推しに逢いたいので魔王を倒します!~ヤンデレ裏切りキャラに転生したけど、過保護系狼な推しに溺愛される~
チトセラン
序章 貴方の居る世界の姿を見せて
推しとの出会い編 ※は視点切り替えです
第1話 まさか推しが生きてるなんて
気が付くと真っ白な世界に立っていた。
それはそれは綺麗な人が静かに佇み。何かを見つめながらひたすら涙を流していた。
私は気になって声をかける。
「どうしたんですか?」
きっとこれは夢。
だって真っ白な世界なんて非現実的だし。何より、こちらを振り向いたその女性が、現実と言うにはあまりに美しすぎたから。
新雪のように真っ白な肌。
宵闇を映すかのような漆黒の瞳にそれを隠す長い睫毛。
鴉の濡れ羽根のごとき黒く艶めいた髪はさらさらと流れるように動き。
彼女はまだはらはらと涙を流しながら私を見て、そしてゆっくりと身体をこちらへ向けた。上から下まで真っ白な衣が揺れる。
『…人の子がどうしてここへ?』
彼女はお腹の前で手を重ねた。その仕草まで美しい。けれど涙は止まらず流れ続けている。
それは一種異様な光景だった。
人の身ならば、それほど泣き続ければ多少はしゃくりあげもする。目元を泣き腫らしもするだろう。こんなに滑らかに話すことも難しいはずだ。
けれど涙が流れ続けている以外、彼女はただ美しいだけだった。
「分かりません、気が付いたらここにいました」
『そうなのね。…貴方、お名前は?』
「
名乗ると、彼女は私の手元を見た。
私はいつの間にか胸にしっかりと一冊の本を抱いていた。
それを見て彼女は目を
『……それは』
「これですか? これは、私の大好きな小説です」
私は何故か、抱いている小説が何かを知っていた。彼女は暫し、私の抱く小説の表紙をじっと眺めていたけれど。
ややあって、小さく微笑んだ。
けれど涙は止まらぬままだ。
『…そう。事情は分かったわ。良かったら、私の話を聞いてくれるかしら?』
「はい」
こんなに美しい人にそうそう会えるものではない。話を聞くなどお安い御用、どのみちこんなに真っ白な世界では、他にすることもないのだから。
『信じられないかもしれないけれど。私はトラキスタという世界の、創世の女神なの』
「……え」
硬直した。
目の前の人物が女神と名乗ったことには、勿論、とてもとても驚いたが。
何より反応してしまったのはトラキスタという言葉だった。
『そう、貴方の抱いている小説の世界の名よ』
――トラキスタに沈む悪夢――
それが、この小説のタイトルだ。通称トラム。
トラキスタとは、この小説の舞台となる世界の名。
このトラムの世界観は、剣と魔法のファンタジーで、勇者と魔王、魔族、モンスターが居るのだが、少し王道とは違う。
魔王は帝国の皇帝陛下の姿を取り、人の世に君臨し、その配下の悪魔達が人を堕落へと誘い、世界を支配下に置く。人類はそれと知らずに支配されて生活している。モンスターはただのそういう生き物である。
かく言う勇者でさえ、最初はそれを知らなかった。
勇者一行は、旅のさなかでその衝撃的な事実を知り、傷付き哀しみ葛藤し、人としても成長していって、最後には聖剣を掲げて、見事魔王を討伐する。
どう反応していいのか分からない。
この小説はドはまりして、何度も何度も読み返したし、コミカライズして設定資料集も出て、全部手に入れた。ヲタ友も出来て毎日のように語っても飽きなかった。
「どういうことですか?」
最初はなんだか頭がぼんやりしていて、夢だと思っていたから気にしていなかった。けれど会話が進んでいくにつれ、意識がはっきりしてきて、これは夢ではないと私の第六感が警鐘を鳴らしている。
『貴方は病にかかり、その生を終えました』
薄々、気付いていたことだった。だって何もなく、異世界の女神に会うなんて有り得ない。
あぁ、思い出した。私は、願っていたのではなかったか。
こんなに若くして死んでしまうなら、今の流行の物語のようになりはしまいかと。
『貴方には選択肢があります。トラキスタの世界へと転生するか、記憶をなくし再び地球へと転生するか』
しかも、まさかの、大好きだった世界へ行けるのを選べるパターン。
思わず食いつきそうになるのを、必死に堪える。
「その前に教えてください。どうして私を転生させてくれるのですか? 私が行かなくても、この物語では、最後に魔王はちゃんと倒されていますよね?」
私としては願ってもないことではあるのだ。実際、興奮して胸はドキドキしてしまっている。
けれど、神様と人はきっと考えることが違う、後から思いもしない大穴に落とされそうで、聞かないと怖い。
『トラキスタの物語を地球に贈ったのも、貴方をここへ寄こしてくださったのも、地球の神様の御業です。私にもその尊き御心は分かりません。
ですが、貴方の存在が私の哀しみを打ち消してくれるかもしれない、ということでしょう』
急に冷や水を掛けられたかのようになる。
そんな。私、ごく普通の事務員だったんですけど? いきなりそんなとんでもプレッシャーをかけられても。
『転生先は選べません。ですが、その物語に登場する人物は実在します』
女神様は私を真っ直ぐ見つめた。かの方の涙はいつの間にか止まっていた。
