伝説の英雄に召喚されたゴーレムマスターの伝説
三月 北斗
序章
序章 綺麗なお姉さんと白猫と粘土
ぱふっ。……どさっ。
「あんっ! んっ……」
何か柔らかいものに頭がぶつかった感触。続けて、妙に艶っぽい女性の声が聞こえてくる。
ふわりと身体が落下して柔らかい地面にぶつかっても、僕はまだ、半分眠ったままだった。
「にゃー! にゃっ……。ペロッ……」
「んっ、ん〜……。そこはくすぐったいよ……シロ……」
柔らかい肉球で頭をぺしぺし叩かれる。
ざらざらの舌で頬を舐められる。
「あのぉ……。大丈夫ですか? こんなところで寝てると風邪を引きますよ」
しっとり落ち着いた声で話しかけられて、ゆっくり目を開いた。
鮮やかな緑の芝生。ほのかに感じる土の匂い。
どうやら、外の地面に直接、うつ伏せに寝転んでいるようだ。
ゆっくり頭を動かすと、四つ葉のクローバーが目に入った。
……四つ葉のクローバー?
昨日の夜はプロジェクト終了の打ち上げで久しぶりに飲みに行って、良い気分になって部屋に戻って、シャワーも浴びずにそのまま寝たはず……。
もしかして、寝ぼけたまま部屋を出て、どっかの公園で倒れてるのかな?
僕は慌てて身体を起こし、周囲を見回した。
広い草原。ぽつんと一本だけ生えている、見上げるほど大きな木。
大樹の横には地中海沿岸で見られるような、白壁の家が建っている。
「クスッ……。目が覚めましたか? よろしければ、冷たい飲み物などいかがでしょうか?」
「えっ……? あっ、あの……。それでは、いただきます」
軽くウェーブのかかった長い栗色の髪。
白くて大きな布を、身体に巻き付けただけのような服装。
僕のすぐ横で、美しい女性が正座していた。
「それでは、飲み物を用意しますので。こちらにどうぞ」
にっこり微笑みながら女性は手を伸ばし、まるで走ってて転けてしまった子供を起こす時のように、手を取って立ち上がらせてくれた。
柔らかい指の感触。慈愛に満ちた表情は、自分より年下のようにもずっと年上のようにも見える。
「にゃあー……」
女性の横に座って僕を覗き込んでいた白猫も立ち上がり、くるりと後ろを向いて白壁の建物に向かって歩き出した。
長い尻尾が二本、ゆらゆらと左右に揺れている。
……尻尾が二本?
なるほど。そうじゃないかと思ってたけど、やっぱり夢なんだな。
手から伝わってくる女性の体温も、頬を撫でる優しい風も、恐ろしいほどリアルだけど……全部、夢に違いない。
「そちらの椅子に腰掛けて、少し待っててもらえますか?」
「はい、わかりました」
白壁の建物の横。ちょうど大きな木の枝で影になる位置に、いつの間にか、白いテーブルと椅子のセットが置いてあった。
思わず見惚れてしまうほどの笑顔を残して、女性が建物へと入っていく。
「にゃあっ! にゃー……」
「背中を撫でろってこと? こうかな……?」
椅子に座って周囲を見回していると、白猫がぴょんっとテーブルに飛び乗って、僕の目の前で座り込んだ。
「ふにゃあぁぁぁ……。んんん〜……」
最初は背中から優しく。徐々に撫でる範囲を広げて、尻尾の付け根やアゴの下までくすぐってやる。
指遣いを気に入ってもらえたのか、猫の喉からゴロゴロと可愛い鳴き声が聞こえてくる。
「懐かしいなぁ……。田舎のおじいちゃんの家でも白い猫を飼ってて、夏休みに泊まりに行った時は、いつも一緒に遊んでたっけ」
最後に泊まりに行ったのが、確か中学三年の夏だから……もう、二十年近く経ってるのか。
陶芸が趣味で、いつも粘土を
そんなおじいちゃんに憧れて、僕も粘土で遊ぶのが大好きになった。
「次の仕事が見つかるまで暇だし、久しぶりに田舎に行くのも良いかな……」
☆
僕の名前は
身長も体重も平均より下で、この歳になっても中学生に間違えられるほどの童顔が少しコンプレックス。
……少しだけだよ?
