あやかし王とあやかくし~いずれは婚約破棄する応急処置の関係なので、もふもふの溺愛だなんて困ります!~
真霜ナオ
01:妖隠し
「
不思議な雰囲気を纏う、深い深い森の中。
白銀の美しい髪と同色の三角耳、九つの尻尾を生やした彼は、淡い緑色をした瞳でまっすぐ私を見つめている。
とても現実とは思えないこの状況に、私は混乱する頭を必死に回転させようとしていた。
どうしてこんなことになったのか。
思い返せば、あの神社に足を踏み入れたのがきっかけだった。
◆
「今日から夏休み……か」
アラームをセットしたままだった私は、長期休みに突入したというのに、いつもの時間に目を覚ますことになる。
そのまま二度寝をしてしまおうかと思ったのだけど、不快な蒸し暑さがそれを許してはくれない。
この気温にも負けず、どこかへ遊びにでも行くのだろう。外からは元気な子どもたちの声が聞こえてくる。
少し空気を入れ替えようと、私は窓を開けて室内に外の風を入れることにした。
世間一般では、青春を謳歌する同世代が多いであろうこの夏休み。遊びの予定を入れるような友人は、残念ながらいない。
(勉強くらいしか、することないな)
急いで動き出す必要もないとはいえ、目が覚めてしまった以上、そのまま寝転んで過ごすのももったいない気がした。
のろのろと部屋を出て洗面所で顔を洗うと、何か胃に入れようとリビングに向かう。
扉を開けた先、黒い革張りのソファーに座ってテレビを観る父の姿があった。
「……おはよう」
「…………」
ニュースに夢中になっているらしい父から、挨拶が返ることはない。
気にせずキッチンへ移動すると、どうやら洗い物をしているらしい母の姿があった。
「お母さん、おは……」
「夏休みだからってダラダラしてないで、洗濯物くらい干してちょうだい」
開口一番の、苛立ちを含んだ声。
乱暴に食器を置いた母は、溜め息を吐きながら私の横を通り抜けていく。
彼女にとって、挨拶を返す価値もない相手なのだろう。それは父も同じなのだけれど。
食欲が失せてしまったので、私はコップに汲んだ水で喉を潤すと、部屋に戻ることにした。
こんな日常が始まったのは、昨日今日の話ではない。
父は某大病院の外科医、母は大手企業の管理職として勤めている。だからこそ、学歴重視の両親から私に向けられる期待も大きかった。
けれど、高校受験に失敗したことで両親からは大きく失望され、気づけば居場所がなくなってしまったのだ。
(勉強ばかりで遊ぶことも許されなかったから、友達も作れなかったのに)
両親を恨んだところで、この生活が変わらないことは理解している。だからこそ、必死に勉強をして早く自立するべく奮闘しているのだ。
そう頭ではわかっていても、時折とてつもない孤独感に襲われることがあった。
長期休暇のように、人が誰かと楽しく過ごす時間は特にそうだ。そんなつもりはないのに、自分と比べてしまうから。
「いっそ、
その小さな呟きを聞き取る人間は、この家にはいない。
家で過ごす気になれなかった私は、適当な白シャツとワイドパンツに着替えて外に出ることにした。
妖隠しの噂は、私が生まれる前からあったらしい。
学校の七不思議とか、都市伝説と同じようなものなのだろう。
とある神社を訪れると、神隠しのように人が消える。それはどうやら、あやかしの仕業であるらしい。
だからそこには近づかないようにと、この町の子どもなら誰もが聞かされた噂話だ。
実際には、不審者が出没したり誘拐事件があったために、注意を促す意味で流された噂だとされている。
子ども相手には、そうした噂話の方が効果的なのだろう。
(ここ、だよね……?)
そんな噂に吸い寄せられるように、私は町の端にひっそりと建てられている神社へとやってきていた。
周囲は背の高い木々に囲まれていて、人目を避けるには丁度良い。石段を上がってすぐに寂れた神社が見えてくる。
そして、その背後にはひと際存在感のある大樹がそびえ立っていた。
その大樹によって日差しが遮られ、神社の周りはやけに薄暗く感じた。心なしか肌寒い気すらする。
そのせいで不気味さを感じさせて、人を遠ざけているのかもしれない。
けれど、今は何よりこの静かな環境がありがたかった。
「本当に妖隠しがあるなら、少しでもいいから……私をここから連れ出してほしい」
そんなことは無理だとわかっていても、願わずにいられない。
せめて日が沈むまで、ここで時間を潰していこうかと思った時だった。
突然、目の前の大樹から強烈な光が放たれる。私はあまりの眩しさに強く目を瞑って、反射的に両腕で顔を庇うようにした。
そうして少し経った頃、恐る恐る目を開けてみる。
「ウユーン」
「……え?」
奇妙な鳴き声が聞こえて足元に視線を落とすと、小さな生き物の姿を見つけた。
手に乗るほどの大きさのそれは、タヌキのように見える。その子は、私に何かを訴えかけているように見えた。
「何? 私に何か言いたいの?」
「キューン」
しゃがんで手を差し出してみると、そのタヌキは警戒する様子もなく、私の手の上に飛び乗ってくる。
もふもふとしていて可愛らしいその子は、一生懸命話しかけてくれているようだ。
「お前を歓迎しているんだ、依織」
「えっ!?」
まさか人間の言葉を話すとは予想もしなかったので、私は驚いてタヌキを手から落としてしまいそうになる。
けれど、聞こえた声は手元ではなく頭上からだったことに気がついて、顔を上げた。
(うわ……かっこいい人)
そこに立っていたのは、同じ人間とは思えない整った容姿をした男の人だった。
細やかな刺繍の施された白地の和服に、束ねられた白銀の髪は高価な芸術品みたいに美しい。
洋装ではないけれど、まるでいつか見た絵本に登場した王子様のようだ。
「依織、俺の嫁になれ」
私の前に
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