『トラキスタに転生したとして、ラルクが貴方を愛するとは限りません。けれど貴方は女神に選ばれた戦士として、魔王を倒さねばなりません。それは苦難の連続の旅となるでしょう。
それでも転生するか、地球の輪廻に戻るか、選んでください』
ラルク。
それは、私の最推しだった。
普段は感情を表さない、冷静で何を考えているのか分からないところが、その整った容姿も相まって近寄りがたい人で。
とても頭が良いのに野生動物のようで、常に警戒心を身の内に秘めている、鋭利な刃物のような人。
この小説において、勇者一行は、妙齢の男女は大体誰かとくっつくのだけれど、彼は物語の最後までフリーを通した。女性キャラに好意を寄せられる描写は幾度となくあっても、誰のことも受け入れなかった。
すっかり、女性ファンが多い故の作者の配慮だと思っていたのに。まさかの実在する人物ならば、ただそうだったのだろうと納得もいく。
女神に選ばれた戦士として、ということは。私はこの物語に登場する、女神の戦士のうちの一人となるということ。
そしてラルクと恋をしてもいいということ? いけないなら、きっと可能性のあるような言い方はしない。
「トラキスタに行かせてください」
あぁもう不安など何処かへ行ってしまえ。ラルクに逢えるなら、逢いたい。ガチ勢だった私に、そんなご褒美を見せられて我慢できるはずがない。
女神様は嬉しそうに双眸を細めた。
『ありがとう。では貴方に手向けの花を差し上げましょう』
女神様が両腕を広げると、四つの色とりどりの花が宙に現れた。かの方がそっと手を動かすと、それらは私の胸へとやってきて。小説はいつの間にか消えていて、私はその花を抱えた。
どっと風が吹く。
風と光の渦に呑まれて私は目をつぶった。
目が回る感覚がする。
きっとこれから世界に落ちるのだ。
決して平和とは言い難い世界へ向かう私は、いっぱいいっぱいで。
ラノベにありがちなこの女神との僅かな邂逅が、まさか後々まで引き摺るヒントになるなんて、思いもしなかった。
■■
はっと目が覚めると、視界に映るのは天井だった。
知らない天井…とか口にしたいけれどそんな余裕はない。何故なら、私の周りには氷が敷き詰められていて、肌が痛い程に冷たいから。ベッドには寝かされている模様。
見覚えがある、この状態。亡くなった祖父の遺体を引き取って、お通夜までの間に預かっていた時の、あれだ。現代日本ではドライアイスだったけど。
なんという。
死んだところに転生とか聞いてない。
そもそも、戦士が死んだなんてどういうことなの。
慌てて起き上がろうとするけれど、身体が上手く動かない。背中にも妙な違和感がある。やめて洒落にならない。折角転生してもゾンビとか御免被る。
目だけがギロギロと動いて辺りを見渡す。
ここは…。
徐々に思い出してくる。私の部屋だ、記憶がある。
え、私って、誰なの。戦士の誰になったの。
でも考えている暇はない。こんなに冷やされたら生きていても凍傷で細胞が壊死してしまうかもしれない。
誰か助けてー冷たいー。
声を出そうと頑張っていると、部屋のドアが開いた。
入ってきた人は………ああ、見間違うはずがない。
濃紺の短髪に藍色の瞳。ふさりと並ぶ柔らかそうな獣の耳。少し陰がありながら、いたく整った顔立ちはかなり目を惹く。
身長は男性の平均位、体躯はいわゆる細マッチョ、無駄なく引き締まっている。厳しい鍛錬で絞られた身体だということを、私はよく知っていた。
推しのラルクだ。本当に狼人だ。
青系…ということは、まだ、女神の奇跡が起きる前!
挿絵とかコミカライズでは黒髪黒目しか見たことがなかった。設定資料集でしか知り得ない彼の色。つまり、まだ物語が始まる前。
ラルクが、私を見て目を見開いた。
それはそうだろう、死んだと思っていた人が、自分を凝視しているのだから。
「…リッチェ?」
彼の形の良い薄い唇が動いて、端的に私の名を紡いだ。
―――リッチェ
そうか
私は、リッチェになったのか
彼の声は小さい訳ではないのでちゃんと聞き取れるのだけれど、とても静かで抑揚が少ない。すぐ傍で誰かに騒がれれば、普通の聴覚の者には聞こえなくなる。でも、聞いているだけで心が落ち着くような、とてもとてもいい声をしている。
返事をしたいのだけれど、口は動くのに声が出ない。まだ、魂と肉体が馴染んでいないのかもしれない。
けれど彼は察してくれて駆け寄ってきた。すぐに氷をベッドから落としてくれる。
そうして、私の首に指を添えて脈を確かめた。
くしゃ、と擬音が聞こえそうなくらい、顔を歪めて、私の首元に突っ伏する。
「お前……驚かすな。死んだと思っただろ」
声は出なくて、私はなんとか表情筋を動かして笑ってみせた。きっとぎこちない笑い方になっていただろうと思う。
ぶわっと噴き出してくる感情に呑まれそうになってしまったから。
あぁ私は、この人が本当に大好きなんだ。
こうして生きていることに喜んで、震えてくれるこの人が。
隊長(リッチェはずっとラルクのことをそう呼んでいた)は、すぐにソファに暖かい毛布を敷き詰めて、冷えたベッドからそこへ私を移して毛布でぐるぐる巻きにすると、魔法使いを呼びに行った。
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