第31話 夏森さんとのやり取り

 俺は話を続ける。


「ただ俺も紗緒里ちゃんともっと話はしたい。だから、家に来ること自体はいいと思っている」


「ただ家に行くだけじゃ、わたし、おにいちゃんのお役に立てないんですけど」

 次第に悲しそうな顔になってくる。


 俺も胸が詰まってきた。


 どうしたものか。彼女の願いを全部聞くべきなのか。


 でも、それでは彼女自身がつらくなるのではないかと思う。


 毎日となれば、疲れがたまってくる。学校に行って、それから家事をすることになる。


 そのつらさは、俺は良く理解しているつもりだ。


 その時でも、俺を嫌いにならないでいられるのであろうか。


 イライラして、俺にそのうっぷんをぶつけてくることだってありうる。


 幼い頃からの関係がそうしたことで壊れるのは一番つらいことだ。


 俺が悩んでいると、紗緒里ちゃんは、


「それじゃ、夕食は一日おきに分担して作ることにしませんか」


 と言ってきた。


「一日おき?」


「そうです。それなら、おにいちゃんが心配するほどわたしも疲れませんし、いいのではないかと思います」


「そうだなあ……」


「わたしとしては、毎日作りたいんですけど、おにいちゃんがOKしてくれないので、やむをえずというところです」


 俺は少し考えた後、


「そうだね。じゃあ、一日おきということで」


 と言って、紗緒里ちゃんからの申し出を受けることにした。


 彼女の負担も、これならそこまで大きくならないだろうと思ったし、彼女が悲しい表情になると思うと、彼女の好意を全部受け入れないということはできなかったからだ。


「ありがとう。おにいちゃん。好きです」


 うれしそうな表情の紗緒里ちゃん。


 俺は彼女のこの表情に癒され始めていた……。




 その日の夜。


 俺はジュースを飲んでくつろいでいると、夏森さんからルインが入ってきた。


 しかし……。


「海春くんのことが好きです」


 という言葉。


 俺は返事に困った。


 何を書けばいいのか。


 俺は彼女に、まだ幼い頃ほどの好意を持っているわけではない。小学校三年生の頃から今まで、疎遠になっていたのだから、仕方のないことだと思う。したがって、こちから「好き」と書いて返信するわけにはいかない。


 となると、何も書くことがない。


「こんばんは」と最初に書いてくれたら、まだ俺も返事をしやすいのだが、それもない。


 それだけ俺への想いがその「好きです」という言葉に詰まっているとは言えるんだろうけど。


 返事をしないでもいいと言っていたから、そのまま返事をしないでおこうとも思った。


 しかし、俺のことを好きになってくれた人だ。その想いに応えること自体はできないが、返事をしないというのは、彼女のことを傷つけてしまうことになるだろう。


 俺は、


「送信ありがとう」


 と書いて送った。


「好き」とは返せないので、ルインを送ってきたことに対する感謝の言葉だ。


 すると、


「返事が来るとは思わなかった。うれしい」


 とすぐに返信が返ってきた。


 まあうれしいと思われるのはいいことだ。


 そう思いつつ、


「じゃあ、また明日」


 と書いて送った。


 ちょっとそっけないとは思ったが、これ以上書きようもない。


 すると、


「明日から教室でおしゃべりしたい」


「じゃあ、明日。バイバイ」


 と彼女は送信してきた。


 明日からって言うけど、彼女とそんなに話せる話題なんてあるのだろうか。


 俺は人と話すのは苦手。趣味が合う人や気の合う人ならいいが、それ以外の人だと話題がなかなか続かない。というか、趣味が合う人以外は、話す気力がなくなってしまうところがある。


 まあ、高校一年生の時までは、よく話をしていたのは幼馴染で気の合う康一郎ぐらいだったけど。


 もともと教室では、一人でいるか、康一郎と話すぐらいしか普通はしていないし、それで別によかったんだけどなあ。


 同級生と話すこと自体は、魅力があることだけど……。


 それにしても、俺は夏森さんとどうしていけばいいのだろう。


 とにかく俺は、今の彼女のことをまだよく知らない。


 美少女になったと思うが、それ以外のことは、ちょっと強引なところがあるけど、優しいところもあるなあ、ということぐらいしかわからない。


 普通だったら、告白されたんだから、もう少し喜んでもいいと思う。


 高校一年生までは、女の子にほとんど縁のなかったといえる状態だった。失恋をして、つらい状態になったこともある。その時のことを思うと、今は雲泥の差だ。


 しかし……。


 告白されたこと自体はうれしかった。


 でも俺には紗緒里ちゃんがいる。


 その存在は、俺の中でどんどん大きくなってきていると言っていい。

 今日も紗緒里ちゃんとは。夕方から夜にかけて、楽しい時間をすごすことができた。


 夕食は、俺と紗緒里ちゃんが一日交代で作ることになり、今日は俺が作った。


 その料理を


「おいしい」


 と言ってくれた時の紗緒里ちゃんの表情は素晴らしかった。


 そして、その後のおしゃべりも楽しかった。


 何といっても彼女の笑顔は素敵だ。キスしたいくらい。


 しかし、今のままではまだ紗緒里ちゃんの想いに応えるには遠い。


 俺自身、もっともっと紗緒里ちゃんを好きになっていかなければいけない。


 いや、それは自然にそう思っていかなければならないだろう。


 まだまだ俺には、彼女をいとこと思っていて、恋に進んでいくのを遠慮しているところがどうしてもある。


 もう少しで、それを乗り越えられそうなんだけど……。


 そう思っていると、紗緒里ちゃんからルインが入ってきた。


「こんばんは」


「今日もおいしかったです」


「おにいちゃん、好きです」


 俺の心はだんだん熱くなってきた。

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