創造の島(4)

 いつの間にか、朝の日課は読書だけでは無くなった。週に四日ほどは高塚の家へと顔を出すようになったのだ。畑を耕し、落ち葉を集める高塚と会話をしたり、畑作業の手伝いをすることもあった。僕がそうすることで高塚が嫌がっている雰囲気は感じ取れなかったし、たまに朝食もご馳走になった。何よりも高塚の見聞はとても興味深く面白い。


僕の顧客の大半は貴族ばかりだ。そのため話す内容はビジネスやお金の話ばかりだった。僕は彼らとの会話の途中で愛想笑いをしたり、どうでもいいと思っているのに相槌を挟んだりしていた。だからか庶民である高塚の感性や話は僕にとって、とても新鮮だった。けれど根本的には僕は人と会話するのが苦手なままだった。高塚の話がいくら面白いからと言っても長時間会話を続けることはなく、ただ高塚が一方的に話し、僕が頷いて軽く発言をすることが多かった。けれど、そのどの会話も好奇心を唆られ、わずかではあるが、僕の発言量は少しずつ増えて行っているように感じた。


春がくる頃には、高塚の家は完成していたし、骨董品などの商品も運ばれていた。高塚は商品の手入れや陳列が終わったら、僕に商品を一つ一つ説明したいと嬉々としていたし、僕も楽しみにしていた。この頃になると、僕は彼との共通点を沢山見つけていた。


それは天涯孤独なだけではなく、古いものを好んでいることや、何かを行う時の手間への喜びだ。そして、きっと僕が彼をすんなり島へと受け入れることができたのは、自分の祖父の面影をどことなく感じていたからだと気づいた。高塚と接する時に安心感があるのはその要素が大きいのだろう。最近ではどことなく親戚の誰かと話している感覚に近づいて来た。


それでも高塚の行動に驚くこともあった。日本の本土では焚き火は禁止されている。けれど、早朝から高塚が焚き火をしていたのだ。僕が慌てて駆け寄ると、高塚はニヤニヤといたずらっぽい笑みを浮かべていた。


「昔、俺のじいちゃんがな、焚き火の中にさつまいもを放り込んで焼き芋を作ってたんだ。別に良いさつまいもじゃなかった。パサパサしててな。今の上等なさつまいもとは違う。けどこれがなんでか美味しくてな」


本土では主にバーベキュー施設でIHコンロを使用し、マシュマロや肉、野菜などを焼くことがほとんどだ。僕はそういった施設には疎いので詳しいことは知らないが、現代で火事の元になる焚き火はご法度だ。


「あと少ししたら多分焼き上がる。寒いだろ。火にあたれ」


僕は初めて見る大きな火に怯えていたが、恐る恐る近寄ると温かい熱が伝わって、全身がじんわりと鳥肌を立てたのが分かった。けれど、近づきすぎると顔が焼けそうなほどの熱を感じる。


「良いだろ、焚き火。俺はこれをみてガキの頃過ごしたんだ」


正直羨ましかった。アンティーク品を収集していた祖父ですら焚き火はしていなかったし、僕が物心着く頃には大体の古い風習や習慣は禁止されていた。パキパキと木が燃える音が空に響くようだった。酸素が燃えて黒い煙がふんわりと上っていく。朝の風に吹かれ揺れる炎を眺めていると心が落ち着いた。


「そういえば、相馬さんとは古くからお知り合いなんですか?」


「あぁ、骨董品屋を始めた頃からの常連だった」


「常連さんだったんですか。意外ですね」


「あいつは古いものが好きなんだよ。当時はまだ大学生で、金もないから骨董品を指咥えながら見ているだけだったけどな」

高塚は思い出したかのように大きな口を開けて笑っている。


「今ではあんなにお金持ちなのに」

貴族の中でも相馬が異質であることは、一目瞭然だった。今の時代では着ることのないスーツという服を着ていて、他の貴族のように煌びやかな服を着ていないのにも関わらず、どこか大きなオーラを身に纏っているかのように存在感があるからだ。


「俺も驚いたよ。あんなに大物になっちまうとは。俺が体を壊して店を閉めたと聞いたら、一目散に家にやってきてな。こうしてこの島も紹介してもらって、世話になりっぱなしだ」

僕の中での相馬のイメージは、あまり情に振り回されるような人間には思えなかった。けれど、高塚の話を聞く限り、高塚に対しては、情の深い人なのかも知れない。


「焼き芋焼けたぞ」

そういうと、高塚は鉄の棒で、焚き火の中からさつまいもを引きづるように取り出した。少し冷めたあとに食べた焼き芋は、パサパサしていてほんのりと甘かった。

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