第6話 眼帯

 眼鏡の少年を問いただす。


「拘束? どういうことだ?」


「そのままの意味です! 骨組がダク様を公務執行妨害の罪で懲罰房へ連れて行こうとしてるんです! しかも取ってつけたように宵橋教会の業務停止処分まで......」


 眼鏡の少年は舌打ちをして近くの石ころを蹴る。


「ともあれダク様はこの下水道を進めば町のはずれまでなら逃げられるはずです。ドレイクさんからもそうするようにと言付かっています。ダク様を今あいつらに拘束させるわけにはいかないので」


 眼鏡の少年はこちらです、と地下道を足早に進もうとする。


「待て。宵橋教会の業務停止処分とはどういうことだ?」


 眼鏡は振り返りため息を吐く。


「そのままの意味です。国に危害を及ぼす者達を匿っていた罪だとか何とかで潰すってことですよ。ダク様を大人しく差し出させるためのオマケなんでしょうけど」


「宵橋教会はどうなる」


「......ダク様が気になさることではありませんよ。少しの犠牲とともに形を変えて生き残っていくだけです。それよりダク様の優先順位の方が高い。ダク様はこの世界の平等を望む者全ての希望なんです。唯一王を倒せる可能性を持った唯一の人なんですから」


 眼鏡の言葉は嘘ではなかったが、本当に少しの犠牲かと言われるとそうではないように思われた。

 ダクは眼鏡とは反対方向に進む。


「行ってくる。そいつらの言い分を聞いて、言っていることにがあるならば大人しく着いて行ってやる」


 眼鏡は驚愕の視線を向けた。


「正気ですか? あいつらに正当な理由なんかあるわけないでしょう?」


「聞かずに決めつけられるほど俺は相手のことを知らない。話し合いをして相手がでたらめなことを言っていると思えば交渉を蹴ればいい。相手の言葉に理が無い時ほど、そうしなければならないはずだ」


「それが話し合いなら、ですがね......」


 眼鏡の制止も聞かずにダクは階段を昇った。ソレイユはその背中を追い、眼鏡はため息を吐いた後ルーザーたちを逃がすために下水道にとどまる。

 蓋から顔を覗かせる。教会の前にずらりと並ぶ人の群れ。袖に紋章、腰に剣。数多の白服の中心には眼帯の男が一人。唯一、この男だけは腰に剣を携えていない。しかし佇まいから漂う風格に肌がぴりりと反応を示す。この男が白服の親玉に違いない、と。

 白服の群れにハタヤが対峙していた。表情はいつもと同じ和やかさを保っていたが、和やかな話し合いがしたいというわけではなさそうだった。その張り付いたような笑みが無理に作られたものであることはまだ付き合いの短いダクにも見て取れた。

 互いの敵意が衝突する中にダクは割って入る。


「お前達の目的は俺だろう」


「げっ」


「ほう......てっきり逃げられたかと思ったが」


「俺を拘束しようとしている理由が聞きたい。説明してくれるか」


 ハタヤはあからさまに嫌そうな顔をし、眼帯は薄ら笑いを浮かべる。

 ダクの言葉を聞いて眼帯の傍らにいたガタイの良い男が歩み出る。その男はダクの目の前に立つと威圧的に手に持っていた紙を眼前に叩きつけた。しかし微動だにしないダクの曇りなきまなこに見つめられて、男は顔を真っ赤にして目を見開き唾を散らしながら罪状を告げる。


「ダク! 貴様には市場の往来にて骨組の業務を妨害したとして、公務執行妨害罪と国家反逆罪がかかっている!」


「窃盗の罪で死ぬまで懲役、子供も見殺しにするというのはやりすぎだ。ソレイユの言葉とお前たちの反応から見るにあの行動がやりすぎだという見解は一致するだろう。俺は骨組の行き過ぎた行動を制したまでだ。他に理由はないのか?」


