14 田吾作の剣 その四

 蛇剣術大蛇破。

 なんと凄まじい剣技であろうか。

 斬馬刀から解き放たれた大蛇。その正体は常識外の剣圧に蛇気を乗せたことで対峙した者に錯覚させたものに過ぎず、実際に大蛇が飛び出たわけではない。だがその威力たるや、大蛇が体当たりをしたようなもの。いや、もしくはそれ以上やもしれない。


 とかく、その一撃を喰らった辰也は、中空を舞っていた。

 黒蛇の空と、提灯の灯りに照らされた野盗たちと、痩せた草原が、彼の視覚の中でぐるぐると繰り返す。野盗たちの歓声が、どこか遠くのように感じていた。

「辰也!」

 ハナの声が耳に響く。すでに地面は近づいている。

「大丈夫だ」

 そう答えながら、辰也は体勢を整えた。

 どうっ、と足から着地し、数度転がることで衝撃を逃す。

「……なるほどな」大庭は感心したように唸った。「自ら飛んだか。それで致命傷を避けるとは、さすがだ。やはりお前は面白い。使ったのだろう? 別の錬気法を」

「ばれていたか」

 立ち上がる辰也。体はふらつき、見るからに満身創痍。もはや呼吸を隠すこともできず、荒く息を吐く。

「見くびるな」

「……剣宮流錬気法花びら。まるでひとひらの花びらのように、重さを失くす錬気法」

「ほお。それが、今の術技か」

「そうだ。だが、やはり俺はまだまだ未熟。重さは完全に無くせられない。兄上であれば、完璧な花びらを見せることができたろうな」

「お前の兄か。それは気になるな」

「錬気法であれば俺よりもはるか上にいる。素手での戦闘ならば、島で並び立つ者はいない」

「お前ほどの者がそこまで言うか」

「ああ。もっとも、刀の方はからきしだったがな」

 辰也は懐かしそうに目を細めた。

「素手での勝負も面白そうだ。いずれ相手してみたいものよ」

「無理だな」

「なぜだ」

「……お前はここで死ぬからだ」

 くく、と大庭は笑い、

「十分時間は稼いだだろう? であれば再開しよう」

 と言った。

「ばれていたか」

 辰也が会話に乗ったのは、呼吸を整える時間が欲しかったからであった。事実、辰也の呼吸は先ほどまでよりも落ち着いている。

「何、お前とはもっと楽しみたいからな」

「この戦闘狂めが」

「俺にとっては褒め言葉だ」

 一転、迫る大庭。頭上に斬馬刀を振りかぶり、袈裟懸けに振るう。

 右に躱す辰也。しかし精彩を欠いている。呼吸を整えても、大蛇破で受けた痛手を回復できるわけではない。加えて花びらは、多大な集中力を要する術技。疲労は限界に近い。

 大庭は容赦無く追撃する。さらに避ける辰也であったが、二撃、三撃と続く中、徐々に大庭の剣との差が縮まっていく。

 そしてついに、斬馬刀は辰也を捉える。逃げられぬと悟る辰也。しかし山桜も花びらも使える余裕は残されていない。代わりにハナを打ち込んだ。あっけなく後ろに弾かれ、地面を滑るように下がる。

 すかさず大庭は大蛇破の構えを再度見せた。

 辰也は体勢を整えるや、なりふり構わず横に走る。刹那、すぐ背後を大蛇が通過した。衝撃を背中に感じながら、ちらりと大庭を見ると大蛇破をまたも放っている。

 急ぎ立ち止まると、今度はすぐ目の前を大蛇が走り抜けた。

 横に逃げても埒が明かぬ。辰也は大庭に向かって疾走する。大庭も大蛇破を撃つ。横へ飛んで回避するも、右の二の腕がわずかに裂けた。ぱっ、と血を吹き出させながら、辰也は走る速度を緩めない。止まった時は、大蛇破に食われる時。それを重々承知しているからこそ、辰也は走り続ける。

