第13話 一人で初めての町、散策!

 マジックバッグから出したサンドイッチで簡単にご飯を済ませてから、まずは前から気になっていた翻訳魔法をかける。

 この世界に存在しない言葉は、相手には聞き取れない訛りで聞こえるらしいので、変に突っ込んで聞かれずに済むから、逆に安心して話せる。


 お買い物はとりあえず、冒険者用の装備からかな。けれど大分減ってしまったので、資金の確保をしなければ。

 元々、リッチェって宝石やブランドの服を買い漁っていたせいで、高給取りの割に貯金が少なかったんだ。


 なので、アクセサリーを売ります!

 正直、残高が、ん、ん、万リルしか残ってないのです。装備になるような服はろくに買えない。モンスター素材のものは帝国を出ると高くなってしまうし。


 というわけで、店構えが小綺麗な雑貨屋さんを見つけてドアを潜る。


 ここの店主さんは狐人かぁ。コミュニケーション能力に優れた人が多いので、商人に多く見られるというのは本当なのね。


 じろじろ見るのは失礼なので、軽く会釈だけして店内を見て回る。売るにしても宝石を売っていいのか、扱っているものを見ないと分からないし。


 これは、牛型モンスターディアブルオーロックス革の鞄だ。Aランクモンスターだから、高価な品を扱うお店なのね。

 アクセサリーの魔導具も置いてある。機能は痴漢ブザーや日除け程度で、金を使っていたり、細工が可愛かったりして、装飾品としての役割重視みたい。大丈夫そうかな。


 よし。ここで売却しよう。


 カウンターへ向かう。


「あの、」

「何かありましたか?」

「ここって買い取りしてますか?」

「物によりますが。何でしょう?」


 ショルダーバッグの中に手を入れ、白金のピアスを一つ取り出して置く。


「こういうものを沢山…」

「拝見しても?」

「はい」


 店主さんはルーペを出して、ライトをつけてじっくり見る。それから量りのようなものに乗せて数字を見た。


「うん、良い品ですね。買い取りできますよ。参考までに、これは五万リルだね」

「…売るとそんなに安くなっちゃうんですね」

「細工もいいし、白金も不純物がなくて質がいいんだけど、含有魔力がゼロだから、高く買い取っている方ですよ」


 量りを見せられると、枠が二つあって、一つは重さ、もう一つの指さされた枠の魔力計測は、確かにゼロを示している。


「魔力含有量で値段が変わるんです?」


 魔力含有量ってそもそも何、って思っているけど、この世界の常識かもしれないので、知ったかぶりして聞いてみる。

 店主さんは頷いて、魔力含有量に準じたランク表を出して示しながら、丁寧に説明してくれた。


「鉱物にも微量ですが魔力が含まれているんですよ。ただ、時と共に抜け出ていってしまうんです。

 だから、採掘したばかりの鉱石や宝石は比較的魔力を含んでいます」

「中古でどのくらい古いかの目安になるってことでしょうか?」

「それもあるけど、魔力が含まれているほど良いものだという価値観がそもそも前提にあるでしょう?」

「そうなんですか…」


 え、これ、知ってたフリした方が良かったのかな? でも、リッチェも知らないみたいだし。


「お嬢さん…知らずにこんな高価な宝飾品を? 含有量が高いものほど高値がつくから、自分にとってそれが価値がないなら、同じ品質でも魔力値の低い物を選べば、いい買い物ができたんですよ」

「いやーん……」


 落ち込む。それはもう激しく。いえ、買ったのはリッチェなんだけども。


「せめて魔導具に加工していれば価値がそれほど落ちなくて済んだんですが…。大した性能じゃなくても、そうしておけば、魔力が抜けにくくなるんです。今度からそうするといいですよ」


 リッチェぇぇぇぇ!!


 傍目に見ても明らかに落ち込んでいるのが分かったのか、店主さんは暫く慰めてくれていたけど、だからと言って買取価格を上げてくれるわけではなかった。


 哀しい現実を突きつけられたとはいえ、これだけ丁寧に説明をしてくれたわけだし、適正価格とか分からないからここで全部売ることにした。



 総額………なんとそれでも白金貨一枚大金貨九枚九十金貨三枚三万銀貨八枚八千リル



 実は大して価値が出ないのではと思った、服やバッグの方が高額で引き取ってもらえた。それらは魔力含有量より、その物自体の品質の方が重視されるらしい。

 宝飾品と服飾品では随分と違うのね。


 何度も往復して荷物を運んでも、快く待ってくれた店主さんの接客態度が本当にありがたくて。お礼に何かを買っていこうと店内を見ることにする。


「えっと…冒険者をしようと思っているんですけど、オススメのグッズとかありますか?」

「あぁはい、ちょっと見ていてください、いったんしまっちゃうから」

「はい、すみません」

「トックー、ちょっと荷物を運ぶのを手伝っておくれ」


 棚を見ようとしていた私は、思わず硬直してしまった。



 トック、ですって?



