第19話 馬車の旅

 翌日。朝。


 町の門前で待ち合わせ、ということで。チェックアウトしてから、ラルクと共に門へ向かう。

 すると、そこにはヴィスタさんと白いローブを着た人間の女性が立っていた。そのローブは淡藤色あわふじいろの模様で縁取りされていて、一目で回復魔法師だと分かる。その専用装束なのだ。


「こっちこっち」


 ひらひらと手を振って示す彼の元へ行くと、彼はすぐに門を抜けて歩き出した。


 門を出ると馬車が待っていて、御者の人に挨拶して乗り込む。馬車とは言っても、馬はご存じモンスターで、御者はテイマーさんである。



 馬車が走り出した。転生して初めて乗るけど、思ったほど揺れは酷くない。サスペンション的な開発は誰かがしたんだろうか。

 トラキスタは文明は発達しているんだけど、日本を基準にしてしまうとちぐはぐで混乱する。


「時間がなかったもんで、道中で説明をさせてもらうね。まずは紹介します、こちらは役所専属の回復魔法師でコニーさん。で、こちらは今回、護衛をお願いした明けの明星のラルクさんとリチさん」

「「「よろしく」」お願いします」


 コニーさんは、ヴィスタさんの隣、私達の向かいに座っている。そう言えば、名前は出なかったけど、役所には専属の回復魔法師が居るっていうのはちらっとト書きで出て来たな。会えちゃうのが凄い。


「リチ、警戒は俺がするから、話に集中して構わない」

「うん」

「君らは、ドワーフの特性は知ってる?」

「集中力が高いあまり優れた才能を発揮し多くの名作を生む反面、夢中になりすぎて自分の健康におざなりになり、気が付けば死亡することもある、でしたっけ」

「パーフェクトな回答、良く知ってるね。じゃぁ話が早い。

 知っての通り、ハインブルは自己責任の放任主義だ、それは今も根本は変わっていない。

 ところがだよ、長い時を重ねるうちに、放任する余り気が付けば消滅する集落も出てきてね。特に今言ったドワーフ、今でも放っておくと死んじゃうのも居るんだよね」

「…凄い情熱ですね」

「そうだね、素晴らしいことではある、でもさすがにそれはどうにかしようって輩が現れて、そんなお節介が集まって出来たのが役所。そして俺はそこで働いているわけ」

「はい」

「で、話は変わる。新聞は読んだ? 帝国の事件のニュース」

「魔術解放による混乱の話か?」

「そう。だけどそれだけじゃなくて、昏睡状態に陥っていた人達が目覚めたって連絡があってね。これからそれを確かめに行かなければならないんですよ」


 私は頷く。知っている、奇跡の効果は魔術の解放だけではない。魔族に襲われて精神を病んでいた人達を救ったはずだ。


「で、俺が担当しているドワーフの住んでいる村でその事例があったっていうんで、いつもの定期確認の、彼らが生きているか確認するのと、その人が意識を取り戻したことを確認するのを兼ねようってんで、予定を早めて急遽きゅうきょ出張になって、君らを雇った。