 なおも連発される大蛇破。しかしさすがに無理があるのか、飛ばされる幻覚の大蛇は小さくなっている。

 だが辰也も限界は近い。一撃を放たれる度に傷が増えていく。

 それでも、大庭までの距離は詰まっている。

 辰也は飛び込んだ。ハナで横に薙ぐ。斬馬刀をまるで盾の様にして受け止められた。

 しかし、今初めて懐にいる。ここで奥義桜吹雪を繰り出せば確実に屠れるだろうが、今の辰也にはそこまでの力は残されていない。かと言ってこの機を逃す気もない。

 力を振り絞りハナを振るう。けれど大庭は巨大な斬馬刀を器用に動かして、辰也の連撃を防いでいく。そればかりか、間隙を縫って反撃すらあった。

 さすが、と避けながら辰也は舌を巻く。大庭は力だけで振るっているわけではない。確かな技量がそこにある。

 だが先ほどまで違うのは、この距離は辰也の距離でもあることだ。刀を振るい、届く距離なのだ。対して大庭からすれば、巨大な斬馬刀では近すぎる。高い技量で攻撃できても十分な威力に達していない。

 あまりに激しい剣戟の音が鳴り響く。辰也が振るい、大庭が振るった。避け、あるいは防がれ、一進一退の攻防が続く。


 いつの間にか、野盗たちは固唾を飲んでその光景に見入っている。あの負け知らずのお頭とこうも互角に打ち合える者がいようとは思ってもみなかった。

「お、おい、あれを見ろよ」

 やがて一人が呟く。

「お頭、何て楽しそうなんだ」

 大庭は笑いながら斬馬刀を振るっているのである。その笑顔は、野盗たちがこれまで一度も見たことのない表情だった。

 しかし戦況は彼らが見ても大庭の不利へと傾いている。

「……どうする?」

 誰かが不安じみた声で呟く。それをきっかけにしたのか、不安は瞬く間に広がった。

 お頭を置いて逃げるか。手出し無用の禁を犯し、不意打ちで相手を斬るか。お頭の勝利を信じるか。あるいはお頭が倒された瞬間に全員で襲いかかるべきか。

 だが黒蛇ジャジャの元、彼らの仲間意識は希薄。大庭の強さの下にいれば甘い汁を吸えると集った者たちだ。

 野盗たちの腹はすぐに決した。


 一方、田吾作たち三人は、遠回りに村へ向かっている。

 目を凝らして見れば、野盗たちが集まっているのが見えた。

「こ、これは一体……」

 ふさ江は震える声で呟いた。

「野盗たちだ」と田吾作は答える。「今は剣宮様が抑えていらっしゃる」

「剣宮様が……」

 ふさ江は見るからに怯えている。だがそれは、野盗たちに対してではない。他ならぬ夫である田吾作が恐ろしいのだ。

 人畜無害な男。それが田吾作に対するふさ江の評である。黒蛇ジャジャの影響をあまり受け付けぬ希有な体質らしく、おかげでこの世界において浮いた存在だった。そのかわり、普段の生活において面白みがない上に、勘が鈍く、ふさ江から見れば男としての魅力に欠けていた。

 だがそんな男と婚姻を決めたのは、男遊びを止めたくなかったからだ。

 ふさ江の悪徳は肉欲に向いていたものの、結婚には消極的であった。なぜなら世の男たちは、結婚相手の女性のことを自分の所有物だと見なす傾向が強く、不貞を働けば暴力を振るうのが当たり前だからだ。

 淫乱なふさ江はそうした男の存在は足枷でしかない。だが世間は結婚をしない女に対する風当たりは強く、もはや仕方なく結婚する他になかった。

 そんな折、幾度かのお見合いの末に出会ったのが田吾作であった。

 つまらない男だが、鈍く、馬鹿にしか見えないお人好しで、どういうわけかふさ江のことを大層気に入っていた。対してふさ江からすれば好きでもなんでもない男だ。

 けれどこの男ならば、男遊びを繰り返しても気づかれないだろうし、たとえ気づかれても酷い目には合わないだろうとふさ江は思った。そうして、ふさ江は結婚を決めた。

 とはいえども、さすがに最初の方は男遊びを我慢した。だが田吾作は夜の営みもつまらなかったのである。不満は徐々に溜まっていき、結局夜な夜な違う男たちと遊ぶ様になったのだった。

