第8話 手をつなぎたい
俺達は、一度俺の家に寄る。
「おにいちゃんのお家だ。来ることが出来てうれしい」
感慨深そうに言う紗緒里ちゃん。
「まあほとんど変わっていないけどね」
「でも変わっていない方が、昔を思い出すことが出来ていいです」
「まあ、入って」
「おじゃまします」
紗緒里ちゃんが俺の家に来るのは五年ぶり。
彼女にはソファに座ってもらう。
俺はコ-ヒーを入れ、彼女の前のテーブルに置いた。
「コーヒーを飲んで待っていて」
「ありがとうございます」
俺は着替える為、リビングを出た。
今、俺達はこの家で二人きり。
なんだかドキドキしてしまう。
幼い頃も、この家で二人きりで遊んだことがあったが、その時には感じなかったこの胸の苦しさ、そして心の高揚感。
いや、何をやっているんだろう俺は。
彼女は俺の為に晩ご飯を作ってくれる。その為に一緒に買い物にも付き合ってくれる。
これからそういうことをしてくれるんだということを忘れてはいけない。
彼女にときめいたりしてはいけないのだ。
俺は着替え終わると、リビングに戻る。
彼女はコーヒーを飲んでいた。飲み方一つにも優雅さがある。
そういう姿を見ていても、心が揺らいでしまう。ついさっき、ときめいたりしてはいけないと思ったばかりなのに。
「ごちそうさま」
そう言うと紗緒里ちゃんは立ち上がり、
「さあ、行きましょうか」
と微笑みながら言う。
「そ、そうだね」
この笑顔にも心が動かされる。まだ今日、久しぶりに会ったばかりだと言うのに、どんどん心が彼女に傾いてくる。
これでいいのだろうか。
「どうしたんですか? ちょっと顔が赤いようですが」
「いや、何でもない」
「じゃあ行きましょう」
俺達は、二人で食材の買い物に出かけた。
カップルで買い物。このシチュエーションにもどれだけあこがれていたことか。
いとことはいえ、俺の理想の容姿をしている子だ。性格だって、今まで話をした限りではあるがいいと思う。
隣で歩いているだけでも心が浮き立ってくる。
いや、俺はまだまだ今の彼女のことをよく知らない。おばさんの言っていた通りまず仲の良い友達から始めていかなくてはいけない。いとこという意識のままではいけないだろう。
彼女の方だってそうだ。
俺の今の姿を知ってもらう必要があるだろう。
それで、俺のことを幻滅するなら、それはそれでしょうがないことだと思う。
「おにいちゃんとこうして買い物に行けるなんて、夢のようです」
「喜んでもらえて、俺もうれしいよ」
「わあ、喜んでくれた。おにいちゃんが喜んでくれた」
しかし、彼女はどうして俺と買い物に行くだけでこんなにも喜んでくれるんだろう。
うれしいのはうれしい。でもそれだけの魅力は俺にあるのかなあ、と思う。
「あの、おにいちゃん」
「なんだい」
「わたし、おにいちゃんと手をつなぎたいんですけど」
俺はまた心が沸騰してくるのを感じた。
「せっかく二人きりででかけているので。さっきはちょっと手を握ったぐらいだったので、今度はしっかりつなぎたいと思います」
顔を赤くして恥ずかしそうに言う紗緒里ちゃん。
俺は今すぐにでも手をつなぎたい気持ちになった。さっきの彼女の手の温かさと柔らかさが忘れられない。
「どうでしょう? 嫌ですか?」
「い、嫌なわけじゃないけど」
「恋人どうしきゃなくても、いとこどうしなんですから、これくらいはいいんじゃないかと思うんですけど。わたし、おにいちゃんと手をつなぎたいんです。この想い、届いてくれるといいんですけど」
そうだ。俺達はいとこどうしでしかも仲がいいんだから、これくらいはしてもいいのでは。
「じゃあ、つないでいいですよね」
彼女は甘えた声で俺に言う。
ああ手をつなぎたい。その手の柔らかさを味わいたい……。
しかし、ここで手をつないだら、ますます心が彼女に傾いていってしまう気がする。
それでいいのだろうか。いいという気持ちもあるし、いとことしての関係があるからここは慎重にすべきだという思いもある。
俺がそう悩んでいると、
「ごめんなさい。今日の今日で手をつなぐところまでいくのは、ちょっと急ぎすぎですね。おにいちゃん、悩んでいるようですし」
と彼女は言った。
「紗緒里ちゃん、ごめん。俺、まだ手をつなぐことについても、心の準備が出来ていないんだ。こんな俺だ。嫌いになるだろう」
「もう何を言っているんですか。わたしとのことを真剣に悩んでくれるおにいちゃんのことを嫌いにあるはずがないじゃないですか。それどころか、また好きな気持ちが強くなってきましたよ」
「紗緒里ちゃん……」
「残念ですけど、もう少しおにいちゃんと一緒の時間を過ごしてからにしますね」
少し悲しそうな彼女の表情。
俺は、手をつなぎたかったという気持ちも強くなっていたが、手をつなぐというのは、やはり、恋人どうし、もしくはそれに近い関係になってからにしたいという気持ちも強く、複雑な気分。
でも手をつなぐこと自体も、彼女とも関係を深めていく一つのステージのような気もする。
そういう意味では、手をつないでもよかった気はするのだけれど……。
俺達二人は、スーパーで食材を買った後、家へ帰る。
次第に夕暮れが近づいてきた。
「おにいちゃん、晩ご飯楽しみにしてくださいね」
「うん。期待しているよ」
「おにいちゃんにおいしいと思ってもらうよう、精一杯努力します。
そう言って、紗緒里ちゃんは微笑んだ。
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