 その村へは馬車で片道五日ほどかかるので、滞在日数によっては往復二週間を超えるかもしれないってこと」

「なるほどな。講習が終わったばかりのFランクで良かったのか?」

「…君が言うかねぇ」


 え、何。ほんとに何があったの。


 私はラルクとヴィスタさんを交互に見やる。と、コニーさんがくすっと笑みを漏らす。茶色の髪がゆるふわに波打って、唇の鮮やかな紅が印象的な色っぽい女性だ。

 ちなみに今更だけどヴィスタさんも結構なイケメンだと思う。整っていて癖のないそれでいて少し柔らかい感じだ、モテそう。


「ねぇ彼女が聞きたそうよ? 教えてあげたらいいじゃない」

「外国出身の君には物足りないだろうけど、噂話なんてしないお国柄ですからねぇ」

「彼女だって自分が関わっていたら気になるわよー。ね、リチさん?」


 私は困ってラルクの横顔を見る。相も変わらずこういう時はうんともすんとも言わない上に、表情が全く変わらないので何を考えているか分からない。


「……ちょっと、気になります」

「そうよね? 私が代わって説明するわ」

「…ちょっとコニちゃん、」

「黙っているのがカッコイイなんて時代遅れよ? 助けてもらったらちゃんと感謝させてほしいわ」


 余計気になる。じっとコニーさんを見つめる。

 馬車の車輪がガラガラと鳴る音と、馬の蹄の音が響く。でも車体に防音が施されているのかうるさくない、普通の話し声がちゃんと聞こえる程度だった。

 ラルクは既に会話に興味を失くし、警戒に集中しているようだ。


 コニーさんはにこにこして話し始めた。


「昨日の朝、私がいつもの通りに出勤したら、同僚の医師の――ちゃんが」


 あ、こういう自分視点で最初から話す人か、分かりにくい上に話が長いやつだ。でもどうせ片道だけで五日もある長い旅で、話してくれるのはありがたいので大人しく聞く。


「――でね、慌ただしく出て行ったから、何かしらと思って待っていたのよ」

「はい」

「私の方はその日は特に仕事がなくって、新たに出てきた論文を読んでたら彼女が帰ってきて―――」

「はなし、なっが!」


 ヴィスタさんが思わずといった風情で声を上げた。


「え、ちょっとこれからじゃない」

「なげぇよ、朝の女子の給湯室での会話、必要だった?」

「何よー大事なのよこういう日々のコミュニケーションは」

「そこじゃねぇよ、それは好きにしろよ、昨日の出来事を語るのに必要かっつってんの!」


 思わず吹き出してしまった。コニーさんは不満そうだが怒っているとかではなくその表情は可愛らしい、いつものやりとりのようだった。


「はぁ、もういいよ、俺が説明するから」

「敵影三十三」

「えーお話はこれからだったのに」

「行ってきますね」

「お前はここで護衛しろ、俺は絡んでくるのだけ弾いてくる」


 言うなり、ラルクが走っている最中の馬車の扉を開けて外へ出る。影が上に行ったということは屋根に上がったな。


「うわ、言ってくれたら止めたのに、だからどこがFランクだよ」


 ヴィスタさんが慌てて御者に言って馬車を止めさせる。馬車は徐々に減速して止まった。


「ここは結界を張っておくからりっちゃん行って大丈夫よ、任せてちょうだい」

「はい」

「この馬車、結構速いんですけど……どういうスペックしてんの彼は」


 ヴィスタさんのぼやきを聞きながら扉を開けて、私も羽根を広げて屋根に飛びあがる。私の呼び名はりっちゃんになったらしい。


 狼型モンスターフォレストウォルフだった、足が速いので群れで馬車を追いかけてくることがある。役所の馬車なので馬型モンスターも馬力が強く、身体が大きく、足が六本あるジュネホースだったのだけれど。それでも追ってくるということは、上位の狼がいるはず。


「止める方が面倒だってのにな」

「魔法師さんの結界が強いのかも?」


 言っている間に、結界が張り巡らされた。周りを囲ってはいるけど、天地はないみたい。…わたし、全部囲うのがスタンダードだと思ってた。


「奇しくも、役所の専属になる魔法師のレベルを目にすることが出来たか、良かったな」


 投擲ナイフで一度に複数を仕留めるラルクに言われて、そう言えば、と、思うけれど、多数に囲まれている緊迫感で、心に余裕がない。


「風刃するから越えてきたのをお願いします」

「分かった」


 私は慌てて両手を左右に伸ばし、掌を突き出す。



 シュバババババババッ



「同時展開…二重…いや四重詠唱。これなら範囲魔法を使った方がマシだったか」


 前後左右に現れた四つのウィンドカッターは、チャクラムのように回転し、次々とウルフを刈り飛ばしていく。ラルクにまた呆れられてしまったみたいだけど、怖いのです、余裕がないのです、許してください。


