君が目覚めるまでは
ながるさんには「いっそ消えてしまえばよかった」で始まり、「君が目覚めるまでは」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば8ツイート(1120字程度)でお願いします。
https://shindanmaker.com/801664
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いっそ消えてしまえばよかった。
思い出も、写真も、思いを綴った日記も――
目が覚めて、不安気な君の顔が見えたとき、大丈夫だよって自然に笑えた。手を伸ばせば君は僕の胸に飛び込んで、彼の名前を呼んだんだ。僕にもつけられた、彼の名前。
僕は君を抱きしめて、大丈夫と繰り返し言い聞かせた。
毎日を過ごしていくうちに、もちろん違和感や不足が見えてくる。彼が出来て僕に出来ないことも、僕が出来て彼に出来ないことも。それらをすり合わせて、出来るだけ彼に近付いていく。
大丈夫。誕生日も記念日も、もう忘れないから。君の好みが変わっても、ちゃんと憶えているから。ねぇ、もっと教えて。
随分僕は彼らしくなった。なったと思う。なのに時々、君は寂しそうな顔をする。何が悪いんだろう? どこが足りない? 検索する。シミュレートする。問題無い。教えられたとおり。まだ何か足りないんだろうか。
彼の友達にも相談してみたけど、癖まで完璧! と肩を叩かれた。では、君の顔を曇らせるのは……
あるメンテナンスの日。いつもと違う人が迎えに来て、いつもと違う施設に連れて行かれた。白衣に眼鏡の若い技師は、楽しそうに僕を眺め回してから眠らせた。
目が覚める。時間経過を確認して少し驚く。7日という時間は今までない長さだった。いくつかの部品交換以外、記録上も特に変わりない。
うちに帰る途中、空がオレンジに染まっていた。いつもより鮮やかに見えて、目が離せない。僕の目が変わったんだろうか。
「壊れてない機器は変えてないよ。バグを放り込んだだけさ」
白衣で眼鏡の技師は見透かしたように言った。
バグ? どうして、わざわざ。
「頼まれたから入れたんだ。問題無い」
にやにやと自分も夕焼けに視線を移して、彼は続ける。
「たいしたものじゃない」
家につくと、彼は車から下りもせずに彼女に鷹揚に手を上げるだけだった。彼女は深々と礼をする。
「……何を、頼んだの?」
体の中で小さな虫がさわさわと動き回るような気がしていた。彼女は小さく微笑んで僕の手を引く。
「あなたが彼でなくてもいいように」
どういう意味だろう。僕は彼なのに。彼をなぞり、彼の振る舞いを、想いを残して積み上げなきゃいけないのに。
彼女はその日から僕を別の名で呼び始めた。彼の名に似た、別の名前。僕は混乱する。僕は彼だ。別のものにはなれない。なれないはずなのに。
バグは僕を蝕んでいく。
君は変わらず愛しい。彼の情報が少しずつ上書きされる。微妙に彼と違うものになっていく自分が怖い。怖いのに、止められない。これ以上彼とかけ離れる前に、自ら停止するべきだと解っているのに。隣で眠る君を見るたび、僕の中の虫が騒ぎだす。
せめて、君が目覚めるまでは。
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