 肉欲に塗れた日々の中、ある日村は野盗に目を付けられた。そうして、田吾作は剣宮辰也と出会ったのである。

 本当に、本当に田吾作は、ふさ江を守るために剣術を学んだのだろうか。ふさ江は前を歩く田吾作の背中を見つめながら思う。本当は不貞を働いた妻に罰を与えるために剣術を学んだのではないだろうか。

 そうでなければ、他の男と一緒にいるふさ江に何も言わないわけがない。今は油断させ、後々にその血に塗れた刀で恐ろしい罰を下すのではあるまいか。

 ふさ江は立ち止まった。手を引かれた田吾作も遅れて立ち止まり、怪訝そうな顔で背後を振り向く。

 背後からついてきていた男は、きょろきょろと二人の顔を見比べたが、すぐに村へと逃げていく。

 田吾作とふさ江はそのことを気にせず、互いの顔を見つめた。

「どうして」

 ふさ江は言った。

「ん?」

 田吾作は首を傾げる。

「どうして何も言わないのですか?」

 ふさ江の問いに、田吾作は尚も首を傾げている。

「あの男と私が何をしていたのか。鈍いあなたでも分かっているのでしょう? なのにどうして?」


 剣戟は続いている。

 左右に動きながらハナを繰り出す辰也、その場からあまり動かずに斬馬刀を振るう大庭。

 辰也の体力は尽きかけている。今や気力のみで体を動かしている様なものだ。だがここで離れれば、再び大蛇破が襲うであろう。これを防げる自信が今の辰也にはない。ならば今ここで勝負を決する他にない。

 対して大庭もまた、疲労困憊である。それは消耗が激しい大技、大蛇破を連発したからだ。加えてこの至近での戦闘は巨大な斬馬刀の間合いではない。それでも戦えているのは、大庭の力量によるところが大きい。しかし、それでも大庭本来の立ち回りを実現できるわけではなく、どうしても防御中心になってしまっている。

 詰まる所、条件はほぼ五分。いや、疲労の度合いを見れば、むしろ大庭がやや有利といえる。だが野盗たちから見れば、一方的に攻撃されているようにしか見えず、辰也が有利だと思われても致し方ないことだろう。

 一人、二人と、野盗が離れていく。逃げていく。もはやお頭はここまでと、彼らは見切りを付けている。

 辰也も大庭も、刀を打ち付けあう度に野盗がいなくなっていくことに気づいていたが、お互いそのことに言及できる余裕はすでにない。ただ黙って撃ち合うのみ。


 物音が聞こえた。

「隠れて」

 田吾作はふさ江の質問に答えずに、彼女の頭を抑えてしゃがみ込んでひっそりと移動する。ガス灯から離れ、木の側の闇の中で息を潜めた。

 すると数人の野盗らしき影がガス灯に照らされて通り過ぎていった。足取りは早く、まるで何かから逃げている様だ。

 人の気配は消え、少なくとも今は誰も近くを通らないようだった。

「行こう」

 小さく呟いて、足音を立てない様に二人は進む。ふさ江も質問どころではないと分かっているらしく、無言で田吾作の背中を追っていた。

 暗闇の中は殆ど見通しが立たず、遠くに見えるガス灯の灯りだけが道標だ。時折見える野盗たちは、幸いにもガス灯が照らす道を進んでいる。

 ここから先一体どこに行くのか。どうなってしまうのか。言いようのない不安に駆られたふさ江は、田吾作の貧相な背中を見つめながらぶるりと震えた。


 わずかに残された提灯の小さな光が闇を照らす。ほのかに浮かぶは二人の男。桜色に光る斬撃が、幾度も幾度も大庭を襲うが、どれもこれも斬馬刀に受け止められる。

 右に、左に揺さぶりをかけ、あるいは上から、あるいは下からハナを振るう辰也は、さすがに焦りが見えていた。だが攻略の糸口は見つからない。ただ攻めるのみである。疲労の色は先ほどよりも濃く、集中力も切れてきた。

「ちあっ!」

 辰也は左から薙いだ。しかしその攻撃は、あっけなく弾かれた。辰也の体勢が崩れ隙が生まれる。

 大庭はその隙を見逃さない。すかさず半歩踏み込み、力をため込む。

「じやっ!」

 大庭は渾身の力で斬馬刀を振るった。

 避ける暇はない。ハナで受ける。だが耐えきれない。辰也はそのまま後方へ吹き飛ぶ。剣宮流錬気法山桜も、花びらも、些かも使う余裕がなかった。


 その時、助けを呼ぶ少女の声が聞こえた気がして、田吾作は面を上げた。見れば辰也が中空を飛来し、地面に激突した所であった。彼は強く背中を打ち、数度転がってようやく止まった。起き上がることもままならぬ様子だ。

