第十九話 いつまでも綺麗なママでいられる。
この国の大気中にある魔力を取り込むことで、エリスレーゼに魔法を使ったときよりは早く回復することができたようだった。
あの後、ルードが一番気になっていたことをフェリスに聞いてみた。
「僕たちのお父さんにあたる人って今どうしてるの?」
「あぁ、あの公爵のボンクラだね。今は公爵家の地下深くで幽閉してあるよ」
「えぇっ?」
「こっちにひとりで戻ってきてると聞いてね、私とフェリシアで乗り込んだのね。『取り潰しと幽閉とどっちがいい?』って」
「それでどうなったの?」
「幽閉を選んだんだね。そりゃあそこの当主も馬鹿じゃない。王女を虐げたばかりか、馬鹿にしたようなものだから。先代と当代の女王に睨まれて、この国で小さくなって生きていくより、そっちを選ぶしかなかったんだろうね」
ルードは『幽閉』という言葉を聞いて少しだけ顔を顰めた。
でも悪いことをしたんだから、仕方がないのだろうと思うことにしたのだ。
幽閉といっても、普通に生活はできるらしい。
好きなことをしながら、好きなものを食べて生きていける。
ただ、屋敷から出られないだけ。
出たという噂が立てば、公爵家は終わってしまうのだから、約束を違えることはしないだろう。
特に、穏やかと言われたフェリシアが怒って乗り込んできたことで、事態の重さがわかったらしいのだ。
ルードはその話を聞いたとき、ちょっとだけその元父親を不憫に思った。
「ごめんね、ルードちゃん。『幽閉』って言葉にいい思い出ないよね。私が無神経だったわ」
「ううん。大丈夫、その人は理由があってそういう罰を受けたんだよね。なら僕は気にしないよ」
「そうかい。ありがとう。可愛いひ孫にこんな顔をさせちゃうなんて、私もまだまだ未熟だね……」
▼
リーダはフェリスに言われた特訓を地道に続けているようだ。
フェリスにルードの目の前で『適当』とか『いい加減』とか言われて、さすがに恥ずかしくなったようなのだ。
若いころ(今でも十分に若く見えるのだが)鼻で笑っていた魔力を制御をする鍛錬だったが、今になってこんなに努力するとは本人も思っていなかった。
確かにウォルガードにいるときは必要なかったが、人間の住む場所に行って夫に逃げられた後に気づいたそうだ。
特に、ルードを育てているとき、細かい作業。
おしめを取り換えるときや、離乳後のルードに食事を与えることなど。
ルードの髪を切ってやることも難しく、歯がゆい思いをするくらいなら最初からやっておけばよかったと後悔したらしい。
ルードが作った『フェンリルプリン』などをクロケットに食べさせてもらってるときも、気恥ずかしいというか、申し訳ないという気持ちになっていた。
今の季節は夏前。
ウォルガードはシーウェールズよりも北に位置しているためまだまだ涼しい。
朝方など肌寒く感じるときもあるくらいだ。
こちらに来る前、同じ母親としてエリスレーゼと話をしたことがあった。
驚いたことに、共に苦手なものが一致していた。
それは『料理』。
リーダは王女だった。
エリスレーゼは年若いときにエランズリルドへ嫁入りをしてしまった。
二人とも料理をする機会がなかったのである。
リーダもエリスレーゼも、知識だけはあった。
何をどうすれば、どんな料理になるかはわかっている。
ただ経験が全くなかった。
ルードが離乳を迎えたときに、リーダは一番悩んだ。
フェンリルの姿でできることは案外多いのだが、こと細かい作業を強いられることについてはどうにもならない。
考え抜いた結果、リーダは焼いた肉や温泉で温めた野菜を噛み砕いで口移しで与えることにした。
ルードが嫌がっていなかったが、それ以上のことができない悔しさもあった。
そんな悔しい思い出があったため、今こうして必死に特訓をしているということになる。
もちろん最大の理由は、ルードの菓子を自分の手で食べたいという欲求だったことは仕方のないことだろう。
リーダの色は、浅黄色だ。
それは風と雷の色。
どちらかというと、男性に似た力の現れだったらしい。
フェリスはリーダの色が、受け継がれなかったのが悲しかったそうだ。
娘のフェリシアも自分とはまったく正反対の色。