「それは――」


 男が口の中でもごもごと言葉を転がしている。それを見て呆れた眼帯がガタイの良い男から紙を取り上げる。


「所詮はこの紙きれも理由の一つにすぎん。骨組の邪魔をしたこと、これからも邪魔をし続けるだろうということ、レジスタンス勢力に無視できない力を与えてしまうこと、それらすべてが理由だがそれは真の理由ではない」


 眼帯がにやりと笑う。ダクは眉をひそめた。どす黒い欲望の臭いがする。


「ダク、我らと一緒に来ないか?」


「は?」


 沈黙。ざわつく気配。じりじりとした緊張感と動揺が教会側だけでなく骨組側にも伝わってゆく。


「起きて一週間かそこらしか経っていないが、お前も見ただろう。この町の理不尽を。この町の差別とそこから生まれる不自由を。正義であることが単純な生きづらさに繋がることを。そんなこの町を、この国を変えてみたいとは思わんかね」


「......そのためにどうするつもりだ?」


「ダク君!?」


 ハタヤが驚いてダクに振り返る。理想論でコーティングされた怪しさの塊に耳を傾ける必要などないと言いたげだったが、ダクは眼帯の方から目を逸らさない。眼帯は右手を胸元で握りしめながら朗々と語る。


「この国の差別の『原因』を無くす。ルーザーを徹底的に排斥し、ルーザーをこれ以上生み出さない世の中を作るのだ。次第に差別は消え、国はあるべき形を取り戻すだろう。どうだ? この国を思うならこれも正しいやり方だとは思わんかね?」


 ダクは目を閉じ考える。そして目を見開く。


「俺にはお前のやり方でこの国が正しくなるとは思えない」


「そうか......残念だ」


 眼帯の男は心底悲しいという風に声のトーンを落とす。そして勢いよく右手を振り上げた。

 周りの白服が腰に差した剣に手をかけた。


「抜刀ッ!!」


 そう口が動いた瞬間だった。淡い黄金色が目に入り、眼前に刃が迫る。

 速い。

 ガタイの良い男がいつの間にか刃を振り上げていた。風を切る音と共に肩に刃が触れそうになる。腕を振り上げたが間に合わない。


 バキンッ、と音がした。

 金属と金属が火花を散らし、振り下ろされた刃の切っ先が逸らされる。肩を守ったのは小刀だった。その手元は背後から伸び、それを握ったハタヤがダクの前に出る。


「こいつらは皆『強身きょうしん持ち』だ。強身の祝福で身体能力を上げてる。下がってて」


 ハタヤは迫り来る刃を次々に避け、必要ならば小刀を翳し、最小限の動きで斬撃の雨を掻き分ける。その紙一重の動きに機能美を思わせるようなある種の芸術を感じた。

 金属と金属がぶつかり合うと黄金色の胞子が断続的に散る。それは火花のようで柔らかさなんて微塵も感じられなかった。それらは殺意を纏い、攻撃を導いていた。

 ハタヤの動きを観察するダクに刃が迫りつつあった。


「──ッ!? 危ない!」


『持影を繋げろ』


 黄金色の胞子が肌に触れた瞬間、唐突にドレイクの声が脳内を駆け巡る。呪いが形を変えるように祝福も形を変える。ならば剣先よりも先に胞子に込められた殺意が肌を刺し――

 

「なっ!?」


 剣を空振りさせた白服が驚愕の表情でダクを見上げる。

 刹那、思考よりも先に体が動いていた。すかさず相手の手元に拳を叩きこむ。じわりとまとわりついた呪いに白服が手首を震えさせて剣を落とす。

 そしてダクの方に一気に殺意が向いた。肌を刺す感覚と同時にどこを避ければ良いかを自ずから彼らの祝福が教えてくれる。ただ速いだけの攻撃、単調な力押し。彼らは祝福に頼りきりになっていると気が付いた時、すでに彼らの攻撃はダクに届かないものになっていた。


