不孝鳥の宵鳴き(2)

「俺をおちょくってたのか」

今にも噛みつきそうな勢いで声を荒げている。僕は首を横に振った。


 高塚から、殺害の協力を依頼された翌日、僕はベッドで横たわっていた。窓の外から漏れた光を遮るように布団の中で体を丸めていると、家のドアをコツコツと叩く音が聞こえた。体を起こし、玄関まで重い足取りで向かった。ドアを開けると、志崎が心配そうな面持ちで、玄関の前に立っていた。朝の水やりに出向かなかったため、心配して来てくれたのだろう。何かあったことを気づかれてはまずいと思い、普段と変わり映えのないよう振る舞っていたが、僕の悲壮感漂う顔を見て、すぐに何かあったと察したようだった。


「何かあったの」

志崎は僕を見て、そう言った。


「いや、何もないよ」

優しい声が頭の中に滑り込むようで、今にも涙が零れ落ちそうだった。

すると、志崎は僕の腕を優しく掴み、家の中へと入っていくと、僕をリビングのソファーへと座らせた。


「冷たいココア作ったんだ。一緒に飲もう」

そう言って、トートバッグの中に手を入れ、黒いボトルを取り出すとテーブルの上へと置いた。


「コップ、勝手に取ってきてもいいかな」

志崎の言葉に対し、僕は力なく頭を縦に動かした。


志崎はキッチンへと姿を消した。その間、僕は天井を見上げた。星のモビールがくるくると回っている。しばらく経つと、キッチンの戸棚から透明のグラスのコップを二つ取り出したのか、グラスを両手に持った志崎がやってきた。ソファーへと座り、水筒を開けるとコップにココアを注いでいく。


「話したくないのかもしれないけど、私が知っておいた方がいい話な気がする」

とだけ言って、僕の手にココアの入ったコップを握らせた。僕は、ココアを一口飲んだ。目が覚めてから、一度も水分を体に取り込んでいなかったため、冷たいココアが体の中に入っていく感覚は鮮明だった。コップをテーブルに置き、何を話せばいいのかも分からず、ただ目を瞑った。


「無理にとは言わないよ。創が後悔したり、傷ついたりしないのであれば、私はそれでいいんだ」


正直、僕は高塚に協力するほうに気持ちが傾いていた。黒魔術に興味がないと言えば嘘になる。本当に魔術は存在するのだろうか。存在するとすれば、もっと面白い島になるんじゃないかと思っていたからだ。けれど今、自分が考えていることは後悔に繋がるのか、傷に繋がるのかを考え直す必要があるのも理解している。秒針の音に耳を傾け、ゆっくりと呼吸すると、暗闇の中で自分に問いかけた。


何分経ったのか分からなかったが「後悔はするね」と、口に出していた。これが、僕の出した答えだった。


「じゃあ、話して」

志崎は真っ直ぐと僕の瞳を見つめ、そして手のひらを僕の手の甲に乗せた。志崎の手はひんやりと冷たかった。


「創、気づいてる?」

眉をひそめ、悲しそうな表情で僕を見ている。


「何が」


「君、泣いてるよ」


そう言って、僕の頬から流れる涙を指で拭った。その瞬間、糸がぷつりと切れるように涙が次々と溢れ出した。子どもみたいに声を上げ、泣きじゃくった。呼吸が苦しい。ヒクヒクと吃逆が止まらず、背中は震え、頭も喉も熱かった。感情が滝のように溢れ出し、自分ではもう止めることができなかった。そんな僕を志崎は細い体で抱きしめた。


「大丈夫だよ。創は一人じゃないんだから」

志崎の細い腕が、僕の背中を優しく包みこんでいる。そして何度も何度も、僕が落ち着くまで背中を摩ってくれた。


 暫く経つと取り乱した感情が落ち着き始めた。僕は志崎に軽蔑される覚悟で、高塚から言われたことの全てを話した。その間、志崎は表情一つ変えずに頷いているだけだった。


話し終えると、僕は深いため息をつき、「どうすればいいか分からないんだ」と言った。志崎はじっと天井を見つめ、考えているようだった。


「まずは、みんなにとってベストを考えてみよう」

志崎は緩やかな声色で、僕に提案をした。


「ベスト……」

みんなにとってベストとは、どう言うことだろう。


「まず、殺人は?」

促すように志崎は言った。


「だめだね」

答えなんて分かりきっていると言わんばかりに僕は即答してみせた。


「そうだよね。じゃあ、高塚さんに対しては、どうしてあげたい?」

志崎はすかさず僕にまた質問を投げかける。


「願いは叶えてあげたい」

自然と手に力が入り、グッと手を丸め、力拳を作っていた。


「確かに、叶えてあげたいよね。でも現実的に考えたら、きっと今君が考えたように、高塚さんだって殺害を行ったとしても、後悔はついてくると思うんだ。そしたらどうなると思う?」


「高塚さん、思い詰めるんじゃないかな」

安易に想像できた。本来彼は優しい人だからだ。


「そうだろうね。それに、奥さんもそんなこと望んでないと思う」

僕は深く頷いた。確かにそうだ。奥さんはそんなことして欲しいわけじゃないだろう。


「だから、するべきは?」


「殺害計画の中止」

それしか思い浮かばない。


「でも創が止めたところで、高塚さんはきっと一人で計画を実行してしまうよね。それに、もし実行したとしても、高塚さんには完全犯罪を遂行できるほどのスキルも知識もないはずだ。だから創にお願いをしてきた」


「じゃあ、どうすればいい」

志崎は、家をぐるりと見渡した。そうだよねと、独り言を呟いている。かと思えば、ケタケタと子どものように笑い始めた。


「何がおかしいの」

僕が怪訝な顔をすると、志崎は笑うのをやめたが、口元はにこやかだ。


「作っちゃえばいいじゃん、人間」


「人間?」


「高塚さんが殺害予定の人間を、創が作った人形にしておくんだよ。しっかり人間に見えるように作ればいい」

「いや、黒魔術には人間の臓器が必要だから無理だよ? それに、明もからくり人形を見てるから分かるでしょ。僕にはあれくらいの技術しかないんだ」


「それは、創が決めつけているだけだよ」

急に志崎の目の色が変わった。僕をからかっているのではなく、その声と表情は真剣そのものだった。


「創は知らないの? 本土には人間にしか見えないようなロボットがいるんだ。AIロボットがね」


「あぁ、あるね。僕は新しい物にはあまり興味はないけど、よく特注で部品を注文していた工場があって、そこで作っていたから構造を見学させてもらったことがある」


「あれすごいよね。でも、何か足らないんだ。どこかロボット感があってさ。だからね、中身と外見を創の技術で上乗せしたらいいんじゃないかな」


「なるほど……。でも、仮に作れたとしたって、そのロボットを購入するための資金も、作るための資金もない」


「資金ならある」

志崎は、一体何を企んでいるのだろうか。

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