第54話 ますます強くなっていく夏森さんの想い
その日の夜。
俺は今日一日のことを思い出していた。
紗緒里ちゃんとデート。
一緒に映画を観て、喫茶店で語らい、レストランでおいしい料理を食べ、美しい夜景を一緒に眺める……。
楽しい時間だった。
そして、紗緒里ちゃんとの甘いファーストキス。
今思い出しても心がとろけてくる。
俺達は恋人どうしになった。
紗緒里ちゃんが家に帰った後、いつものようにルインをした。
そのやり取りも、今までとは違う。
紗緒里ちゃんの送ってくる、
「おにいちゃん、好き、大好き」
という言葉に対して、俺も、
「紗緒里ちゃん、好き」
と返信をした。
これからは、ルインでも愛のやり取りをしていく。
ちょっとまだ恥ずかしいところはあるが、ここでも紗緒里ちゃんの想いに応えていこうと思う。
俺は夏森さんに伝えなければならないことがあった。
紗緒里ちゃんと付き合うことになった、ということ。
しかし、これを言うということは、夏森さんの想いを断ち切ってしまうということだ。
ついこの間までは疎遠で、あいさつぐらいしかしていなかったのに、最近はものすごい勢いで俺に想いを伝えてくる。
彼女も魅力的な女の子。
疎遠になっていた間にますますかわいくなっていて、この頃は話をしているだけでも心が高揚することが多い。
話をしていても楽しいし、こんなことなら、疎遠になりたくなかったと思う。
小学校三年生の時、クラスの女の子じゃなくて、俺と遊ぶことを選んでくれれば、ということはどうしても思ってしまう。
そのことがなければ、クラスが違っていたとしても、もう少し仲の良い状態でいられたかもしれないと思う。
これからも仲の良い幼馴染としても関係は続けて行きたい。
でも彼女はそういう状態で満足してくれるのだろうか……。
そう思っていると、夏森さんがルインを送ってきた。
あいさつをした後、
「海春くん、好き」
と送ってくる。
いつまでも中途半端な状態でいるわけにもいかない。
俺は決心して、
「今から電話をしていい?」
と送った。
「電話?」
夏森さんは驚いた様子だったが、
「うん。電話でいいわよ」
と送ってくれた。
俺が彼女に電話をかけると、
「電話をしてくれるなんて、久しぶりね。うれしい」
と言ってくる。とてもうれしそうだ。
「夏森さん、話をしなければならないことがあるんだ」
俺は話すだけでも憂鬱になってくる。
「話って?」
「明日の朝、時間があるかな?」
「あるけど。どうしたの? 悩み?」
「まあそんなところだ」
「好きな人が悩んでいると聞くのはつらいけど……、電話だと言えないほどつらいことなの? 心配しちゃう」
「心配してくれてありがとう。でも内容は明日話をさせてくれ」
「うん。海春くんがそう言うなら」
「ごめん」
しばらくの間、二人とも黙り込んでいた。
やがて、
「じゃあ、待ち合わせ場所は近くの公園で」
と夏森さんが言った。
「公園?」
「うん。二人で昔よく遊んだところだし」
「わかった。じゃあ、公園で」
「それじゃ、おやすみなさい」
「おやすみ」
こうして、俺は明日、公園で夏森さんに会うことになった。
夏森さんの気持ちを思うと憂鬱になるが、仕方がない。
でも……。
俺はしばらくの間、ベッドに横たわって沈んだ気持ちになっていた。
翌日。朝、俺は近所の公園にきていた。
夏森さんは既に待ち合わせ場所のベンチに座っている。
「ごめん。遅れちゃった」
俺は夏森さんに頭を下げる。
「いや、大丈夫。わたしもさっき来たところだから。それにまだ集合時間にはなっていないし」
そう言って夏森さんは笑った。
今日の夏森さんは、薄い緑色のワンピースを着ている。制服姿もかわいいが、今日の夏森さんは、いつも以上にかわいい。