 子供特有の少し高い声で返事があって、カウンターの奥にある扉が開いて、狐人の少年が出てきた。


 やっば、間違いない。トック少年だ。


 うぅ…どうして主要人物に会っちゃうの? 資金を確保しようとしただけなのに。


 少年は私に気付いて小さく震えたけど、この子は人見知りなので誰にでもこう。ぺこりと頭を下げてから、荷物の運び入れを手伝い始めた。


 失念していたけど、バルドの居る熊人の村に、雑貨屋の狐一家が引っ越すのは、確かに女神のお告げの後だったな…。その前は町で商売していたって記述があった。マールに居たって何もおかしくはない。


 再び激しく落ち込むものの、気を取り直して、ラルクとの楽しい冒険者生活を妄想することにした。

 ラルクは多分、私の体力のなさを心配しているんだよね。だったら、疲労を軽減するか、徐々に体力を回復するようなグッズがあればいいかな。


 生活用の魔導具も扱っているようだったので、そのコーナーへ向かう。


「お待たせしてすみません」


 すると丁度良く、店主さんがやってくる。トック君はもう裏に引っ込んだようだ。よ、良かった…物語が狂うのは避けたい。


「これから始めるんですよね?」

「えぇ、体力がないハンディをどうにかしたいなって」

「なるほど…うちはそういう類のは置いていないなぁ」

「あら…そうでしたか」

「魔導具は置いているけど、魔法が使えない獣人が求めるような物が中心なんですよ。むしろ彼らは力も体力もあるでしょう?」


 そうか。ハインブルで求められやすい魔導具と、私が求めるそれが正反対なんだ。


「飲料水を満たす水筒とか、魔導コンロとかになっちゃいますねぇ。鳥人専門店に行くといいですよ、合わせたものが取り揃えてあるので」

「ご親切にありがとうございます」


 良かった、安心した。というか、物語でもすごくいい人だったけど、トック君のお父さん、めちゃめちゃいい人だなぁ。


 何か買えればと思ったんだけど欲しいものがなくて、結局、ハンカチを数枚購入してお店を出た。物語が変わってしまうのは怖いし、登場人物との遭遇に驚きはしたものの、それでもあんなに大好きだった物語の世界に本当に居るんだなって実感が出来たのは、やっぱり嬉しい。




 で、教えてもらった目印を辿って角を曲がると。目の前にどんと大きな店舗が構えてあった。


 『鳥人専門店なんでもマート』


 …ネーミングセンスよ。いえ私も人のことは言えない。


 正面の扉へ向かうと、両隣に構えていた用心棒らしき人達が扉を開けてくれた。え、この名前で高級店? 怖い。


 ううん、もしかして、鳥人にはこの扉が重いからかも。

 それに、いくら庇護対象といえど四六時中守ってもらえるわけでもないし、ただの自衛かもしれないな。なんせ、地上では魚人と並んで最弱種族だもの。


 そんなことを考えつつ、ちょっぴり緊張しながら中へと入る。


「いらっしゃいませー」


 店員さんは鳥人ばかりだ。さすが専門店。そのうちの一人が近づいてくる。


「何をお求めですか?」

「えっと…冒険者を始めようと思っていて。体力がないのをフォローしたいんですけど」

「冒険者ですか……凄いですねぇ」

「やっぱり珍しいですか?」

「んー。斥候専門のシングルなら居ないことはないですね。でも、体力ってことは、歩くんですよね?」

「えぇ、まぁ…。パーティを組んでいて、自分だけ先に飛んで行っちゃう訳には…」

「他種族とのパーティは珍しいと思います。カッコイイですね!」

「はぁ、どうも…」


 フォローしてくれたみたいだけど、苦しいな。飛ぶのは平気なんだけど歩くと途端に凄く疲れるんだよね、鳥人って。ちなみに、かなり絶妙なバランスを取ったつくりをしているらしくて、体力を付けようと下手に筋トレしたりすると飛べなくなることさえあるらしい。


 だから鳥人にとってはよく飛ぶのが健康法で、他の亜人達とは鍛え方が全く異なる。


「それだったら、靴を案内してあげたらいいじゃない」

「あ、そうかー」

「でもあれって結構するよ? ご予算聞いた?」


 出た、鳥人はすぐ集まってピーチクパーチクさえずるのだ。弱いからか、集まりたがる習性がある。もっともリッチェは変わり種でそういうところはなかったけど。


「そこそこ持っていると思います。魔導具でも買えるかと」

「じゃぁ案内してあげなよ」

「靴だったらあいつが詳しいよ」

「面白そうだから僕も行くー」


 遊びじゃないよ? 思わず吹き出しそうになる。

 結局、何故か鳥人店員さん達がぞろぞろとついてきた。そんなに珍しいのか、鳥人の冒険者…。ラルクがやれそうか?と聞いた意味が分かる。


 靴は地下階にあり、びっくりするぐらい品揃えが良かった。


「じゃぁみんな、オススメを持ってこーーい」

「「「「はいはいさー!」」」」

「お客さんを喜ばせた奴が一等賞な!」

「「「「いぇぁ!!」」」」


 なんのゲームですか。人をネタに何してらっしゃる。


 店員さん達は一斉に思い思いの場所へ飛び立った。

 確かにこれだけ広いと、見て回ったら時間がかかりすぎる。自分も好きに見ながら、お任せしてみよう。


 お洒落だけが目的のものから、立ち仕事用の機能的なものまで、色々あった。確かに、移動はほとんど飛ぶとはいえ、接客の仕事は立ったり歩いたりが多い。


 絆創膏があるってことはゴムもあるんだよねこの世界。靴底は大体ゴムを使ってるみたい。物によってはモンスター素材もあるんだろうけど…日本と違って原材料表記なんて親切なものはないから、見ただけじゃ分からないなぁ。


 札に職人の名前が書いてある。ドワーフなどの優れた職人が多いハインブルらしさだね。職人さんの名前を聞いても分からないけども。


 魔導具は地面から少しふわふわと浮いた状態で歩けるものとか、強力なキックが繰り出せるイロモノとか、個性的なものが盛りだくさん。鳥人は根がふざけてるのかもしれない…。

 浮けるものは疲れにくいんだろうけど、その代わり消費する魔石が多くて実用的じゃない。魔石は各属性の魔力が結晶化した石のこと。異世界あるあるでモンスターの中に魔石があるとかではない。



 そんな感じで物色をしていたら、気が付くと目をきらきらと輝かせた店員さん達が集合していた。私待ちだったようである。

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