第25話 二人だけなのが幸せで、こんな時がずっと続けばいいのに

 彼が私の羽根を集めようとしたので、風魔法で羽根だけを集めて纏めて、布の袋に溜めたら、案外沢山集まって驚いた。

 地道に溜めたら自分の羽根の布団が出来るだろうか。


 羽根が抜けたら、自動的に収集して袋に溜める機能を結界に追加した。お掃除の手間も省けて一石二鳥。

 彼は私の魔法を相変わらず呆れたように見ていたけど、今は二人だけのテントの中だから何も言われない。





 お風呂の準備をして、彼に先に勧めて、後からゆっくり入った。

 ストーンウォールで囲いを作り、マジックバッグから四つ脚の浴槽とシャワーを出してのプチ贅沢、お外風呂。


 ちなみに彼は狼人だけど湯温は人間と同じでいいらしい。ネギ類も大丈夫だし。

 獣化はしない、そもそも人類なのでそういう心配はしなくて良さそう。

 地球の常識に無理に当てはめず、純粋に狼人としての種族特性をきちんと学んだ方が良さそうだ。


「ふー…」


 湯船に浸かり、満天の星空を見上げながら、お湯を肩にかける。

 やっと春らしくなってきたところで、外気に直接触れればまだ冷たく、湯との差が本当に気持ちいい。


 たった二人、獣の鳴く森の中だからこそ気を抜けるなんて、笑っちゃうね。前世なら考えられなかったことだ。


 トラキスタにも入浴の文化があって本当に助かった。前世では真夏でも浸かってた程のお風呂好きなので、なかったら困ってたところ。


 ちなみに美容関係は、リッチェは相当にこだわっている模様。

 もともと肌は真っ白で透き通るようで、美人さんだとは思ってたけど、たくさん努力していたみたい。

 …恐らくはラルクを射止めるためだよね。ふざけて見えてはいても、本気だったんだ。


 植物素材のソープは、ココナッツオイルによく似ていて、保湿成分たっぷりだけどさらさらしてる。実を選別した上に、絞ったオイルの中でも初絞りの上質のものを掬って集めたものらしい。

 泡はきめ細かくて肌にふわっと乗るのに弾力があって、洗い上がりはしっとりしているのにさっぱりしていて、お肌はもちもちすべすべになる。


 羽根にも専用のソープとコームがある。丁寧に梳いてからぬるめのお湯でプレシャンプーして、泡立てたソープで丁寧に汚れを落としてから、また梳いて、最後にしっかりと洗い流す。


