第3話 ストカを信じるわけがない
現実として、横に立ってガン見しようとしたら、怒られました。
隊長は、リッチェに対して塩対応なのです。ちゃんと理由があって、いわゆる自業自得。近くに寄りすぎれば、すげなくされてしまう。
うう、ハードモードに難易度エクストラの攻略対象。いえ乙女ゲームじゃないのよ、違うんだけども、ヲタ友と乙女ゲームにならんかなって話で盛り上がってね。
「座ってろ」
イケボで言われるままに、テーブルに腰を降ろす。
はぁ、アニメ化はまだしてなかったから、御声に耐性がない。
てぇてぇ
暗記するほど読んだけどこの台詞は知らない。嬉しすぎる。
トントンザクザクと野菜を切っている音が聞こえる。
カウンターのようになっている向こう側が調理スペースなので、テーブルについていても彼の俯いている顔は見える。はふ。
彼の器用さはお墨付きだ。なんたって隠密部隊の隊長だしね。
彼が念入りに鍵をかけると、そんじょそこらの者では解錠出来ないし、仕掛けた罠を解ける者も殆ど居ないだろう。
料理は特別に得意ということもないけれど、簡単なものなら器用に作る。彼に出来ないことは、あんまりない。あ、多くの高位スキルに恵まれた分、魔法は使えないらしい。獣人としては特に珍しいことでもない。
スープのいい匂いがしてきた。こっちにはコンソメキューブみたいな便利なものはないけど、出汁に使える干し肉の塊みたいなものはある。ご飯はきっと残っていないから、主食はパンで、それに合わせてスープにしたのかな。
少しして、予想通り、パンの焼ける音がして、パンとスープが出てきた。
水の入った木製のコップを置いて、彼はすぐキッチンへ戻ってしまう。
「ありがとうございます」
お礼を言いつつ、居なくなってしまうのかと不安になって彼の様子を見ていると、お湯を沸かしているようだった。どうやらお茶で私に付き合ってくれるらしい。
ふあぁぁあ
嬉しすぎて、ふわふわする
「いただきます」
推しの手料理が冷めないうちに、と、お料理を口にする。
野菜にしっかり火が通っているのに、彩りと形がきれいで食感が良い、とても美味しい。こんな簡単なスープでさえ、普段作っているかどうかが分かってしまう。
やはり私の推しは何でもできる。
少しして、お茶を淹れた同じく木製のカップを持って彼が戻ってきた。
私の前に座ってくれる。
はうあうあうあ
思わず見とれてしまい、手が止まる。
「何してんだ、食えよ。不味かったか?」
「美味しすぎて食べるのが勿体ない」
「…食わねぇ方が勿体ないだろうに」
呆れられた。
あぁまた知らない台詞。幸せすぎる。
じわじわと幸福を噛み締めながら、食べるのを再開すると。
推しはお茶を一口飲んでから、再び口を開いた。
「目覚めた直後は、記憶が混濁していたみたいだが」
そう切り出されて、あぁ、と思い出す。
世話をしてくれた女性隊員にあれこれ聞いたから、それが隊長の耳に入ったのだろう。
「はい」
「もう落ち着いたのか?」
彼の澄んだ瞳がまた私を捉える。
さっきからのやりとりの全ても、どうやらリッチェらしくないと彼は感じたらしかった。
良かった、私はちゃんと私なんだ。
記憶があまりに馴染み過ぎて、実は里智は消されてしまったんじゃないかって、本当を言うとちょっと怖かったんだ。
彼のそんな反応を見て、逆に、私は内心ほっとしてしまった。
なんだかまるで、私に気がついて、呑まれていく私を引き上げてくれたように、感じて。そんな場面じゃないのに。
「はい」
喜ぶところじゃないのに、嬉しさが滲み出る。彼にはどう見えるのか。
「…まるで、別人みたいだな」
「自分では違和感ないんです。だけど、死んで生き返ったから、文字通り生まれ変わったのかもしれません」
彼は暫く私を見つめていた。
そんなことがあれば、人が変わることもある、とか、そんな風に解釈してもらえないかな。
それに、リッチェの遺体を回収したのは他ならぬこの人だ。
不思議ではあるけれど、不審に思っているとか、疑っているとか、そういうことではないみたい。
彼はふっと視線を降ろして、またお茶を口にした。
どうやら合格らしい。もしかしたら女神様は、ラルクのこの用心深さと鋭さを見越して、ここまでリッチェの記憶を馴染ませてくれたのかもしれない。
私は、貴方に逢いに来ました。
世界を越えて。
「…助かってよかった。指示があるまで、暫くは休め。身体が元のように動くか分からねぇし、面が割れた以上、前と同じように仕事が出来るかも分からないからな」
急転直下。
その言葉に、私は一転してぞっとしつつ、頷いた。
もし、クビになったら。
どうなるか分かっていた。
諜報部隊なのだから、普通なら知ってはならないことだって知っている。クビということはすなわち処分だろう。
きっと隊長はそうならないように動いてくれる。だけど油断はできない。
殆ど動けなかったせいで、気が付けば、運命の日まであと三日になっていた。小説の通りなら、今年の三月十五日の早朝に、女神の奇跡が起きることになっている。
それまで処分されずにいられれば、なんとかなる。
そう言えば。物語ではその日、隊長は、寮に居たのだろうか。
私は、急に、そのことが気になった。
奇跡の時はみんな、最初は何が起きたのか分からなくて、暫く動きはなかったらしい。つまり、見つかって窮地に陥るということは、衛兵だけじゃなく、十三部隊の始動も遅かったということ。
冷静で頭の回転の早い隊長にしては、珍しいことだ。
幼少期からずっと自分を縛り付けていたものが前触れもなく突然なくなったら、そりゃ暫くは冷静になれないだろうってことで、読者は納得していたのだけれど。
もしかして。
隊長、外に出ていたんじゃないの?