教室で話をしている時もいい匂いがしているが、今日もいい匂いがする。
もし俺が初めて彼女と出会ったら、一目惚れをするほどのかわいらしさ。
紗緒里ちゃんも素敵だけど、夏森さんも素敵。
いや、二人を比べること自体、してはいけないと思う。
二人とも素敵な女の子だ。
さて、この公園は、幼い頃、彼女とよく遊んだところだ。
新緑が美しく、さわやかな風が吹いていて気持ちがいい。
まだ朝なので、公園内は散歩する人が少しいる程度。
夏森さんは、公園で遊んだ当時のことを思い出して、しばらくはその話をしていた。
そして、
「今日は、海春くんとの記念すべき初デートね」
と言って夏森さん恥ずかしそうに微笑んだ。
「デート……」
「二人でこうして出かけているんだもん。デートよね。うれしい」
夏森さんの素敵な微笑み。
俺は夏森さんのことをどんどん好きになっている。
しかし……。
「ごめん。どうしても話をしなければならないことがあって」
これから俺は、紗緒里ちゃんと付き合うことになったことを、話さなければならない。
夏森さんの悲しい顔を見るのはつらいが、仕方がない。
「俺、紗緒里ちゃんと付き合うことになったんだ。だから、俺は夏森さんの恋人にはなれない。ごめん」
俺はそう言って頭を下げた。
「海春くん……」
夏森さんは涙を流し始める。
「わたし、海春くんのことが好き。どうして、どうしてその想いが通じないんだろう……。小学校三年生の時、わたしが海春くんの誘いを断っていなければ……」
しばらくの間、泣き続けていたが、やがて、涙を拭いた。
そして、
「海春くん、いや、夢海ちゃん。わたし、今は紗緒里さんには勝てない。でもきっと、紗緒里さんの想いの上を行く。わたしは夢海ちゃんにすべてを捧げるつもりでいる」
夏森さんは一回言葉を切って続ける。
「こんなことくらいで、あきらめたりすることは絶対にしない。わたしは夢海ちゃんと婚約して結婚する」
と力強く言った。
「夏森さん……」
「夢海ちゃん、わたし、今日からまた夢海ちゃんって呼ぶから、昔みたいに。わたしのこと寿々子ちゃんと呼んで。お願い」
一生懸命な夏森さんの気持ち。
俺達は仲の良い幼馴染なんだ。その願いには応えてあげなければいけないだろう。
「うん。寿々子ちゃんって呼ぶよ」
「ありがとう。うれしい」
微笑む寿々子ちゃん。そして、俺の手を握る。
「夢海ちゃん、だーい好き」
そう言うと、寿々子ちゃんは俺の唇に、その柔らかい唇を触れた。
寿々子ちゃんの唇が俺の唇に……。
俺の心は一挙に沸騰していった。
「わたしのファーストキス。夢海ちゃん、好きで好きで大好き」
俺から唇を離すと、寿々子ちゃんは顔を赤くして恥ずかしそうに言う。
俺はまだ心のコントロールができない。
もう少しキスしていたい気もするけど……。
そう思ってはいけない。俺は紗緒里ちゃんがと付き合うことにした。これからは紗緒里ちゃん一筋にすべきだと思う。
しかし、俺は、寿々子ちゃんのことを、幼馴染としてではなく、一人の女の子として好きになり始めている。
寿々子ちゃんは俺一筋で、俺にすべてを捧げたいと言っている。
その想いにも応えていきたい。
応えていきたいんだけど……。
やがて、
「夢海ちゃん、わたし、今は幼馴染、そして友達でいい。恋人になりたいとは今は言わない。でも仲の良い幼馴染、そして仲の良い友達でいさせて。それならいいでしょう?」
「それはもちろん」
仲の良い幼馴染、そして友達としてなら、俺も望んでいるところだ。
「でも恋人になれる可能性はまだまだあると思う。わたし、あきらめない。絶対に、夢海ちゃんと婚約して結婚する」
そう言うと、寿々子ちゃんは微笑んだ。
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