第16話 まだ、リア充じゃない

 おじさんは一瞬、私達二人の実力を図るように見たけれど、後ろを振り返って、作業中の解体台を見てから顔を戻した。


「そうさなぁ、常設依頼は大体、猪型モンスターグレートボアを狙って、ついでに兎型モンスターフォレストラビットを捕ってくる感じかね。ただ、ボアはこのところ増えすぎてて、自警団も外に出て間引きしてっから、市場では余ってるんだよ。減らしてくれる分には助かるが、買取価格は暴落してるぞ」

「それでも他の連中はボアを狩ってるのか?」

「まぁなぁ…他を狙うとなると、蛇になるが、そっちは依頼として出てないから素材としての買取だけになる上に、そう多く数が捕れないから大した稼ぎにならないんだよ。

 あんたら腕が立ちそうだから、捕ってくれると助かるんだがどうよ?」


 ラルクが私を見るけれど、私は首を振って見せた。

 他の冒険者の動向を見るっていう話だったし、他の人と違うことをして印象に残るのは避けたい。


 ラルクは意図を読んでくれたらしかった。


「いや、こっちも割に合わないなら気が進まない。ボアを狩ってくることにする」

「そうかそりゃ残念だが無理は言えねぇな。出来るだけ綺麗な状態で持ってきてくれ」

「可能な範囲でな」


 彼は軽く受け流し、ボアの生息地帯を聞いて、ギルドを出た。

 常設依頼はEランクだったから、どっちみち依頼料は入らないんだけど、朱にまじわるつもりでの様子見だからそれは問題ない。


 門を出る時、門番さんに物珍しそうに見られた。やっぱり鳥人の冒険者ってレアなのね…。だからといってお節介に呼び止められたりしないところは、ハインブルの良さだと思う。




 暫く歩いて、教わったシラクの森へと着くと、ラルクが手を差し伸べてくる。

 思わずきゅんきゅんしてしまうけど、これはデートではないのです。インビジブルを使うとお互いも分からなくなっちゃうので…。何かいい方法があるといいような、見つからなくてもいいような。