「素晴らしい......! これが起きて数日の人間の動きだとは思えん!」


 中央の眼帯が乾いた拍手で称賛を送る。


「ここで両腕を落として捕らえるには惜しい! まるで素質の塊、才能の原石!」


「俺は自分が納得できないことはしない!」


 刃を避けながらダクは眼帯を睨みつける。眼帯は左手で自分の右手の手首を掴んだ。

 ぞくり、と違和感が走る。ドレイクの時と同じ違和感。

 咄嗟にダクは背後に跳ねる。


「くっ!」


 頬に走る鋭い痛み。目の前には一瞬で踏み込んだ眼帯。一体どこから得物を取り出したのか。ダクはそれを見て目を見開いた。

 仕込み刀。引きちぎられた右腕からぎらりと刀身を輝かせるそれは、切っ先にダクの血液を滴らせていた。


「あれも避けるか!」


 さらに踏み込み、返す刀で首を狙う。ダクはすかさずアーマーさせた手で刃を掴んだ。じりじりと手のひらに刃が食い込み、腕を伝って血が流れる。

 眼帯は興奮した様子で顔を寄せ、高圧的に語り掛ける。


「我らと一緒に来んかね! お前はルーザーの希望であると同時に我らにとっても重要なカードになり得る! それだけの力を持っている! つまりお前は予測不能の切り札ワイルドカードなのだ!」


 男の身勝手な物言いにふつふつと腹の底から何かが沸き上がってくるのを感じた。

 ダクは拳を握る。沸き上がってくる何かを拳に込めるように。自分の体の中に閉じ込めた呪いが感情と同時に漏れ出す。拳に込められた呪いはまるで岩のようで、あの岩の棺桶を思い出させた。しかし今はそんなことはどうでも良かった。

 拳を振り上げて言い放つ。


「誰かを切り捨てて作った世界に未来はない! 力でねじ伏せて作った世界では力でねじ伏せることが正義になる! そんな世界を俺は認めない!」


 その怒りの形相を見て、眼帯は咄嗟に左手で受ける。

 ドスンと重たい音がした。

 それと同時にダクから放たれた呪いは霧とも空気ともつかないものになって空気中を満たした。眼帯がその拳に耐える間にも呪いに当てられて白服達が次々に倒れていく。

 振りぬかれた拳に弾かれた眼帯は二、三歩後ろに下がって膝をついた。


 追討ちをするために一歩踏み出した瞬間、ダクの体はぐらりとよろめいた。目の前が岩の棺桶に閉ざされていく。体の中に呪いをしまおうとするがもうすでに遅かった。

 マズい。

 重力の為すがままに体が倒れていく。

 しかしその体は倒れる寸前に腰元から支えられた。


「団......長」


 途切れる意識の中でドレイクの姿がわずかに見えた。ドレイクはダクを抱えると、倒れた白服の間を突っ切って脱兎のごとく駆けだした。それを見たハタヤも追って走り出す。そしてドレイクはすれ違った眼帯に一言ささやく。


「悪いな、バードン。こいつは俺達が利用させてもらう」


 白服達から距離を取ったドレイクは振り返って大きな声で言い放つ。


「それと置き土産だ! しっかり受け取れ!」


 起き上がろうとした眼帯が見たのは一人の長い黒髪の女──ナキだった。その女は右手の人差し指で眼帯を差し、左手で右手を支えていた。その構えに見覚えがあった眼帯は咄嗟に顔面を仕込み刀で守る。

 ナキがボソリと呟いた。


「──シュート」


 指先から放たれた持影の弾丸は閃光のように空間を切り裂き、眼帯の刃を捉えた。眼帯はかろうじて弾丸を背後に逸らす。弾丸は勢いそのままに後ろの民家に当たり、民家は溶けるようにどしゃりと崩れ去った。

 弾丸の当たった刃は弾丸を逸らしはしたものの、跡形もなく砕け散っていた。

 ナキはドレイクを追うように駆けだす。

 残された眼帯は一人呟いた。


「いかんな。強身持ちとはいえ寄せ集めでは」


 そう言いながら男はクククと笑うその笑みを止められなかった。

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