美大の彫刻科を卒業してそれなりに有名なデザイン事務所に就職したが、社長の盗作が発覚して会社は倒産。その後は、美大の先輩に紹介してもらって派遣社員になり、主にゲーム関係の会社を転々としていた。
うん、大丈夫だ。呼吸も落ち着いてるし記憶もおかしくない。二日酔いの影響もなさそうだ。
プロジェクトが終了して開発チームも解散。雇われデザイナーの身としては、次の仕事を探さないといけないのがアレだけど……。こういう状況になるのは初めてじゃないし、貯金も少しはある。将来は不安だけど開放感もあった。
そんな複雑な状況だから、こんなに変な夢を見てるんだろう。たぶん。
「にゃー! にゃあー……」
「えっ? ああっ、ごめんごめん」
手がおざなりになっているのに気付いたのか、いつの間にか白猫が、赤い瞳でこっちを睨んでいた。
背中を撫でていた右手に加えて、左手を伸ばして首の下まで撫でてやって、機嫌を直してもらう。尻尾の付け根を優しくポンポンと叩いてやると、可愛い鳴き声が再び聞こえてきた。
「あらあら。シロったら、すっかりリラックスしちゃって……。あなたのことが気に入ったみたいですね」
「勝手なことをしてすみません。この子が、撫でて欲しそうにしてたので……」
いきなり声をかけられて、猫を撫でていた手が止まってしまう。
気が付いた時にはすぐ横に、お盆を手にした女性が立っていた。
「良いんですよ。ここに居る間はいつも、私と二人っきりで退屈そうにしてるんですから」
「そうなんですか……」
話をしながら美しい女性は木製のお盆をテーブルに置き、そこから透明なグラスを僕の前へと出してくれた。
続けて、大きな取っ手のついた陶器製の水差しを手に取ると、おいしそうな桃色の液体を注いでくれる。
「実は私も、退屈してたところでして……。もし良かったら、あなたのお話を聞かせてもらえませんか?」
「あっ、はい。それぐらい、いくらでも……」
「ふにゃあー……」
二本の尻尾に指を絡ませるようにして同時に撫でてやると、猫の目がすっと細くなり、白い毛に包まれた身体が細かく震えた。
☆
せっかくなので、小さい頃に遊んだ猫の話題から話を始めた。
夏休みに泊まりに行った、田舎のおじいちゃんの家。白い猫と毎日のように遊んだ話。おじいちゃんの真似をして、粘土で遊ぶようになった話。
粘土細工の腕を活かして美大に進学。就職してからは本物の粘土を離れ、パソコンでモデリングを仕事にしていた話。
「もでりんぐ……と言うのはよくわかりませんが、あなたも粘土がお好きなんですね?」
「はい、大好きです! 小さい頃からずっと自己流で、動物とか怪獣とかロボットとか、いろいろ造ってました」
「私も大好きで、いろんな生き物を造ってたんですが……。やり過ぎて、妹たちに怒られちゃって。今は自粛中なんです」
「あー……。僕もよく、ご飯を食べるのも忘れて粘土に夢中になって。お母さんに怒られてました」
「クスッ。よくある話なんですね……。あっ、そうそう! ちょっと待っててもらえますか? 前に使ってた粘土が残ってたはずだから……」
テーブルの反対側に座っていた女性がいきなり立ち上がり、白壁の建物へと入っていった。
背中を撫でられるのに飽きたのか、白猫はテーブルを降りて、木陰で居眠りをしている。
空を見上げると雲一つ無い青空。風に揺れる木の葉から、サラサラと小さな音が聞こえてくる。
水滴が付いたグラスを手に取って一口飲むと、爽やかな桃の香りがした。
どれも、とても夢とは思えないほどリアルな感触だけど……。こんなところ知らないし、やっぱり夢だよね?
「お待たせしました。これで、何か造ってもらえませんか?」
戻ってきた女性は、白い布に包まれたレンガぐらいの大きさの物を持っていた。
目の細かい布をゆっくり開くと、中から白い粘土が現れる。
「良いんですか? それじゃあ、早速……。何を造ろうかな……」
素直に粘土を受け取り、少しだけちぎってみる。
指に吸い付くような感触。乾いて固くなったりしてないようだ。
これは……普通の油粘土かな? 紙とは違うし、シリコンでもないし——
「その粘土はちょっと変わってまして。色や質感まで、使う人のイメージに合わせて自由に変わるんですよ」
「ええっ? それって……。うわっ! 本当だ‼」
指先で捏ねながら『青色が良いな』と思ったら、白かった粘土が綺麗な青色に変わった。鉄のように固くもなり、どろどろの液体のようにもなる。
慌てて手の平で受け止めて元の粘土を想像すると、何事も無かったかのように元に戻った。
「他にも変わったところがありまして……。試しに、『大きくなれ』って言ってもらえますか?」
「大きくなれ! あっ、やっぱり……。うわあぁぁぁ……」
人の耳たぶぐらいの大きさだった粘土が、あっという間にソフトボールぐらいの大きさに変わっていた。
この粘土なら、小さいサイズで粗く造っておいて、大きくしてから細かいところを仕上げるとか……いろんな使い方が出来そうだ。固さや質感まで変えられるんだったら、別の材料を芯に使う必要も無くなる?