 田吾作は助けに行こうと身を乗り出そうとしたが、服の裾をふさ江が不安そうに掴んだ。

「行かないで……一人にしないで」

 ふさ江はそう懇願した。

 田吾作の視界の端を大庭が横切り辰也に向かう。もはや一刻の猶予もない。田吾作は優しく微笑んで、首を横に振った。

「あ」

 と、ふさ江は呆気に取られた拍子に、田吾作は半ば強引に振り払った。それから辰也の元へと急ぎ走る。


「……きて! 起きて!」

 ハナの声が頭に響き、辰也は覚醒した。大庭の一撃を食らい、彼は気を失っていたのである。

 目覚めた辰也の視界に映ったのは、迫りくる大庭だった。

 しかし全身が酷く痛み、力も思う様に入らない。起き上がろうと足掻くが、到底間に合いそうにない。思わず歯軋りをする辰也。

 大庭が目前に立ち、斬馬刀を黒蛇の空へ向けて振りかぶった。

 万事休す、もはやここまで。そう覚悟を決める。

「俺の、勝ちだ」

 全身から汗を流しながら、大庭は言う。

 そして、次の瞬間。

「たあっ!」

 威勢の良い掛け声が上がった。だが大庭の声ではない。

「……があっ」

 次に上がったのは大庭の呻き声。

 途端、憤怒の形相と化した大庭は、ぐるりと体ごと振り返る。

「貴様っ!」

 大庭が怒りに任せて吠える中、辰也は田吾作が刀を持って対峙しているのが見えた。刃は血に濡れている。

 続いて見えたのは、大庭の背中に刻まれた明らかな刀傷。上から下へ線が走り、そこから赤い血がどくどくと流れている。

 田吾作が斬ったのだ。その見事な傷跡は、辰也が教えた通りに刀を振るったことを物語る。

「邪魔を、するなっ!」

 大庭は標的を田吾作に変えた。振りかぶった斬馬刀で田吾作を斬ろうとしている。

 辰也はふらつきながら立ち上がった。全身が粉々になりそうな激痛が走っているが、気にしていられるわけがない。田吾作が決死の思いで作ったこの好機、決して逃すわけにはいかぬ。

