第60話 失敗作ではない方

 何かを俺に言おうとしているのは理解できるのだが、おそらくここでその事を少しでも指摘しようものならば天邪鬼が発動して言わなくなるのが容易に想像できてしまうので、ここはあえて見守る事にするのだが、未だに口をぱくぱくしている姿を見るともどかしくなって来る。


 そんなもどかしさに耐えつつ気づいていないフリをしているとようやっと彩音が言葉を喋る。


「あ、ありがとう……そして、今までごめんなさい」

「…………すまねぇ。 せっかく言ってくれたのは嬉しいのだが、一体全体何の事なのかまったく検討もつかないんだが……」


 そして彩音から発せられた言葉は感謝と謝罪の言葉であったのだが、彩音から感謝されるような事も謝罪をされるような事もした覚えがないので、ここは素直にその事を謝罪する。


 むしろ俺が彩音と無理矢理婚約させてしまった事を謝るべきだろう。


「っ、わ、分からないなら別にいいわよ……。 それでもどうしても言わないと気持ちの整理が出来ずにずっとモヤモヤして悩みそうだったから……それだけです。 そ、それじゃぁ、食べましょうか」


 そして彩音は少しだけ不服そう言った後、この話は終わりだと言わんばかりに半ば強引に話題を終わらす。


「まぁ、お前がそれで良いのならば俺は何も言わないがっと……これ、お前が作ったのか?」

「そうよ。 御免なさいね。 あまり料理しないから不恰好で……嫌なら別に食べなくても──」

「いや、せっかく作ってもらったのに食べないとか作ってくれた人に流石に失礼すぎるだろうが。 それに、初めてにしては上出来だろ。 食えれば良いんだよ、こんな物は」


 弁当の中身はスクランブルエッグにケチャップで炒めたソーセージ、茹でたブロッコリーとボロボロになった何かの魚(食べてみた感じだとおそらくサバであると思われる)である。


 確かに見栄えは悪いがブロッコリー以外は見栄えはどうあれ白ごはんが進むおかずである事は間違いない為そのまま食べ進める。


 強いて言えば崩れた焼き魚はご飯に混ぜれば誤魔化せたのでは? と思ったのだが、そうなるともう一品作る羽目になるのかと、ある意味崩れたまま入れたのを納得してしまう。


「何ですか? この卵焼きになりかけた何かは?」

「美咲さんには失敗作ですから」

「喧嘩を売っているのでしたら買いますよ? いくらですか?」

「何を言っているんですか。 婚約者に失敗作を渡す方が頭どうかしているわよね?」

「それは……まぁ確かにそうですけど」


 なるほど……これが彩音にとって失敗作ではない方なのか……。

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