試しに鉄を想像しながら表面を撫でると、白かった粘土が光沢を帯びた鉄色に変わり、急にずっしりと重くなった。
「どうです? すごいでしょう?」
「すごい……。本当にすごいです。なんだか夢のようで……。これは、怒られるぐらい夢中になるのも仕方がないですよ……」
美しい女性と話をしていても、頭の中は目の前の粘土に夢中だった。
鉄の球を再び白い粘土に戻し、大雑把に形を整える。
頭・身体・両手・両脚・二本の尻尾。
まずは全体のバランスを取って、そこから徐々にパーツを仕上げていく。
形を変えるのはもちろん、色や感触やサイズを変えるのも、途中から当たり前になっていた。
柔らかい肉球も、光りが透けて見えるほど薄い耳も、この粘土なら思い通りに出来た。
「あらっ? それってもしかして——」
「はい。さっき、僕を起こしてくれたお礼に……。こんな感じでどうですか?」
最後に赤い宝石のような瞳を入れて、実物大の白猫が完成した。
テーブルにしっかり手をついて何かを覗き込む姿は、目が覚めた時に見た光景をイメージしている。
「すごいのはあなたの方ですよ。こんなにあっさり使いこなすなんて……。これなら、きっと……」
いつの間にか隣に座っていた女性が、動かない白猫を覗き込んでいる。
イメージスケッチも無しにいきなり造った割りには、良くできてると思う。
「いえいえ。この粘土がすごいだけで、僕なんて大したことは——」
いつもなら発泡スチロールで土台を造ったり、尻尾の中にワイヤーを仕込んだりするところが、この粘土なら何もする必要がなかった。
パソコンでモデリングするより楽なんじゃないかな?
本当は、柔らかい毛の感触まで再現したかったところだけど……。
「上に手をかざして、今度は『
「こんな感じですか? それじゃあ……
「んっ、んんん〜……。ふにゃあぁぁぁ……」
目の前の白猫に手をかざし、素直に言葉を復唱する。
次の瞬間、粘土の白猫がピカッと光り、可愛い鳴き声が聞こえてきた。
「あらあら……。大成功ですね、これは……」
「えっ? ええっ⁉ これってもしかして……。まさか……」
粘土で作った白猫が、すっと目を細めて大きな欠伸をしている。
キョロキョロ周囲を見回したかと思うと、僕の方に近づいてきた。
「にゃあー! にゃー……」
「背中を撫でろってこと? うわあぁぁぁ……」
広げた手の平で優しく背中を撫でてやる。
柔らかい毛並み。温かい肌。脈打つ心臓の鼓動。
そっと触れた白猫は、とても粘土とは思えない感触だった。
「私にも、その子を撫でさせてもらって良いですか?」
「あっ、はい。それじゃあ……」
そっとお尻を押してやると、白猫は素直に女性の元へと向かった。
ライバル(?)の登場に気が付いたのか、木陰で居眠りしていた白猫が目を覚まし、テーブルに飛び乗って僕の前へと歩いてくる。
「本当にそっくりで、まるで双子みたい——あんっ! くすぐったい」
「にゃあーにゃあー。にゃー!」
僕が造った方の猫は、女性の胸元に飛びついて頬をペロペロ舐めていた。
元からいた方の猫におねだりされて、喉元を優しく撫でてやる。
二匹の猫はサイズも鳴き声も二本の尻尾も、細部までそっくりだった。
いや、ちょっとだけ、僕が造った方が大人しいかな? 気のせいか?
