第16話 辺境伯の家族
「父上!なぜあのような愚かな者にアイリーンを嫁がせるのですか!」
アイリーンの父であり、現当主であるガスタル辺境伯の息子エリックは憤っていた。
事もあろうか、お茶会で気絶する失態を犯した王子に対して容姿だけでなくその凡庸さと頼りなさにやはり王族ではないのではと囁く者もいたのである。挨拶しても碌に返事もしないと機嫌を悪くした貴族も多かった。
ただえさえ王族とは思えない程に平凡な容姿を持つ王子に嫁ぐ事に反対していたエリックはやはりこの縁談は間違っていたのだと憤慨してガスタル辺境伯に直談判していたのである。
「まあ、エリックよ、そう怒るな。陛下はもうアレクを王太子にすると決めておられるのだ。今更破棄などあり得んよ」
もう賽は投げられた。
引き返すことはしない。
そうはっきりと辺境伯は答えた。
それを聞いたエリックは父の意思を変えることは無理だと諦めたようで深く溜息をついてその場を退いた。
ガスタル辺境伯は強かである。
普段なら辺境伯が王族との婚姻の機会などなかなかありえない。それは他の上位貴族がこぞって王家に縁談を持ち込むからだ。
ただえさえ不利な立場にいるのが、たまたま第一王子が凡庸な容姿なだけで、他の貴族たちはアレクを見捨てて第二王子との婚約に精を出している。
こちらもそのままであれば傍観するだけだったのだが、たまたまではあるが、王都に訪れた際、信頼ある宮廷魔法師のガルシアと騎士団のボルトと再会した時のこと。あの厳しい二人がアレクを褒めていたのだ。あまりに珍しいことなのでガスタルも驚いた。
そして状況を正しく理解したのだ。
外面なんぞいくら良くても能力がなければ国は治められない。そしてこの婚姻はチャンスなのだと辺境伯は判断し、エリックにもそのように答えたのだ。
当然だが、エリックは納得していない。
納得はしていないが、父に逆らうこともできない。しかもアイリーンもアレクとの婚姻を望んでいるのだ。
「なぜあのような凡庸な者と」
エリックは理解できなかった。
美しく育ったアイリーンをエリックは殊の外可愛がった。子どもは2人、上に兄がおり、そちらは学園に通っている。
アイリーンは妹だ。イスタルが同い年であればそちらに嫁がせたかったのだが、アレと同じだったのが災い、無念にも可愛い可愛い娘をあのような凡愚に嫁がせることになってしまったのだ。
エリックが自室に戻ると今度はアイリーンの兄であるアランがやって来た。
「父上!なぜあのような愚かな者にアイリーンを嫁がせるのですか!」
先程、父に対し自分が言ったことと全く同じ事を言ってきた息子に対してやはり親子だなと感じたのは仕方ないこと。
可笑しな話だ。
エリックはフッと笑いながらアランを宥めた。
「アラン、当主の意向だ。諦めろ」
エリックとて納得できていない。説得する気もないので、当主の責任にするしかない。アランもそんなエリックの様子を見て理解したのか少し大人しくなった。
「しかし、このままあの愚か者にアイリーン嫁がせるのはどうなのでしょうか、いくらアイリーンが同意しているとはいえ、このままではあの娘が可哀想です」
「わかっておる、私も当主に直訴したが一切聞いてはもらえなかった。王はあの凡愚を王太子にするのだそうだ!しかも当主はあの凡愚と娘との婚姻が我が一族にとって好機なのだと仰られたのだ!」
悔しそうに拳を握りしめて机を叩くエリック。やはり彼もすぐには納得出来なさそうだ。アランもエリックの本心を知り、状況を正しく理解した。
「わかりました、当主様の意向ということでしたら仕方ありません」
父が怒り出したので逆にアランが冷静になったのはかえって良かったのかもしれない。
しかし、この親子は諦めてはいなかった。
後々、第二王子派と組んでアレクを引き摺り下ろすことを企てるのだった。
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎
アイリーンは自室にて幸せそうに窓の星空を見ている。
「アレク様にやっとお会いできました」
ただその後急に倒れたときは驚きましたが……と呟きながら、
今頃アレク様は無事意識が戻られたのでしょうかとアイリーンは心配そうに外の景色を眺めていた。
「次はいつお会いできるでしょう」
「今度はちゃんとお話しがしたいわ」
アイリーンは嬉しそうにひとり呟いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます