第4話 日歴120年 死の真実 上
「んっ……」
ツァイリーは頭痛で目を覚ました。
馬車で休憩中に眠くなったことは覚えているが、少し寝過ぎてしまったのかもしれないと身体を起こす。
ツァイリーはそこでやっと、自分が今の今まで寝ていたのが馬車の中ではなく、知らない場所のベッドの上であることに気がついた。
さらに、なぜか首が異様に重たい。触れてみると、金属製の首輪がはめられている。
ツァイリーはしまったと思った。
もっとすべてを警戒すべきだったのだ。
自分が何のためにここに寝かされていたのかはわからないが、とりあえず脱出すべきなのは間違いない。
そう確信し、ツァイリーはベッドから降りると部屋の扉に近づいた。
扉に耳をつけて音を確認するが、まったくなにも聞こえない。ツァイリーをここに運んだ本人、おそらくはあの御者は、今はここにはいないのかもしれない。
ツァイリーは次に、部屋の中の唯一の窓に近づいた。窓には外から木の板が打ち付けられているようだ。窓は外側に向かって押し開く仕組みらしく、開けることは叶わなかった。
窓は諦めて、部屋の中を見渡す。あるものはベッドと机だけ。窓と木の板を割ることは難しそうだ。
ツァイリーは再度扉に近づいた。この建物の中に人がいる可能性は捨てきれないが、他にやれることもない。思い切ってドアノブをひねる。
すると意外にも扉は軽々と開いた。
扉を開けた瞬間、光が差し込み、暗い部屋にずっといたツァイリーは思わず目を眇めた。
どうやら、この先は廊下になっているらしい。人の気配はない。
それに気がつくと、ツァイリーは落ち着いた気持ちで明るさの原因を探し、小窓を見つけた。
小窓は2つあったが、どちらもツァイリーの身体を通せるほど大きくなく、さらに天井の高い位置にあったので、そこからの脱出は不可能に思えた。
部屋から出ると、廊下を進む。ツァイリーの寝かせられていた部屋は最も奥の部屋だったようで、廊下の突き当たりには磨りガラスがはめられた扉があった。廊下には他にも別の扉が2つ並んでいた。
ツァイリーは出口に続いていそうな磨りガラスの扉へ迷いなく歩みを進めた。人の影などは見えない。
扉をあけると、やはりそこには誰もいなかった。どうやらこの部屋はリビングらしい。廊下と同様に、天井に設置された小窓から光が差し込み、見通しが良い。しかし、手の届く位置にある窓はすべて外から塞がれていた。
部屋の中には机、椅子、台所、暖炉等があった。まさしく山小屋のような内装だ。ここが山ならば大声で助けを呼んだところで誰も気がつかないかもしれない、とツァイリーは思った。
とりあえず、外に繋がる道はないかと暖炉の下に潜り込んでみたが、やはり上の排気口は塞がれていた。暖炉と言っても燃えかすひとつなく、服もたいして汚れなかったので、普段使われていない場所なのかもしれない。
ツァイリーはますます助けを呼ぶのは絶望的に感じた。
もう一度部屋を見渡すと、机の上に何かが山積みにされていることに気づく。どうやら食料のようだ。台所に置かれている瓶には綺麗な水がたっぷりと入っている。
「随分好待遇だな……」
閉じ込めた人物の狙いが少しずつわかってきたツァイリーはそう呟いた。
今この建物内に自分以外の人間がいないことは間違いない。ツァイリーは、自分をここに運んだ人物は、自分を害することを目的にしているわけではないのだろうと思った。
もし殺すことが目的ならば、とっくのとうに死んでいるはずである。
きっとどうしてもツァイリーを置いてこの場を離れなければならず、逃亡防止のため外へ続くものを全て封じ、生存に必要な食糧などを用意した上で去ったのだ。
この食料の量から判断すると、少なくとも数日は留守にするつもりだろう。ツァイリーはそう推測すると、ゆっくりと脱出方法を考えることにした。
自分がここに連れ去られるまでの流れを考えるため、眠りに落ちる前の出来事を思い出していたツァイリーは、御者に出された果実汁の中に何か眠らせる薬が混ざっていたのではないかと思い至った。
そうなると、あの馬車は最初から自分を誘拐するためのものだったということになる。
やはり、ここへ運んだのはあの青髪の青年だろうか。
自分より頭ひとつ分は小さかった青年がひとりで行ったとは考えにくいので、仲間がいる可能性が高いだろう。しかし、仲間がたくさんいるのであれば、捕らえた相手をひとりでこの建物に残すことにはならないはずだ。つまり、仲間がいたとしてもおそらく少数。
それならば、自分にも勝機があるかもしれないとツァイリーは思った。
考えてみれば、馬車の案内は最初の手紙の翌日に届いたもので、国の封蝋は押されていなかった。タイミング的にも『この馬車を使って王都まで来るように』という意味だと信じて疑わなかったが、そうではなく、
そうなると、ツァイリーは黙ってこのまま連れて行かれるわけにはいかなかった。
セゾンの園の資金援助を行っている
しかし、この誘拐にエルサイアンが噛んでいないならば、突然消えたツァイリーは『国の召集の応じなかった』ということになってしまう。
そうなれば、むしろセゾンの園に迷惑をかける可能性すらある。
なんとしてでも、一度ここから脱出しないと。
真剣に考え込んでいたツァイリーは、自分の腹の音で空腹に気がついた。
机の上には果実、パン、燻製などが多様に並んでいる。ツァイリーは果物をひとつ手に取った。何か薬が盛られているかもしれないと念入りに確認するが、そんな形跡はなさそうだった。
ツァイリーは果実をかじりながら、部屋を見渡した。この部屋には2つの扉があり、磨りガラスの扉とは別のもう一つは、おそらく玄関に続くものと思われるが、鍵がかかっていて開かなかった。しかも、その扉はかなり重厚な作りで、蹴破ることもできそうにない。
廊下に並んでいた2つの扉のうち、ひとつは風呂と手洗、もうひとつは空っぽの部屋だった。当然、脱出できるような場所はなかったし、使えそうな道具もなかった。
ツァイリーは燻製をかじりながら計画を練る。
とりあえず、体力を温存し、外から扉が開くのを待つ。もちろん開けるのはツァイリーを誘拐した張本人ということになるが、ツァイリーは警護の依頼を請け負っていたというだけあって、対人戦には自信があった。油断は禁物だが、おそらく相手は少数なので、勝機はあると考える。
勝てなかったとしても、隙を見て逃げられればいい。
ここが森の中だとしたら最悪、森の中を彷徨うことになってしまう。ツァイリーはベッドからシーツを引っ張り出してきて、それに食べ物を包み始めた。森の中で逃げ続けても、十分な食事が取れなければ、いずれ疲れ切ったところを捕まえられる。相手を倒せれば最高だが、無理そうな場合はこの包みを持って逃げよう、と決意を固めた。
ツァイリーはいつ誘拐犯が帰ってきても大丈夫なように、眠るときは玄関に続くドアに背を預けた。
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