「よく見ておけ、田吾作!」

 再び自分へと注意を向けようと、辰也は吠えた。

「ぬ」

 狙い通り、大庭はこちらを見る。と、ほぼ同時に、辰也は大庭の巨躯を踏み台にして駆け上がった。

「桜花一刀流」

 辰也は飛び上がる。ハナを頭上に掲げた。

「枝垂れ桜」

 重力に従い落ちる。刀を上から下へと振るう。柔らかくも鋭い桜色の剣筋は、まるで垂れた枝に色付く桜。

 大庭は目を白黒させて防ごうとするが、ハナを捉えることはできない。

 そのまま刃は大庭の頭部を割った。

 赤々とした血が吹き上がり、大庭は立ったまま動かず。

 田吾作は心底安堵した様子で辰也を見るも、彼の視線は厳しく大庭から外さない。

「残心。倒したと思うても、相手から意識を逸らすな」

 諭す様に言った刹那、大きな黒蛇が大庭の二つに割れた頭から勢いよく飛び出た。血に塗れ、牙を向け、辰也を一飲みにせんと襲いかかる。

 驚きの声が田吾作から上がるも、辰也は至極冷静。

 横に一閃すると、黒蛇の頭が飛んだ。そうしてそのまま、大庭の巨躯ごと、どうと倒れたのである。黒蛇はしばし痙攣していたが、やがて一切が動かなくなった。

 驚愕のあまり、田吾作は一歩、二歩と下がった。

 目線を地に落ちた黒蛇と、辰也とで往復させる。

 田吾作の顔面から血の気が失せていた。辰也に向けている表情は、畏怖であった。

「く、黒蛇様……を、き、斬った……」

 辰也は刃についた血を振って飛ばした。

 そうして辰也は、田吾作に向かって歩き出した。田吾作はぷるぷると震えている。

 辰也から殺気が放たれていた。

「ひっ」

 悲鳴を上げて目をつぶる田吾作。斬撃を放つ辰也。

「ぎゃあっ」

 あるはずの痛みがない。田吾作は恐る恐る目を開けると、辰也は自分のすぐ横にいる。振り返ってみると、野盗が地に伏せていた。

 続いて辰也は、刃を返して隣にいた野盗を斬り上げる。

「うわああああ」

 他にも数人の野盗たちが残っていたが、彼らはみな、悲鳴を上げて逃げ出した。

 辰也は安堵の吐息を吐いて、刃に付着している血を再び振り飛ばしてから納刀する。

「……剣宮様」

 と、田吾作は震える声を掛けた。

 辰也は怪訝そうに田吾作を見返す。

「……一晩ほど、おらの家にお泊まりになってくだせえ。簡単な治療と、お食事をお出しします」

「……良いのか?」

「はい。……剣宮様が恩人であることには変わりありませんから。もちろん、誰にもこのことは言いません。しかし……」

「分かっている。朝になれば、村を出よう」




 その晩、食事を終えた辰也は、用意された布団に入るとすぐに泥の様に眠った。

 一方隣の田吾作夫妻の部屋からは、何やら深刻に話し合う声が聞こえてきた。だがそれも一刻も満たぬ時のこと。その後は女の嬌声が一晩中聞こえてきたのである、幸いにも辰也の眠りを妨げることはなかったが。

 もっとも、刀であるハナにとっては嫌がらせ以外の何物でもなかった。




 暗い朝を迎え、不機嫌そうなハナの声に辰也は起こされた。

「どうした?」

 身支度を整えながら尋ねると、ハナは素っ気なく「別に」と答える。

 三人で朝食を食べている間中、どうにもいつにも増して、ふさ江は田吾作にべったりだ。

 何かが起きたのだろう、と辰也も感じるものがあったが、ますます不機嫌そうなハナの気配を感じ取って、特に会話をすることもなかった。

 それから約束通り家から出ると、村人たちが見送るために集っていた。

 彼らからは惜しむ声が上がった。また野盗たちが来るかもしれない。このまま村にいてもらおう。しかし辰也がそれを否定した。行く所があるのだと。

 その最中である。

 黒蛇が群れる空の中から、一匹の巨体な黒蛇が降りてきた。螺旋を描く様にゆるりと降りてくる黒蛇の頭には、一人の少女が乗っている。

 下降してきた黒蛇は、村の上空をぐるりと回った。

「へ、蛇巫女様だ!」

 背に乗っている少女の姿を見た誰かが声を上げた。

「蛇巫女様!」

「蛇巫女様!」

「蛇巫女様!」

 村中の人間が平伏し、口々に称賛する。

 そうした中、意味がわからず立ったままなのは辰也ただ一人のみ。

 しかし黒蛇は、その辰也の上で止まり、再び螺旋を描いて降りてくる。

 やがて停止したのは、辰也の目前であった。

 真白い巫女装束を着た一人の少女が辰也を見返す。

 彼女は、白かった。

 足のくるぶしに届きそうなほどの長髪も、肌も、大きな瞳すらも。あらゆる色彩が漂白したみたいに純白だった。

 村人が言うには、黒蛇の巫女なのだろう。なのに彼女は、不釣り合いなほど白く美しい。

 蛇巫女は、蛇の頭から地面へと降り立ち、辰也に近寄る。

 村人たちはみな押し黙り、息を飲んだ。

 辰也の頭二つ分は小さい蛇巫女は、厳かに右手を上げて、彼の頰に触れた。ぞっとするほど冷たい手である。

 そうして蛇巫女は、そっと手を離すと、空へ浮き上がるかの様にふわりと飛び上がって、黒蛇の背に乗った。

 これで用は済んだとばかりに、黒蛇は上空へと戻っていく。

 村人たちが、再び蛇巫女様と声を張り上げる中、刀の少女の声が辰也の耳に届いた。

「……おかしい。あの子、刀になる前の私と同じぐらい神気が強い……」

 辰也は眉一つ動かさずに、空へと登る少女の姿を目で追い続けたのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る