誤解が解けずに離婚されました。でも言えませんよ、VTuberやってるなんて...

ひかもり

第1話 序章




「離婚してくれ」


「え?」


旦那から突如告げられた別れの言葉に私は呼吸を忘れた。


氷のように冷たい表情でこちらを見る旦那からは、私への愛情は欠片も感じられない。


「な、なんで...?」


「なんで、だと?自分の胸に問いかけてみろ。」


震える声でそう尋ねる私に向ける旦那の視線は、もはや害虫を見るそれとなんら差はなかった。


「自己申告したなら酌量の余地があったものを...」


「だから、なんのこと.......?」


「この後に及んでまだ誤魔化そうとするのか、お前には失望したよ。どうしてこんな女と結婚してしまったのか...」


旦那は怒気を滲ませて私の方向に顔を向ける。私は旦那の顔を見るが視線が一向に合わない。



「お前が俺のいない間に別の男の家に通い詰めているのは知っている。俺が出張続きだからといって好き勝手やっていたようだが、俺がそれに気がつかないとでも思ったか?お前が罪の意識に芽生えてすっぱりやめてくれることを願っていたんだが...俺はお前を過大評価していたようだ。慰謝料も請求したいところだが、分割という形でこれ以上関係が続くのも嫌だからな。慰謝料なし、財産分与も半々で勘弁してやる。しかし、今ここで離婚届にサインすること、今後一切俺に関わらないことが条件だ。これが呑めない場合、お前を社会的に抹殺してやる。」



そう言って圧をかけてくる旦那に逆らうことができず、幸せな結婚生活は2年で幕を下ろした。







※ ※ ※





「え...離婚?あんなに仲がよかったのに?」


幼馴染であり親友である麻里まりはコーヒーを飲む手を止めて驚愕の表情を浮かべる。


「うっ...ぐす...ぞお“お”な“の”ぉ“ぉ”ぉ“ぉ”....」


私は目から滝のように涙を流しながら麻里に抱きついた。


私は悠木 眞緒ゆうき まお25歳。旦那から離婚を言い渡されバツイチになってしまった元人妻である。


腰まで伸びる黒髪は通常時は艶が出て煌めいているのだが、今は眞緒の気分を表しているのか光を吸い込むかのようなどんよりした純黒となっている。




「すん...すん...う“う“う“う“ぅ“ぅ”ぅ“....」


「ほら、唸らないの。泣きたい時は思い切り泣きなさい。」


「ま“ぁ”ぁ“り“ぃ“ぃ“ぃ“ぃぃぃぃぃぃぃぃ...」


正面の席に座る麻里の横に移ると、眞緒は麻里の胸に顔を埋めて声を出して泣いた。


眞緒が顔をぐしゃぐしゃにして泣いている間、麻里は何も言わずに頭を撫でる。


カフェの中にいる他の客や店員は気を使い、こちらの席には近づかないようにしてくれた。





「少しは落ち着いた?」


「う“ん“...」


声を枯らすほど泣き喚いた眞緒は、顔を真っ赤にして席で小さく座る。


「それで、あなたの不倫についてだけど...」


「う“う“う“う“う“う“う“」


「ほらほら、唸らないの」


目に大粒の涙を溜め始める眞緒に麻里は苦笑いをする。


話を聞く限り、眞緒の不倫が原因で旦那は離婚を切り出したようなのだが...


「でもあなた、心当たりないのよね?」


麻里の確認に眞緒は激しく頷く。


「あの人以外の男性みんなコケシに見えてたのに、どうやって心移りするっていうの....」


「そうよねぇ、眞緒ってばあの人のこと以外見えてなかったもんねぇ..」


大学生の時から付き合い始め、3年の交際期間を経て結婚。


社会人1年目にして私は営業成績トップとなり上司から期待されていたが、「専業主婦になってくれ」という旦那の一言で仕事を辞めた。


その後は専業主婦として家事を頑張っていたが、1DKの部屋の家事は決して大変ではない。


家事以外にすることがなかった私はすぐに暇を持て余した。


最初の頃は余った時間を使って料理の練習をしていたが、なんでもすぐにできるようになってしまう私は家庭で出すクオリティに満足できなくなってしまった。


マグロの解体ができるようになった段階で料理の研究を辞めた。


これから家族が増えることも考え、少しでも家族のためになればと思い自宅でできるバイトを始めた。


外に働きに出てしまうと専業主婦ができなくなってしまうので自宅で稼げるバイトにこだわっていると、とあるひとつの企業が私に声をかけてくれた。


自宅から徒歩5分以内のマンションの1室を仕事場として貸し出してくれたのだ。


近いとはいえ自宅から外に出ることになってしまったが、時間の融通はアルバイトよりも効くようで、頑張りによって給料も増えるらしい。私はそのアルバイトをやることにした。


稼いだお金は一旦自分名義の口座に振り込んでもらい、そこから全て旦那名義の口座に振り込み、私は全く手をつけなかった。


元々金遣いの荒かった旦那は増えた金の出どころについて私に問い詰めることはしなかった。むしろ自由に使える金が増えて喜んでいたくらいだ。


その頃から旦那の仕事は出張が多くなり、家にいる時間が極端に減った。


家事とバイトが大半を占める毎日、専業主婦として旦那が帰宅する時には温かいご飯にお風呂を準備する良妻であり続けたのだが、旦那にはあらぬ疑いをかけられてしまい、挙句の果てに離婚。


眞緒は今までの献身が全て消えてしまったような喪失感を感じていた。



「仕事場に通っていたのが、男の家に通っていたと思われたってことなのよね?」


「そうなのかも...こんなことになるのならバイトなんてしなければ...」


「どうしてそれを正直に言わなかったのよ?男の影すらないのならその無駄にでかい胸を張って言ってやればよかったじゃない?」


麻里の言葉に眞緒は顔を俯かせる。


「だって...いえなかったんだもん...」


「なんでよ?」


「....私のバイトって...」






※ ※ ※





住んでいたマンションは離婚後に売却され、眞緒は少ない荷物と共に放り出された。


幸い仕事場のマンションが近かったため、現在はそこで暮らしている。


「ただいま....まぁ私しかいないけど。」


眞緒は脱いだ靴を丁寧に揃え、部屋の中に入った。


部屋の中は、とあるキャラクターのグッズが並んでいた。


YouTubeにて活動している動画配信者であり、数年前のとある一人の台頭をきっかけに世界的に人気を集めた職業の一つ。


バーチャルユーチューバー、通称『VTuber』である。


個人勢や企業勢など、数多のVTuberが存在し、その容姿、性格は多種多様。


そんな中、VTuber事務所『ラブシャイン』に所属するVTuberの一人、黄金の世代である1期生に続く世代として注目される2期生。


その中に、ひたすら旦那への愛を語る人妻系VTuberがいた。


長袖Tシャツにジーパン、薄いピンク色のエプロンといういかにも新妻感あふれる服装に、聖母のような包容力で人気を誇る彼女。


名前を『天抱まおあまだき まお』。チャンネル登録者数80万人をこえる企業勢VTuber

だ。


なぜ眞緒の仕事場にそんなグッズがあるのかというと...



「いえないよ...私が隠れてVTuberやってるなんて...」



眞緒こそが「天抱まお」の中の人だからである。



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