 ただのボア狩りでも、ラルクが居てくれるだけで楽しい。

 ドキドキしながら、彼の掌に自分の手を重ねると、ぎゅ、と握られて。

 咄嗟に刃物を掴んでも切れないように、彼は常に指出しの革グローブを着けている。だから伝わるのは硬い革の感触。でも、指は素肌が触れている。


 きっと私の耳は真っ赤だ。恥ずかしい。ちなみに鳥人の耳は人間と同じ形をしている。


 一歩中に入ると彼がインビジブルを発動したので、私も魔法をかける。こうして森の自然に紛れてから獲物に接近するの。


 これはあくまで認識阻害、実体がなくなるわけではない。だから、手を繋いでいれば、相手は見えるし話すこともできる。

 ただし、この状態でスキルを使ったりすれば、解けてしまう。万能なものなどないらしい。


「獣よりまず、人の居るところに向かおうか」

「うん」

「何か聞こえるか?」


 ラルクの聴覚も優れているけど、鳥人の方が範囲が広い。

 私は頷いて、繋いでいない方の手である方向を指さした。


「あっち、1キロ先に三人いる」

「分かった」


 斥候においては鳥人の右に出る者は居ない。けれど冒険者としてパーティの需要がないのはやっぱり、フィジカルが最弱だからだろう。

 私は女神様の恩恵で助かっているけど、種族的に魔法適正も低いし、スキルは空に関するものに傾向が偏っているそうで。

 それなら鳥人程でなくても斥候能力があり、戦闘も出来る人を加えた方がいいってことなんだろうな。





 音からしてボアを狩りながら移動しているみたいで。速度を上げて追いかけ、近くまで来ると、ラルクは私の手を繋いだまま、木の幹に足をかけてひょいひょいと登っていった。

 私は慌てて羽根を広げてついていく。ラルクったら片手が塞がっているのに…知ってたけどフィジカルスペック高い…。

 頑丈そうな枝に移り、そこからまた次の枝へ。


 そうして、三人の冒険者がボア狩りをしているところに到達した。

 彼が私の手を離したから、分からなくなる。多分ここに居るってことだと思う。私は枝に降りて羽根を閉じ、腰を降ろす。


 残念だけど、魔法師は居ないみたいだな…。

 一人がボアを挑発して突進させ、二人でタイミングを合わせて頑丈なロープを張り、ボアの足を取って転ばせ、止めを刺す、という戦法みたいだ。

 結構危ないけど不意打ちして失敗し、あの牙でタックルを食らうより余程安全なのかもしれない。


 ボアは、骨折して転がった分、表面は傷付くけど、何度も串刺しするより綺麗に捕れるんじゃないかな。


 眼下に集中していたら、ふと、肩にラルクの手が触れた。見ると、彼は片膝を着いて視線を近くしてくれていた。


 クールな横顔にドキッとしてしまう。


「あの冒険者達はDくらいだろうか?」

「そ、そうなのかな?」


 推しに近くで触れられているなんて、肩でも緊張する。


「町の食料を狩ったり、間引きしたりする程度だと、Cランクまで上がるのは難しいだろうからな。Eランクのボアを簡単に狩っているってことは、多分そのくらいだ。

 獲物はあれで二体目、九時でそのくらいということは、言われている程、余っていないかもしれない」

「そんなに早朝から出かけないのかも…町からそんなに離れてないし、いつも同じことをしているだけなら」

「それもそうか。斥候が居なければ見つけるのも時間がかかるしな。もう少し見ていよう」


 私は頷く。彼は手を離した。


 また分からなくなる。

 まだ胸がドキドキしてる。


 眼下の冒険者達は協力し合いながらさっさと解体している。血と内臓をすぐ抜かないと質が下がるから、それだけやるようだ。穴を掘ってそこに落として埋めて処理している。

 皮を洗ったりはしないのね…この辺は冒険者の性格の差かも。ちなみにラルクさんは必ず洗います。


 それから、暫く観察したところ、次の獲物を見つけたのは昼前だった。足跡や糞を探して追う形式のようで、これは時間がかかるだろうと思う。

 それで三体目、彼らの会話を聞いた限り、午前中だけで三体狩れるのは、まだまだボアが多い、ということらしかった。

 そこまで確認して、私達は彼らから離れた。充分参考になったと思う。





「軽食のストックがあるから、ご飯にしよう?」


 声をかけたら彼は頷いてくれて、小川のせせらぎの方へ向かった。

 川べりに出ると、誰も居ないので安心して敷布を置いて、腰を降ろす。


「作る時間がなかったから、露店で買ったものばっかりなんだけど…」

「あぁ、キッチンを使える宿が欲しいんだったな」


 彼は獣避けの香木に火をつけ、端に置く。


「うん、サンドイッチとかおにぎりとか、作りたい。お弁当も」


 言いながら、腰に付けたポーチ型のマジックバッグを外して背負い袋の中に一度入れ、そこからおしぼりと軽食ホットドッグを出して彼に渡す。

 この大きさから出るはずのないものを出しているところを見られるのは良くないから。かと言って背負い袋の中に最初から入れると、切り裂かれて落っこちちゃったりするの。

 それから、ランチョンマットの上にお皿を置いて、鳥の串焼きを山盛りにした。


 彼がグローブを外しておしぼりで手を拭いていると、斜め前方、つまり川の向こう岸から足音が近付いてきた。ラルクに夢中になりすぎて気づくのが遅れてしまった。

 現れたのはさっきの三人パーティ。


「あれ、見ない顔だな」

「新人か」

「つーか……一緒にいる女の子めちゃくちゃ可愛いくないか?」

「鳥人? マジで? いいなぁ、華奢で守ってあげたくなるんだよなぁ」

「つまりあれか、可愛い彼女にカッコいいとこ見せようってんでボア狩りに来たと?」

「腹立つなおい、リア充爆発しろ。こんなに溢れてるのにまだ捕れてねーじゃん」

「ピクニックじゃねんだぞコノヤロー、彼女の弁当食いやがって」

「やめとけ、鳥人は耳がいいから、聞こえるかもしれないぞ」


 うん、聞こえてます。

 多分、ラルクにも全部聞こえていると思います。

 向こう岸でせせらぎがあってなおかつ距離があるし、小声で話しているから聞こえないと思っているね?


 言っておくけど、ラルクはすごく強いんだから!


