第68話 美女
エドワードの卒業まであと2ヵ月。
エドワードに何か贈り物をしたいが、リリアーナはこの世界のお金を持っていない。
正直、単位もよくわかっていないし、硬貨の種類も全部知っているかあやしい。
この世界にアルバイトはあるのだろうか。
平民の子は学園の後、働いていると言っていた。
ウィンチェスタ侯爵に、お店で働くとか、お菓子を作って売るなどお金を稼ぐ方法はないかと相談したら、侯爵令嬢はそんな事はしないと溜息をつかれた。
騎士コースの卒業生には、家族や婚約者から家紋を刺繍した剣帯を贈るのが一般的だそうだ。
今日は別邸に材料を持ってきてもらう事になっていたのだが。
リリアーナは現在、目の前の美女を前に固まっている。
ウィンチェスタ侯爵はイケおじだ。
その横に立つ美女。
2人合わせると眩しすぎて困る。
「はじめまして。ノアールの母です」
優しい声で、優しい笑顔で微笑む美女。
「……お姉様ではなくて?」
驚きすぎて挨拶もせずに、心の声がそのまま出てしまった。
まぁ、かわいい。と笑いながらハグされたリリアーナは、いい匂いと美しすぎる顔と柔らかい胸に魂が抜けるかと思った。
「そうね、上手よ」
ウィンチェスタ侯爵夫人は、初めて刺繍をするリリアーナに道具の使い方から丁寧に教えてくれた。
どのくらいの強さで引っ張るなど、感覚のようなものもわかりやすく教えてくれる。
ノアールの教え上手は夫人譲りなのかもしれない。
刺繍をしながら、ノアールの子供の頃の話や最近の家での様子を教えてくれた。
時々、ウィンチェスタ侯爵が話を止めていたので、聞いてはいけない事まで話そうとしていたのかもしれない。
リリアーナは今までにもらったドレスのお礼はもちろん、黄色のドレスのふんわりとした袖が可愛かったとか、緑のドレスの肩のリボンの素材が素敵だったなど、出来るだけ具体的に感謝を伝えた。
「ありがとうございました」
基本的な事を教えてもらったので、あとは自分が頑張るだけだ。
リリアーナがお礼を言うと、ウィンチェスタ侯爵夫人は天使のような笑顔で微笑んだ。
「ではリリアーナ、完成を楽しみにしているよ」
ウィンチェスタ侯爵が当たり前のように夫人に手を差し出した。
「わからなかったら、遠慮なく聞いてね」
スムーズで完璧なエスコート。
まるで貴族の見本のような2人だ。
ウィンチェスタ侯爵がイケおじだからノアールの色気がダダ漏れになると思っていたが、この美男美女から生まれたなら仕方がない。
世の中は不公平だ。
馬車に乗る2人に手を振り見送ると、リリアーナは続きを頑張ることにした。
「真面目でいい子ね」
馬車の中、ウィンチェスタ侯爵夫人はリリアーナを思い出して微笑んだ。
道具の名前や刺繍の仕方を教えると、ノートに不思議な記号でメモをしていた。
決して書くのが遅いわけでもなく、1度教えたことは聞かずにノートを見て進めているので、きっと書き漏れもないのだろう。
「不思議な子だわ」
夫人の言葉にウィンチェスタ侯爵も同意する。
「取られたくないわ」
あの子がしていた腕輪、茶色の石だったわ。と溜息をつく。
相手が誰かもわかっているのだろう。
「あの子に幸せになって欲しいのだよ」
ウィンチェスタ侯爵が微笑むと、そうね。と夫人も微笑んだ。
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