紅色は火を司る力。
水色は風と癒しを司る。
そんなこともあって、リーダは火の制御が苦手だった。
そんな苦手な属性の魔法を制御するというのがリーダに課せられた特訓内容だったのだ。
指先に火を灯し続けるだけで、体中の力がごっそりと持っていかれる感じが特訓を始めたときにあったそうだ。
それが今は、鼻歌を歌いながら平気で灯し続けることができている。
リーダはやればできる子だったようだ。
もっと早くこれが証明できていれば『食っちゃ寝』と言われることはなかっただろう。
ルードのおかげでフェンリルの姿になるのが、魔力消費に関係があることをリーダは知ったのだ。
だからこれが、人の姿でルードと暮らすのに必要なことだということは痛いほどわかっていた。
あれからルードとリーダは王城で過ごしている。
単純にフェリスの目の届くところにいないと、リーダがサボってしまうのではないかという勘ぐりからだったのだ。
ルードがあれからすぐに回復したのだが、ルードの作る『フェンリルプリン』をまた食べたいというフェリスの希望もあったらしい。
フェリスはルードが作ったそばから、一口丸のみでもしている勢いで食べまくっている。
ある程度食べると満足してその日は終了。
朝ごはんの時間となるのだ。
ルードのことを直系のひ孫としてフェリスが認めてから数日後。
朝食が終わって寛いでいるときにフェリスがルードに言った。
「黒の意味はなんとなくわかったと思うけど?」
「はいっ」
あれから何度か力を行使してみたのだが、誰もいないところには何も見えないし感じない。
町中で使ってみると、たまに人についているのが見えることはあったが、無差別に話しかけるわけにもいかなかった。
ただルードが気づいているということにあちら側も気づくと、手を振って笑顔で応えてくれるのだ。
家族が心配だったりする理由だろう。
現世に未練があるものがあの二人のように大好きな人を見守っている。
そう解釈すると、そっとしてあげるのも必要だと思ったのだ。
無差別に見えてしまうというわけではなく、ルードが右目の奥に力を込めたときだけ見えるようだ。
十四歳の体力ではあまり使いすぎると、その場から動けなくなってしまうくらいに力の消費の激しいものだった。
「左の目に宿っているだろう、ルードちゃんのお兄ちゃんの力だね」
「はい」
「それは自分で探しなさい。教えられて覚えるものではないのよ。私は最初から基本だけ教えるつもりだったの。これはね、フェンリルの一族だから教えられたの。他の種族が同じような力を持っていることが、ルードちゃんのおかげでわかったわ。でも、それを教えるつもりは私にはないの」
「はい。怖いですからね」
「リーダもいい感じに力を使えるようになってきたみたいだし、そろそろ家に戻りなさい。家族に寂しい思いをさせてしまってはいけませんよ」
「はい。でも」
「私やフェリシアは大丈夫。またいつでも会いにいらっしゃい。そのときは、家族のみなさんも一緒に来るといいわ。リーダの件で、他の種族を迎えても誰も文句は言わなくなるはずよ。そうよね? フェイルズ」
「はい。お母様」
フェイルズはフェリスとフェリシアに睨まれて、また小さくなってしまっている。
▼
フェリス、フェリシア、フェイルズに見送られてシーウェールズへ帰ることになった。
「お婆さま。ルードを受け入れてくれてありがとう」
「いいの。でもね、いずれルードちゃんには国王になってもらうわ。それはあなたとの約束でもあるのだからね」
「ごめんねルード……」
「ううん。僕で勤まるのなら、家族のためなら頑張ります」
「今すぐというわけではないのよ。ルードちゃんが大人になって、やらなければいけないことが終わってからでいいの。私たちは長寿だから、焦る必要はないのね」
「はいっ。またきます」
ルードはフェリス、フェリシア、フェイルズに抱き着いて挨拶を交わした。
フェイルズが男泣きしていたのは、見なかったことにするつもりだ。
リーダも教わったあの呪文。
これで服をいちいち脱がなくてもよくなった。
『『祖の衣よ闇へと姿を変えよ』』
そう詠唱を終えると、二人はフェンリルの姿になって国境を抜けて行った。