「これって……。これも、粘土の力なんですか?」
「面白いでしょう? あっ、でも。
「えっ……? あっ、あのっ……。これからも僕が使って良いんですか? この粘土を」
「あらあら……。この粘土が欲しくて、ここに来たんじゃないんですか? 私の勘違いだったのかしら?」
「僕は自分の部屋で寝てただけで、目が覚めたらここに居て……。ここって、僕が見てる夢の世界じゃないんですか?」
「えっ?」
「えっ?」
☆
二人そろってジュースを飲んで、高まっていたテンションを落ち着かせる。
状況を整理するために、途中になっていた話の続きをすることになった。
「ですから……。昨日は開発チームのメンバーと飲みに行って、終電ギリギリで部屋に帰って。そのまま、寝てたはずなんですけど——」
「あなたの言葉を疑う訳ではないんですが……。念のために、確認させていただいてよろしいですか?」
「あっ、はい。どうぞ」
確認って、どうやるんだろう? どこかに監視カメラでもあるのかな?
そんなことを考えていると、隣に座ってる女性がおでこに手を当ててきた。
ほんのり漂ってくる甘い香り。柔らかい手の平の感触。
心臓の鼓動が速くなるのを感じながら、僕はすっと目を閉じた。
「これが、田舎のお祖父様のおうちですね。遠くに海が見えて、周りには自然がいっぱいで……。あら、シロとそっくりの猫が」
「おじいちゃんの家の猫も、シロって名前だったんですよ」
僕の古い記憶を読み取ってるの? こんなに変わった粘土を持ってる人だし、もう何でもありだな……。
「この頃から粘土がお好きだったんですね。猫を造って、犬を造って……これは鳩かしら? もっと見ていたいところですけど、早送りして——」
「それは小学生の頃ですね。中学に上がってからは、ロボットとか恐竜を造るのが多くなって。美大に入ってからまた、動物のブームが来て……」
「モデリングって、こういう仕事なんですね。なんだか大変そう。昨日は職場の皆さんと宴会を開いて……。あらっ? 本当に寝てただけですね」
「そうなんですよ。だから、僕が見てる夢じゃないかと思ったんですけど……違うんでしょうか?」
温かい手の平がゆっくり離れていく。
目を開くと美しい女性が、呆然とした表情を浮かべていた。
話をしている時は落ち着いた雰囲気で大人の女性っぽかったけど、こういう表情になると年下の女の子っぽく見えて……。可愛いなぁ。
「でも、普通に寝てただけで、ここに来ちゃうだなんて……。そんなことがあるはずは……。きっと、他に何か理由が……」
独り言をつぶやきながら、おでこに当てていた手を、少し離れた位置から肌をなぞるように動かしていく。
頭から肩、腕、手首となぞったところで、急に女性の動きが止まった。
「あらっ⁉ これってもしかして……。あー……そういう事だったのね! それで、途中で引っかかって……。なるほどぉ……」
「理由がわかったんですか?」
「はい。どうやらあなたは別の世界から、魔法で召喚されたみたいですね」
「はい……?」
別の世界? 召喚?
異世界ものの漫画や小説は読んだことがあるし、召喚魔法はゲームでおなじみだけど……僕を召喚? 勉強が得意な訳でもないし、長距離走も短距離走も水泳も球技も苦手だし、召喚されても役にも立たないと思うんだけど……。
「ここを見て下さい。この赤い糸が繋がってる先は、あなたが住んでいたのとは別の世界。あなたを召喚した人も、この先に居ます」
いつの間にか、僕の左手首に赤くて細い糸が巻き付いている。
視線を動かして糸をたどると、その先は虚空に消えていた。
「元々、僕が住んでた世界があって、他の世界から召喚されて。その途中でここに引っかかって……。あれっ? 結局、ここはどこなんでしょう?」
「ここは、世界と世界の狭間に私が造った……。その……秘密基地みたいなものでして……。他の人にはナイショにしてもらえませんか? お願いします」
何か、まずいことを聞いてしまったのか。さっきまでまじめな表情を浮かべていた女性が、頬を赤く染めて恥ずかしそうにしている。
この話題は、あまり広げない方が良さそうだ……。
「あっ、はい。わかりました。約束します。それで……このあと、僕はどうなるんでしょう?」
「そうですね……。今ならまだ、元の世界に送り返すことも、召喚された方の世界に送ることも出来ますよ」
「えっ? 選べるんですか⁉」
「はい。あなたは良い人のようですし、面白い話もしてもらいましたし……大サービスです」
そう言ってすぐ横に座っている女性が、可愛いウインクをしてくれた。
にっこり微笑む表情の裏に、謎の圧力を感じるような気がするけど……これは気のせいだろうな。たぶん。
テーブルの上では二匹の白猫が、仲良く並んでこっちを眺めている。
「んー……。それじゃあ、僕は——」
「わかりました。それでは……あなたに、女神の加護がありますように」
さて、僕の選択は……?
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