第3話
数日後、A子は浮気相手のTwitterアカウントを見つけたと言って来た。
「ほら、この子よ。この前のO君の出張、広島だったわよね。あの時、この子も広島旅行中って呟いてるの。彼氏と一緒って呟いてるのに、その人の写真はない」
幼さが残る少女の様な自撮りがアイコンになっているそのアカウントのプロフィールには、漫画家志望と書かれていた。
なんでもない日常や、好きな物の話、愚痴、彼氏自慢のような話が並び、上がっている写真は自撮りや制作途中の原稿の画像、それに買った服や食べ物といったありふれた普通のアカウントだ。
「あら? ねえ、この子の名前、Y美よ?」
A子は少し前の呟きを画面に表示させて私に見せた。
「ここ見て。漫画を投稿する時のペンネームはM美」
「あっ! 本当だわ!」
「浮気相手の名前は本名で登録しないでしょうし、担当している作家ならペンネームの方を登録していてもおかしくないわよ」
「じゃあ……この子が……って、え? まって、この子、専門学校生って。嘘! やだ、19歳!? Oったら未成年に手を出したって事!?」
よりによって、浮気相手が未成年だなんて。
それに私と夫が旅行に行ったのなんて、数える程だ。夫が就職してからは一度も行けていない。仕事で疲れている夫に、わざわざ休日に遠出させるなんてと我慢していたというのに。それなのに、夫は浮気相手とは泊まりで旅行に行っている。
何もかもが許せない。
貧血を起こした様に周囲がぐらぐらと揺れている気がする。
「ほ、本当にこの子なの? Oがまさか未成年とだなんて……。第一、Oはもう29よ。19歳からしたらおじさんでしょ……そんな相手とこんな女の子が不倫なんて……」
「あら、O君は漫画の編集者なんだし。プロデビューを餌に声を掛けたなら……」
突然、夫がおぞましい生き物の様に思えてゾッとした。
「アタシ、この子に近づいてみるわ」
「どうやって?」
「漫画家なんて夢見る子どもを騙すのなんて、簡単よ」
◆
そう言ったA子は一ヶ月もせずに、Y美と会う約束を取り付けていた。
Twitterで繋がった後、Y美の絵が素敵だと褒めちぎり、直接会ってもっとイラストの話がしたいと持ち掛けたらしい。A子がすでにプロデビューしている絵本作家だと知ったY美は、即座にオッケーの返事を返して来たという。
A子は何度かY美と2人で会い、A子の自宅にまで招き入れて画材の話などで盛り上がっているらしい。
私達の目的など知らないY美はA子に対して何の警戒心も抱いていなかった。
「友人の夫が漫画編集者だって言ったら会いたがってたわよ」
「ええっ! Oの妻だってバレないかしら……」
「O君がわざわざ妻の顔写真だよって見せてたらバレるでしょうけど、浮気相手にそんな事しないでしょ」
私はA子の家でY美と対面した。
「担当さんはついてくれてるんですけど、ボツばかりで……」
「そうなの。夫が漫画編集者ってだけで、私には漫画の事はよく分からなくて。ごめんなさいね、役に立てなくて」
Y美は私がOの妻だと気付く様子は微塵も感じられない。
私の前で年上の彼の惚気話や、悩みを平気で繰り広げた。
Y美の彼氏の名は『Oくん』というらしい。
手土産に持ち込んだケーキをその顔面に叩きつけてやろうかと思った。
◆
私達は3人で会う様になり、お互いがそれぞれの家を行き来するほどに親しくなっていった。
その日も、私の家でゆったりとしたお茶会を楽しんでいた。
「ねえ、もしかしてY美って今の彼氏としか付き合った事がないんじゃない?」
「え?」
Y美の描いた少女漫画の原稿を眺めていたA子が、ぽつりと呟いた。
「あなたの中の男性のイメージが、多分世間のニーズに合っていないのかも。あなたにとってはカッコイイ男の子だって思ってる言動が、他の女性からしたらムカつく男って捉えられてしまうと、話が成り立たなくなるんじゃないかしら」
Y美の漫画に関する悩みは主にA子が聞いている。
A子はY美の相談を真摯に聞いてきた。そんなA子の言葉はY美にとって、納得出来るものだったのだろう。
頷いたY美の耳元で、A子はそっと囁いた。
「どんな漫画を描くのにだって、沢山の経験が必要よ」
A子はY美に見せつける様に下着姿になる。
驚くY美を、私は背後からそっと支える様に押さえつけた。
「女同士なんだから、恥ずかしがる事なんて無いわよ」
「Y美、あなたの知らない事を私達が沢山教えてあげるわ」
さっきからY美が何度もおかわりをして飲んでいる紅茶には、ほんの少しのアルコールと、A子の用意した薬が入っていた。
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