 彼は結界を飛び越えてくるウルフの喉笛を、片っ端から短剣で斬り捨て、時には蹴り落として、続くウルフを弾き飛ばす。



 瞬く間に全てのフォレストウォルフが地に伏せた。



「ボスらしき個体が居ない……テイマーが居るな、逃げていく個体が居る。お前は息のある奴に止めを刺せ、絶対に近付くな」


 ラルクはそう言って飛び降りると、地に着くと同時に走り出した。


「う、うん」


 まだ心臓がドキドキしてる。


 思った以上に早く一気に片付けられてしまったので、逃げ遅れたのだろう、それはまだ近くに居た。ラルクの足ならすぐに追いつく。ハインブルはもともと地盤が丘陵地帯なので見晴らしが悪く、潜伏するのにもってこいなのだ。


 悲鳴が聞こえて、ややあってラルクが服を着た人型小鬼モンスターゴブリンを引っ提げて戻ってきた。それを地に落とすと、ナイフを抜いて回収しはじめるので、私も地に降り立って手伝う。


「…ね、ほら、Fランクじゃないでしょ?」

「わぉ……こんなに強かったのね」


 扉が開いて、ヴィスタさんとコニーさんが降りてくる。


「護衛対象がほいほい降りてくるな」

「結界からは出てないよ。テイマーが居たんなら確認しないと。ちょっとこっちに持ってきて」

「ウルフ、こんなに…持って帰れないわよね、でも勿体ないわね」

「氷魔法があるなら解体するが?」


 テイマーを持ってきたラルクに問われ、二人は顔を見合わせる。


「私の氷魔法、飲み物にちょっと入れるくらいなのよね」

「だよね。牙は討伐証明部位だから、持っておくといい。そもそもこれは君達のものだよ」


 ヴィスタさんが教えてくれた。上顎の左側にある大きな牙だそうだ。


「君らは早々に実力を示しておいた方がいい。どうせ道中は長いから、理由を説明するよ」


 ヴィスタさんはテイマーを確認しながら言い、首飾りを外して丈夫そうな麻の袋に入れている。


 手早く牙を刈っていくラルクのやり方を見て、任せっきりというわけにもいかないので、不器用ながらも牙刈りに手をつける。

 口を開けたら鋭い牙が並んでいて怖い。噛まれたら痛そう。心はどきバク。


「私、今のうちに埋める穴を掘っておくわね」


 退屈したのか、コニーさんが結界から出てしまい、止める間もなく地に手を翳し、嵌めている魔法発動体のリングが輝く。


『大地の精霊ノームよ、我が声を聞き届けよ。我が名はコニー。大地より生まれしものを大地にまた還すがため、その入り口を開け。ディグホール』


 私は思わず瞬いてしまった。

 長い詠唱の後に開いた穴は、長さ百二十センチ、深さ三十センチくらいの楕円形で、一匹くらいしか入らない。


 同じことを思ったらしいラルクが声をかけた。


「待った、三十三プラス一だぞ。その分を掘ったら魔力が尽きないか?」

「祝福の果実なら持ってるわよ?」

「本来なら死体処理も俺達の仕事のはずだ。あんたがそこまで負担するのはおかしいだろう。焼いて処分するから戻っていてくれ」


 苦手で不慣れな魔法を使うには、それだけ魔力を消費してしまう。コニーさんは見るからに土魔法は得意ではなさそうだ。

 彼女は割とやりたがりの人なのか、不満そうだったが、ヴィスタさんに諭されて馬車に戻った。




「ラルクも全然、手を抜いてないと思うの…」


 二人きりになったので、小声で言ってみた。だって複数対象を一撃必殺すごすぎない? しかも次々飛びかかってくるウルフをさくさくと片付けちゃって。


「戦闘の技術を低く見せるのは命取りだ、本当に下がることにも繋がる、それは必要ない。無難な依頼だけ選べば、結果しか分からないギルドに実力は分からない。

 食料確保が目的の常設依頼を中心に受ければいいだけだ」

「なるほど…じゃぁ護衛は護衛対象に見られるから、本当はやりたくなかったの?」

「……奴には借りがあってな」


 そっか……なんか気になる。けど、きっとヴィスタさんが教えてくれるだろう。

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