 この輝くような真っ白な肌と羽根は、彼女の努力の賜物によるものだ。

 もう他人事じゃないというか、沢山の思いが詰まったこの肌と羽根は雑に扱うことが出来なくて、お手入れには手を抜くことが出来ない。


 タオルまで選び抜いてるの。この素材となる虫型モンスターは、まゆの期間が十年で、最後の一年に作り変える、その新しい繭の糸のみが高級品とされる。

 作る傍から搾取されるとストレスで死んでしまうこともあるそうで、取れる量には限りがあるのだとか。

 マールで売っちゃおうかと思ったんだけど、美肌には上質のタオルって欠かせないし、もう二度と手に入らない気もしちゃったもんだから…。


 そんなこんなで、誰にも邪魔されない安心感から、全身を丁寧に磨いて、程よいマッサージに心もほぐし、極上の露天風呂を堪能して。

 羽根を震わせて水気を飛ばし、タオルの肌触りに酔いしれながらテントに戻ると、先に寝たかと思っていた彼は普通に待っていた。


 知らずに長湯してしまって慌てたけど、防犯のためには当然のことらしく、気にしなくていいと言われ。

 なんだか申し訳ないような、大切にされていて嬉しいような、複雑な、それでいてふわふわした気持ちで眠りについた。





■■





 朝。なんだか気持ち良く目が覚めた。身体が軽い。


 隣にあった温もりは既になかったけど、あの人は鍛錬を欠かさないから、きっと外に出ているのだろう。


 緑が風に吹かれて擦れる音がして、あちこちに満ちる春の息吹が心地よい。


 クリーンじゃなくてちゃんと顔を洗おう。私はテントから出て、思った通り鍛錬している彼の姿を横目に、そそくさと囲いの中に移った。

 顔を洗って外に出ると、曇ってきた空が見える。春の天気は変わりやすいからなぁ。


 テントに戻り、ぺたぺたと化粧水をつける。言うまでもなくこれもこだわりの一品です。

 同時に髪と羽根を整える。魔法ってホント便利、もうこれなしでは生きられない。


 そうしていたら、ラルクがテントの中に戻ってきた。クリーンをかけてあげようと構えてたのに、既にすっきりしている模様。うう、ホントに隙がない。


「…一雨来そうだ」

「そうだね」

「飯はどうする?」

「つくるよ??」


 ラルクは私を見た。


「……どうやって? この中で火を使うなよ?」

「テントの防御結界の中ですればよくない?」

「いや、敵意のない自然までは防げ…………まさか、お前の結界は、雨風まで防げるのか?」

「うん……あれ?」


 沈黙が訪れた。


「あれ、そもそも結界って何でも防ぐんじゃないの?」

「そんなことしたら呼吸が出来なくなるし、町中に一切雨が降らなくなるだろう、太陽の光だって届かなくなる」

「あ、そうか」

「待て、お前の結界の性能について教えろ。朝飯はストックの軽食でいいから」

「待って待って、それはいいんだけど、お風呂場が汚れちゃうから囲いに天井をつくって…あ、結界をテントのに重ねて張っちゃえばいいんだ」

「呼吸が出来なくなったりしないよな?」

「大丈夫!」


 あれ、言われてみればおかしいな。何を取捨選択して防御しているんだ私の結界は。


 ひとまず、きっちり結界を張ってから、向き合って座る。ついつい正座する私です。


「そう言えば…魚を持って帰った時に水を溜めていたな。お前の魔法の成形が自由なのはスルーすることにしていたせいで気付けなかった…」

「う、うん。あれは水を溜める用に張ったものなの。普通の結界ってどういうものなのかな?」

「物理結界と魔法結界がある。どちらにも共通して言えるのは、敵意を含んだ攻撃を防ぐということだ」

「な、なるほど…」

「だから、例え物理結界であっても、地震による落石は防げないし、魔法結界であっても、火事は防げない。家にかけても隣家が火事になって延焼すれば燃える」

「えと、それじゃ自然災害に対する防御は出来ないってこと?」

「災害の時はそれに応じて特化した結界を張るんだよ。条件付けだ。落雷を防ぐ目的だったり、暴風を防ぐ目的だったりで。

 だがそれは通常の結界よりも膨大な魔力とコントロール技術が必要で、宮廷魔導士が総出で張るようなものだ。それも張って放置は出来ない、交替で維持するんだぞ」


 あれれ。女神様? どゆこと?


「…嵐の度に宮廷魔導士達が駆り出されて結界を張ってただろうに。見てなかったのか?」

「そう言えば…そうだったかも? 意識してなかった」


 ラルクは深い溜め息を吐くと、水筒から水を飲んだ。

 私はそれを見て、ストックしていたサンドイッチとおにぎりを出して見せた。


「どっち食べる?」

「……おにぎり」


 彼がグローブを外したので、とりあえずおしぼりを渡して朝ごはんにする。


「おにぎりはね、おかかとたらこ」

「ん?」

「あ、この言い回し、通じないのか」

「??」

「嫌いじゃないと、いいけど…」


 帝都ならマイアの海産物を扱ってるから買えるんだよ。沢山買い置きしておいたの。

 ラルクは不思議そうにおにぎりを見ていたけど、食べてくれた。

 彼はいつもは肉そぼろ。少し濃いめの味付けで、甘辛く炒めたものを好む。具に到達してからは吟味するように味わっていたけど、気に入ってくれたみたいでそのまま食べている。


 私はおかかが好き。たらこも好きだけど明太子の方が好きだった。さすがに生明太子は帝都になかったのは仕方がない。


「で、お前の結界は何を防ぐんだ?」

「…そよ風は気持ちいいけど暴風は嫌い」

「は?」

「穏やかな日差しはいいけどきつい陽射しは嫌だし、緑の香りは好きだけど異臭や毒煙は嫌いよ」

「…………」

「森の湿った空気は好き、霧雨も好きだけど豪雨は嫌なの」

「…………」

「ラルクは大切な人だけど他の人は嫌。モンスターも攻撃してこない可愛いのがいればいいのに、居ないから嫌。攻撃されるのは全部嫌い」

「…………」


 ラルクは固まってしまった。


「……好きか嫌いが基準ってことなのか」

「うん」

「じゃぁ、お前が拒んだものは全て入れないということか」

「うん」


 ラルク、沈没。






「…………これは、やべぇな」


 長い沈黙の後に、正気に返ったのか、ラルクはおにぎりの続きを食べた。


「お前の魔法が自由なのは成形だけだと思っていた。だが違った。お前が攻撃は好きじゃねぇから、攻撃魔法は苦手だっただけなんだ、あれでも。効果までも自由となると…。

 怖いものついでに聞くが」

「うん」

「出るのはどうなんだ?」

「出る?」

「結界の中からお前が攻撃する時は」

「私の魔法は通るよ?」

「……なんだそれは、一方的じゃねぇか」

「え、だって他の人はどうしてるの? 結界を張ったら攻撃出来ないんじゃ不便じゃない?」

「それは魔法師の腕によってさまざまだが、盾に張り付けるか、コニーが張ったような壁状にして攻撃する隙間を残すのが普通だな。

 A級冒険者のシェリは、相手の攻撃に合わせて瞬間的に的確な結界を張るそうだが、そんなのは例外だ」


 あら、シェリさん出てきた。


「彼女はA級だが、相棒のムボゼ=ノル=イオランジと共に、S級も間近と言われている。あと一つ、功績の大きな依頼を達成すれば上がるだろう」


 あ、うん、やっぱりそこまで来ているんだね。


「…私の結界、シェリさんに見られたら変に思われる?」

「あんな大物に会うこたぁ一生ねぇだろうから安心しろ。相棒がイオランジ侯爵家次男だし、むしろ避けねぇと」


 や、うん、会う。それも割とすぐの未来に。


 私は俯いて、おにぎりを食べ終わった。

 嫌われたくないな、どうしよう。シェリさんは割とさっぱりした人だけど。


 改めて考えてもムボゼってやっぱりすごいんだな。こんなに警戒心の強いラルクと、名門貴族の立場でありながら友達になれるなんて。リッチェが嫉妬に狂って悪魔に堕とされるくらいに。


 私、大丈夫かな。嫉妬でおかしくならないかな。

 鋭利な刃物のような彼が、私の傍では眠ってくれることに特別感を感じていて、それに満たされているのに。









――――――――――――――――――――

※細かいことが気になる人向けの注釈:

海産物はマイア港口国が産地ですが、帝国の帝都ともなれば専門店があり売っています。ただ、マイア以外ではあまり馴染みがなく、異端ではないけれど一般的ではありません。

日本で輸入食品店に行くような感覚です。

なので、ラルクが食べたことがなくとも何もおかしくはないけれど、出したからと言って忌避されるようなものでもありません。

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