ルードは気づいていて、そっとリーダに教えていた。
最後の一文は、フェリスがきっと『かっこいい』と思ってつけたのだろうと。
思った通り、『変えよ』だけで発動したのだ。
ルードとリーダはお互い見つめあって、笑っていたのだった。
▼
焦ることなく二日かけてゆっくりとシーウェールズへ戻ってきた。
リーダは恐る恐る、人になってみた。
もちろん人化したときの光の中で、首にある布の首輪を前足できゅっと握って。
成功した。
大気中の魔力が少ないこの国でも、人の姿になることができたのだ。
「えぇっ? フェルリーダ様なのですかっ?」
ウェルダートには悪いことをしたとルードは思ってしまった。
今、ウェルダートは混乱の
とりあえず、同僚の男性に任せてさっさと町中に入っていった。
目線の高さの違う風景に、リーダは感動を覚えていた。
この国に白と緑の髪はルードとリーダしかいないのだ。
もちろん、リーダの姿は目立ってしまっていた。
なるべく地味な服装にしてきたつもりだったのだが、背の高さとその美しさ。
何より、その髪の色が目立ってしまっていたのである。
すれ違う男性が全員振り向いて見とれているという、異常な状況。
ルードはリーダが綺麗で注目を浴びているのが嬉しかった。
ルードが手をつないで歩いていたため、観光客でなければ誰の家族かだけはわかってもらえていたみたいだ。
数日ぶりに家に帰ってきた。
「こんな風に見えてたのね。目線が高いって新鮮だったわ」
「僕も母さんと一緒に歩けて楽しかったよ」
「うんうん。ありがと、ルード」
「ただいまー」
ルードの声を聞いて、二人の足音が聞こえてくる。
走ってきたのはクロケットだった。
その後ろからクレアーナが微笑んでいた。
「お帰りです……、にゃっ?」
「お帰りなさいま……、せ?」
思った通り二人は固まった。
▼
「本当にそっくりです。まるで姉妹ですね」
「そうかしら?」
「えぇ。本当にそっくりですにゃ」
「自分ではわからないけど、リーダ様と似てるだなんて嬉しいわ」
ルードは疲れてしまったのか、リーダの膝にもたれて眠ってしまっていた。
エリスレーゼはそんなリーダの髪を優しく撫でていたり、指ですーっと梳かしたりしている。
クロケットはリーダの髪を楽しそうにブラッシングを始める。
「綺麗にゃ髪ですにゃ。緑色でツヤツヤしてて」
「エリスレーゼ様の金髪もお綺麗ですよ」
クレアーナは負けじとエリスレーゼの髪をブラッシングしていた。
クロケットの使っているブラシはリーダ用の大きめのやつ。
クレアーナが使っている方はクロケットが普段使っているものだ。
「そういえば、エリス」
「なんです? リーダ様」
「その様ってやめてほしいわ」
「……んー。それなら、リーダ姉さん、では?」
「それいいわ。うん。いい響き。わたしには弟も妹もいないから、そう呼ばれるのは嬉しいわね」
「よかった。私もいないんです。一人っ子なので」
「うんうん」
「そのように呼び合われても、これだけ似ているのなら違和感もありませんね。それにしても、前から不思議に思っていたのですが」
クレアーナがぼそっと本音を言い始める。
「なぁに? クレアーナ」
「エリスレーゼ様、今、おいくつ何ですか?」
「ん? 二十八だけど?」
「……それにしては、お肌も若々しいですし、坊ちゃまたちをお産みになられてからまったくお変わりありませんよね……」
「あぁ、それ。もしかして、私のお婆ちゃんが、狐人だからかも」
「えっ?」
「私、ちょっとだけ狐人の血が混ざってるのよ。それで成長が遅いのかもしれないわね。前にお婆ちゃんに会ったとき、お年を聞いたことがあったの。『千歳を超えてから数えてないわよ』って……。私、冗談だと思ってたけど」
「それにしては、耳もしっぽもありませんにゃね?」
「ないわよ。『化けないと耳としっぽは出ないのよ』って聞いてるし。私、化け方知らないもの。でもね、この子にとって『いつまでも綺麗なママ』でいられるのは嬉しいのよね」
何気に爆弾発言。
エリスレーゼは狐人とのクォーターだったのだ。
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