第21話 日歴122年 社交界 下

「リズ様って地獄耳なのか」

「はあ?」

 帰りの馬車の中で、ツァイリーがふと尋ねた。この前、サンシャの屋敷に行った時はお忍びだったため4人用くらいのやや手狭な馬車に2人で乗っていたが、今日は外観も内装も王族が乗るのにふさわしい立派な馬車に、2人で悠々と乗っていた。


 馬車を別にしないのは、ツァイリーとリズガードの親交をアピールし、ツァイリーがぽっと出のよそ者であると認識させないためらしい。


「藪から棒になに?」

「俺たちの席、結構離れてただろ」

 ツァイリーはヤオトメ家の時のことを思い出していた。

 ツァイリーとリズガードの席は会場の右と左に分かれていたし、会場内はざわついていた。実際ツァイリーはリズガードの席での会話は全く聞こえなかった。

 しかし、リズガードがツァイリーの席にあらわれたタイミングは完璧で、こちらの声が聞こえていたとしか思えない。


神力シエロよ」

 リズガードのその簡潔な返答に、ツァイリーは疑問が湧くばかりである。シエロを使えば耳が良くなるなど初めて聞いた。


「何その顔。あんたも黒持ちだって聞いてるけど」

 その言葉にツァイリーは多少なりとも驚いた。自分が神力シエロを使えることは、ギオザ以外に言っていない。そのギオザが自分に神力シエロを封じる首輪をつけているので、神力シエロ持ちであることは口外してはいけないのだと勝手に思っていたのだ。


「俺、神力シエロについて詳しくないんだ」

 セゾンの園には、神話の本はあったが、それ以外に神力シエロに関わる書物はなかった。

 ツァイリーができることといったら、手を触れずにものを動かすことと、風を生むこと、黒い炎を出すことくらいである。

 それも、生活の中で「できたら便利だなあ」と思っていたことが、実現できてしまっただけで、積極的に神力シエロを使おうとしていたわけではないし、気味悪がられるのが嫌で他の人がいるところでは使わないようにしていた。


「前々から思ってたけど、あんたってほんと世間知らずよね」

 はあっとため息をついたリズガードは、何も知らなそうなツァイリーに説明してあげるために口を開いた。


神力シエロに色があるのは知ってる?」

「えっと、白、黒、赤、青、緑だっけ?」

「まあだいたいそう。神話には虹彩っていうのもあるけど、現実には存在しないっていわれてるわ。それで、このアサム王国は黒の国」

「他の色も対応する国があるんだよな」

「ええ、この国から1番近いのでいったら、赤の国、ルーフベルト。次が白の国、エルザイアン。さらに北に行くと、緑の国、モーシュア。青の国、ラピスがあるわ。この国々は、大昔にこの大陸に降り立ったとされる神子シエルの子孫が建国したとされているの」

「たしかシエルの子は7人だよな。7人なのに、国は5つなのか」

「7人の子のうち、1人は虹彩の神力の持ち主で行方はわからない。それから、白の神力を受け継いだ子は双子だったの。知ってると思うけど、シエルの7人の子はそれぞれ神力を受け継いだ。けど、それはシエルが持つ神力のたった一部分、不完全なシエロ。みんな性質が違っていて、その中でも黒は、空間を司る力」

「空間……」

「さっきあたしは、あんたの席とあたしの耳の近くの空間を一部分だけ繋いでたわけ。だから会話が聞こえたの」

「すげー……」


 ツァイリーはただただ感嘆した。黒の神力シエロが空間を司ることも初めて知ったし、誰にも気づかれずに自分の席の会話を盗み聞いていたリズガードの手腕もすごいと思った。


「ちなみに、白は精神、赤は熱、青は液体、緑は自然を司ると言われてるわ。まあ、神力シエロ持ちはごく少数だし、うちは他所と関わらないから他の神力シエロのことはよくわからないんだけど」


 イズミが、リズガードは強力な黒の神力シエロ持ちと言っていたことを、ツァイリーは思い出した。空間を繋げられるというのは、リズガードだからできることなのだろうか。


「その耳のやつ、俺にもできるのか」

 リズガードはツァイリーをじっくりたっぷりと検分し、自信満々に言い放った。


「そんなのわかるわけないでしょ」

「今の何の時間だよ!」

 ツァイリーは思わずツッコんだ。

「あんたがどの程度の力を持ってるかなんて知らないし。まあ、あのくらいの距離だったらできるんじゃないの?」

「……距離が長いとだめなのか?」

「問題は距離と空間の大きさね。距離が遠のくほど、つなげられる空間は小さくなるし、その逆も然り」

「……なるほど」


 ツァイリーは自然と神力シエロを使って物を動かしていたが、あれはリズガード言う【空間をつなげる】とはまた違うような気がした。

 リズガードの説明では、ツァイリーの近くの空間とリズガードの耳付近の空間をわずかにつなげたことで、副次的に音がリズガードの耳へ流れてきたという仕組みである。仮に同様に物を動かそうとするのなら、その物の底面の空間と、移したい場所の空間をつなげることになる。


 その場合、物が瞬間移動したように見えるはずだ。しかし、ツァイリーがシエロで物を動かす時、その物はずっと視界の中にあり、消える瞬間はない。

 ツァイリーのシエロの使い方は【空間をつなげる】よりも【空間を動かす】に近い。

 ツァイリーはなんとなくそこまで考えて、自分の推測が正しいのか試してみたいと思った。

 しかし、首輪のせいでそれも叶わない。


 ツァイリーはふと、この首輪が外れる瞬間などあるのだろうかと考えた。もしかしたら、死ぬまでこのままかもしれない。

 そう思うと、これまでの人生であまり神力シエロを使ってこなかったことに後悔の念が湧いた。


「ギオザに止められてるんでしょ」

 黙って考え込んでいるツァイリーに、リズガードが声をかけた。ツァイリーはヒヤリとした。当たらずとも遠からず、である。ツァイリーはそういうことになってるのか、リズガードの単なる推測なのかわからず、曖昧に返事をした。

「うん……」

神力シエロに関してはいろいろ問題があるの。あんた自身のためにも、使わない方がいいわ」

 リズガードはそれだけ言って口を閉ざした。これ以上説明する気はないらしい。


 ツァイリーは首輪が外れ、神力シエロが自由に使える未来が想像できず、そのリズガードの言葉を深く考えることはしなかった。


 ただ神力シエロに対する関心は高まるばかりで、その後の時間は、空間を操る力で他にどんなことができるのだろうか、とあれこれ考えることで暇を潰したのだった。

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