第9話 新たなる厄介事



 どれぐらいの時間がたったのだろうか、いつもの情景が現れる。

 そう、あの不可思議な短剣が手に現れるようになって少ししてから頻繁に見るようになった夢。


「よーし、今日こそはとっ捕まえてやる!」


 握りこぶしを作り辺りを確認する。

 いつものごとく、立っているのは真っ白な霧の中。

 数歩先さえも見えない状態。

 歩くことはできるので、手探りで進んでいると決まって変な奴が現れる。

 この霧のような髪の色で体格からすると男だろう。きれいな顔立ちをしている。

 淡い水色の瞳を向け、無表情でただ見つめている。


「何の用?」


 つっけんどんに訊き、ずかずかと近付くが一向に距離は縮まらない。

 一定距離以上は近付くなというばかりに。


「もうオレたち寝不足なんだからな」


 ハスラムと旅を始めてからもずっと見ていた。

 だからハスラムも同じ状態なはず。

 今朝も嫌味をいわれた。

 怒ってはいないだろうが、毎回夜中に大声を上げているのだから、そろそろ反撃をされそうだった。

 

 夢のせいなのに。

 もし立場が反対だったら怒りはしないが、我慢の限界が近いだろう。

 二人の安眠のためにも今日で片をつけたい。


「待ってよ!」


 迷惑男に思いっきり手を伸ばせば掴める距離まで近付けた。


「え!」


 一瞬調子が狂う。が、ひるんではいられない。


「オレに何の用?」


「頼みがある」


 低い声だが、どこか暖かみのあるものが返ってきた。


「へっ、あんた喋れるんだ」


 いつもじっと見ているだけだったのに。

 思わぬ反応に間抜けなことをいってしまった。


「わたしの願いをきいてくれれば、あるものを渡そう」


「はぁ? 仕事の依頼ってことか。じゃあ悪いけどオレはギルドに所属しているんだ。だから、ギルドを通してもらわないと」


 ぶるんぶるんと大きく首を振る。

 夢の中だというのに律儀に断る。


「勝手なことできないんだ。本当にごめん」


 またいつもの何かをいいたげな視線になっていた。このパターンだと逃げられる。

 安眠のためにもせっかく話ができた今を大切にしたい。

 オリビエとしては、誠意をもって応じていたが、別の理由もあった。


 オリビエが所属するギルド、ナナエは、ギルドを通さずに仕事をする場合は、色々とややこしい制約があった。

 制約といっても正当性があり、突発的な依頼の依頼主が後から責任を持ってギルドに連絡すればいいだけなのだが。

 これができずに騙されるパターンになることが多い。


 関わっただけで罪になる依頼だったり、二つの仕事を掛け持ちしてどちらもおろそかになったりと。

 ギルドを通すということで騙されることだけは回避できる。

 それでもどんなに注意をしても巻き込まれるという形で仕事を受けざる得ない状況になることも多々あった。


 そうなれば、絶対に信頼を落とすことをしてはいけないと事者たちはがんばった。

 そうギルドの信頼度を下げる行為などしてしまったら、ボスがあの理解不能な怖い趣味をふんだんに取り入れた手法で直々にくだす罰、アレになる。

 言語道断。あまりのすごさにこれだけは守ろうと心底誓えるものだった。


「頼む。オマエはそれをできる人間なのだ」


 オリビエの否定的な態度に沈痛な面持ちに声となる。


「だって……」


 重いよ! こう叫びたくなるのを我慢した時に隙ができてしまった。


「わたしの気にこうも反応でき、これほど精霊に好かれている人間は珍しい。さすがというか」


 今まで近付くことさえも許さなかった男の方からやって来た。


「何をそうまで頼むんだ?」


 驚いてしまい反応が遅れた。

 ガシっ! と両手を男の手で包まれ至近距離に近付けられてしまった。


「いずれ分かる」


 すっと男の手が離れた。


「あれ?」


 合わさった形のままのオリビエの手の中に違和感があった。


「お、おい!」


 手の中の何かがからむお願いを強制的にされていたことに気付く。

 だが、もう遅い。

 意識が手に向かった時に男は姿を消していた。


「何なんだ、あいつ!」


 恐る恐る手を開けていくと、親指大の透明な青い小石が両手の平に挟まれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る