対応するかでもめていて、確定するまで先の目途が立っていないんだ」

「役所がそれを依頼するつもりはないと?」


 二人は押し黙る。


 ラルクはそこを気遣ってくれると思ってた。感情で状況を見誤るようなことはしないし、割り切ることも出来るけど、情がないわけじゃないのだ。


「依頼したいのはやまやまなんだ、でも俺はそこまでの権限はないんだよね」

「少なくとも村に寄って物資を提供することを頼んでいたなら、仕事の範疇じゃないのか。上司にそう掛け合ったらどうだ」

「言ったんだけど……」


 彼は悲しそうな顔をした。


「何で助けちゃいけないんですか?」


 前世の意識が強い私としては、そこがそもそも不思議でならない。


「うーん…助けちゃいけないっていうか…」


 ヴィスタさんは、こめかみをぎゅ、と押した。

 悩んだり考えたりする時の癖なのかな?


「我が国は集落ごとの自治の連邦であって、集落以外の場所、まさに今回のような、旅道においての出来事は管轄とするところがない。そもそも外に出るのは自己責任だから、自分の身は自分で護ることになってる」


 もしかして、集落の外は無法地帯?

 つまり、ゴブリンが集落をつくろうが野盗が根城を作ろうが、自己防衛しなくてはならず、万が一があっても誰も助けに来てくれないってこと?


 それって、凄く怖いことなのでは。


「それでも助けるなら、誰が助けるのかってことになる。商業ギルドで保険に入っていればそこが動くし、その商人が住んでいる町の自警団が町の外まで救助に出てくれるなら、動いてくれるだろう。

 それがなくとも、家族が冒険者ギルドに依頼することもある」

「それを待たずに人命救助だからと真っ先に動くと、そこが担当なのだと勝手に解釈されて、責任を押し付けられる羽目になるってわけ。だからどこも腰が重いし慎重なの」

「事件が起きた場所はこの近く、つまりマールからかなり離れた場所だから、うちの上司も何処が動くか静観って姿勢なんだ。訴えたけど、許可が下りなかった」


 異世界に来たんだなってしみじみ思う。人の命がかかっていたらまず動いて、そこの責任とか費用とかどうとかは、後から話し合いをすればいいことなんじゃないのかな。


「少し二人で話をさせてくれ」


 ラルクが席を立った。私も慌てて後を追う。





 裏庭に出ると、井戸があって、そこそこ広かった。

 きっとお洗濯とかはここでするんだろうな。たらいが干してある。


 今日は凄く暖かい日で、午前中の柔らかな日差しが私達を照らし出す。


「リチ」

「はい」

「どうしたい?」

「襲われた人達は助けられないのかな? 商人さんだったら助けた報酬くらいくれると思うんだけど…」

「それがお前の望みか?」


 ラルクが微かに笑う。

 その表情では何を思っているのか複雑すぎて読めなかったけれど、何処か面白そうにも、楽しそうにも、嬉しそうにも見える気がした。


「うん」


 頷いた。


「遠くの町に薬を買いに行かなくても、その人達が持っているんでしょう?」

「そうだろうな。早く行けば荷を売りさばかれる前に間に合うかもしれん」


 私はじっと彼を待つ。


 ピロリン

 彼は頷いた。


「分かった。行こうか」




 結論から言うと、ラルクはヴィスタさんからの依頼を断った。

 そして、馬車が襲われた詳しい場所を聞いて、何も言わずに私達は村を出た。


 ヴィスタさんは追いかけてきて、何処に行くとも、何をするとも言ってないのに、止めてきた。


 二人で乗り込むなんて危険だって。


 確かに、敵の数も分からないのに、たった二人で敵の本拠地に赴こうなんて、凄く愚かなことかもしれない。

 だけど、私達は元諜報員だ。

 偵察や情報収集をしっかり行った上で、計画を立てて、少数で実行するなんてよくあったことだ。

 それに、不可能と踏めば、それはそれで商業ギルドに情報を売るなり、役に立てることはある。


 それでも正直に言えば、ラルクと私のコンビで出来ない気はしなかった。

 救出が目的なのだから、助けるだけでもいい。私達は姿を見られずに動くのは得意なのだから。





■■ ※第三者視点





 帰ってきた時、ここが本当に自分の家かと驚いた程に、屋根から外壁、窓、ドアに至るまで、何もかもが随分と綺麗になっていた。


 気が付いたら四年が経過しており、モンスター領域における過酷な戦闘奴隷としての経験が、屈強な彼を更に強くした。

 そんな彼でも、人として生きるのに必要な当たり前のものが与えられなければ、健康を害するのは当然のことだった。


 前村長、熊人のバルドは、治療を受けた後も高熱を出してベッドに横たわっていたが。

 自分の様子を見に来た男の様子がおかしいことに気付き、熱に浮かされながらも問いただした。


 ヴィスタの表情は曇る。


「…一体、何があった」


 重ねて問うても、彼はただ首を振る。


 ヴィスタにはヴィスタの理由があった。


 自分が薬のことを持ち出したがために、二人の前途ある若者が危険に身を投じたなどと。

 そしてその薬は当然、この目の前で苦しんでいるバルドのためなのだと。

 口にしようものなら、大怪我の治療を受けたばかりのこの身体をおして、彼が二人を助けに乗り込むことが分かっていたからだ。


 ヴィスタはすぐさま上司に応援を求める手紙を書いた。けれど、鳥人配達人が回収に来るのは明日だ。そこからすぐに配達されたとしても、届くのは明後日だ。




 なんてもどかしい。




 力などなくとも、自分に出来ることをすればいい。

 幼き頃、混血の差別に苦しんだ彼は、バルドに出会ってそう思えるようになったから。そうやって努力して、自信をつけたつもりだった。


 なのに。




 ヴィスタは窓の外を眺めた。


 小鳥が何も知らずにさえずっている。美しい音色だ。


 普段ならこのうららかな日差しの下で薄青い羽根を震わせる生き物を穏やかな気持ちで眺められるはずなのに。


 今はただ、心と目の前の光景があまりに不釣り合いで、気持ちは沈んでいく一方だった。








――――――――――――――――――――

※細かいことが気になる人向けの蛇足解説:

 特権階級はともかく、一般市民の家に取り付けられた窓は、木製の上下に開閉する蓋式のものが主流です。トラキスタにはガラスは存在しますが、地球の先進国ほど、一般的に使用されてはいません。

 蓋を外側に持ち上げて木の棒で支えて開け、それを外して閉めます。鍵は凸部分を穴に通し、捻って引っ掛ける形式のものです。


 モンスターは決して人になつかないけれど、何もしなければ襲って来ないものも中にはいます。ここに出てきた小鳥のように、明らかに人類よりも弱い種族に多い特徴です。

 以前釣った魚も釣り上げたら攻撃してくるのが常ですが、ラルクが香木を焚いてその力を奪っています。

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