それで、奴隷魔術が解除されたことに気が付いて、隊の皆が心配で、お人好しにも寮に戻って来たんじゃ?
聞いてみよう。
私は、そう思った。
「…明後日の夜から、その次の朝まで、ここに居ますか?」
「夜這いする気か」
「違いますぅぅ!」
あああああああ
隊長は自意識過剰なわけではない。
リッチェの日頃の行いのせいなのだ。
なんたってもう、隙あらば擦り寄るし抱き着くし、隊長のベッドに潜り込もうとするし、あまつさえ私物も失敬するし。れっきとしたストーカーで、もう前科がありまくり。
ハードモードってそういうわけなの。リッチェでスタートって、元部下というアドバンテージをマイナスに持っていく程の素行問題があるのだ。
「お礼にご飯を作ろうと思って…」
「飯を?」
隊長のカップを持つ手がぴたりと止まる。
あああああそうだよね、警戒するよね、前に薬盛ったよね。
「新しいレシピを覚えたので、ぜひ、食べて欲しくて!」
なんかもう苦しすぎる。何してくれてんのリッチェ。
何を言っても怪しさしかないんだけど!?
隊長は無表情で私を見ている。
こ、怖いんです。
すると、推しは溜め息を吐いた。
「明後日は、仕事で出る予定だ」
あぁ、やっぱり。
「…明日なら、居ないことはない」
や、優しい。
さんざっぱら、迷惑をかけられたっていうのに、どうしても部下には甘い、そんな貴方がしゅき。
じゃなくて。
駄目よ、明日じゃ駄目なのよ、いえ食べてもらうのはやぶさかではないどころか張り切っちゃうけど、そうじゃないの。
なんとか引き留めるために、明日までに策を講じなくちゃ。ちょっと今は思いつかない、後で考えよう。でもってご飯は作っちゃおう。
「明日、楽しみにしていてくださいね」
「………。食う前に毒味させるからな?」
「毒なんて入れませんんんん!」
リッチェの行いが悪すぎた。
印象を回復するまで、アプローチどころじゃないかも。
私はしゅんとして、大人しくなり。折角推しが作ってくれた料理だから、それからは静かに味わって食べた。
隊長は、あんな風に塩対応でも、私が食べ終わるまで、ずっと一緒に居てくれた。そういうところだぞ(はぁと)
■■□■
翌日。奇跡まであと二日。私は城下町に出た。
とある魔導具屋へ向かっている。
余談だけれど。トラキスタでは、科学が発達する代わりに魔導具が発展した。魔法陣を刻み込むことによって魔力を決まった法則に従わせ、目的の効果をもたらす道具だ。
日本における電気を使うものは、こちらではほぼ魔導具だと考えていい。
で。私は、とある魔導具屋に向かって歩きながら、悩んでいる。
これから向かうお店の魔導具師さんとどう接するか。
その方はドワーフのギヌマさん。
お告げによって選ばれる女神の戦士の一人。
勇者一行と合流するのは最後の方になる。
彼女のお店は皇室御用達と銘打たれる程で、だからこそ、逃走に役立つ魔導具を買おうと思ったのだけれど。それだけじゃなくてね。
小説では、隊長とはぐれたリッチェは動転して羽根に怪我を負い、ギヌマさんに匿ってもらう。その後、ギヌマさんが事故で肢体不自由になってしまって、助けてもらった恩返しにギヌマさんの面倒を見るのだ。
だけど、私は隊長と一緒に逃げるつもりでいる。
そうなると、彼女の面倒は誰が見るのだろう、と罪の意識がのしかかってくるわけで。
実は彼女は、奴隷魔術を解除する方法を模索してくれているの。私達のような立場の者のために。勿論、秘密裡に。特権階級に知られたら、ギヌマさんでもただではすまない。
自分の立場はもう確立されていて、わざわざ危険を冒すメリットなど何もないのに。赤の他人のために研究開発してくれているのだ。
ところが、その研究途中で誤って自分が食らってしまうのよ…。
とは言っても、技術に不足があったのではない。奴隷魔術を解除するには神聖力が必要で、それが足りなかったがために、解除された反動で魔術がギヌマさんにかかって、精神を拘束されてしまい、傍目には原因不明の昏睡状態に陥るのだ。
後に聖女に出会うことで解除してもらえるのだけれど…。
私が傍に居ない時にそうなったら、下手をすれば命に係わるわけで。
なんとか彼女の身の安全のために手を打っておきたいんだけど…。
店の常連客というだけの私が、突然研究のことを口に出したら、ギヌマさんは警戒するだろうな。きっと警告にしか思えない。
いい知恵が全く思いつかないまま、魔導具屋に着いてしまった。
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