 彼らはそれまで話していたことなど何もなかったかのように、愛想笑いを浮かべてこちらへ軽く手を振り、私が申し訳程度に軽く会釈すると、川下へ向かっていった。


 ラルクが私にふと囁く。


「…認識低下、切れてるぞ」

「は」

「同種の魔法だから、インビジブルを切る時、一緒に切ったのかもしれねぇ」

「ごめんなさい、うっかりしてて」

「あぁ。お前の見た目は目立つから、気を付けろ」


 私は思わず俯いた。

 えと、それってどういう意味?






 きっと、ピンクの髪と瞳のことを言ってるんだ。

 聞いてみたいけど、尋ねる勇気は、ナイ。








 食事が終わったら、彼が支度をしながら言う。


「この近くに居るから一体狩ってみるか?」

「え」

「まだ試し撃ちをしただけだろう。経験なくいきなり戦闘になるより、一体だけでもやっておいた方がいいんじゃねぇ?」

「そっか、急に実戦より練習した方がいいってことだよね?」


 言うと、彼が私のおでこを指でぴんと弾いた。


「え? な、なんで」

「モンスターが相手ならいつでも実戦だっつーの。…まったく、何を平和ボケしたことを」


 あう、そうだった…。これじゃいつまでも面倒を見てもらう立場で、対等になれない。リッチェの記憶は自分のものになっているのに、どうも前世の意識の方が強いみたい。


 でも、ラルクさん、貴方の指でおでこピンはご褒美でしかありません。


 私はふわふわとする気持ちをなんとか落ち着かせ、いそいそと広げていた荷物を片付け。風の向きに気を付けて近くまで行くと、茶色い毛玉がもこもこと動いている。


 ボアが何かを食べていた。あれはキノコかな。


「言うまでもないが、森で火は厳禁だ」


 彼は私にそう伝えると、やってみろと視線で示してくる。


 私は緊張で震えながら手を翳すと、見えない風の矢ウィンドアローが鋭く空気を切ってボアの身体に突き刺さった。勢いで吹っ飛び、木の幹に身体をうちつけるそれ。すぐによたよたと動いて逃げようとするけれど、力尽きて倒れた。


「狙いはまぁ及第点か…急所じゃないが威力のお陰だな。まだ息がある、逆襲を受けないように、接近せず、よく狙って止めを刺せ」

「えと、首を狙えばいいの?」

「あぁ」


 私は深呼吸して震えを落ち着かせると、再び首を狙って手を翳す。今度はさっきとなんとなく違う音がして、アローが首に突き刺さった。


「…矢に速さより重さが出たな。微妙な加減を変えられるのか」


 音の違いってそれだったのか。


「無意識」

「それはつまり達人の域だ。怖がっている割には実力が物騒だな」


 またラルクの表情が無になり、ボアに近付いた。慌てて私も後を追った。



 結局、私の平和ボケ発言がまずかったのか、心配してくれたのか、その後、数体、私が狩りをして、彼が見ていてくれて。

 最初に狙いが微妙だったのは緊張のせいだったみたいで、後は全部急所に命中。魔法ってそもそも急所に必中じゃないのか、と、今更ゲームと現実の違いに驚愕したりして。


 解体して帰ろう、と言われて、ふっと物語を思い起こした。


 ボアに襲われた聖女を助けたラルクが、そのボアを川で解体するシーン。


 聖女は最初は見ていたけど、ラルクがさりげなく拒絶しているのに気が付いて引き上げるんだよね。もちろん、キャンプがすぐそこで、そこらに護衛が居るからですよ? 危なければ人嫌いの彼でも送ったでしょう。


 でも、ツンデレというか、一見素っ気なくても心根が優しいラルクは、疲れ果てた聖女に同情して、彼女の去り際に、体力が回復する祝福の果実をあげる。

 聖女はそれがきっかけで、ラルクが気になって仕方なくなる。


 そう、それこそが、彼と聖女の出会いシーンだったりする。

 それまで認識低下していることで他の護衛達の中にひっそりと混ざっていたラルクが、かなりのイケメンであることに、聖女が気が付いちゃうのよね。


 まさに、私はこのシーンを再現するためにメルスンヘ行こうとしている。


 あれ。なんかすごく、すごく、胸の奥がちくちくする。

 読者だった時は、きゅんきゅんだったのに。恋が出来ると思った途端に、欲張りになってしまったみたいだ。

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