第31話




「隊長! 今日は何か御用でしょうか!」


「何、少々身体を動かそうと思ってな」


 この男は、儂が黒鋼隊を設立した当初から付いてきている副隊長だ。

 筋骨隆々の浅黒い肌につるりとした頭。

 実力も儂と比べても遜色はない、と思っておる。

 ただ、領主となった今でも、儂の事を『隊長』と呼ぶのは困ったものだ。

 この前の事があって、色々と鈍っている事を実感したばかり。

 それに、魔女様から頂いた短杖を試してみたい。

 使い方が書いてある紙には、色々と信じられぬ事が書いてあったが……


「取り敢えず、少し相手をしてもらおうか」


 昔はここの若い連中に混ざって訓練していたが、領主となってからはその頻度が減ってしまっていた。

 今回の件で、身体が予想以上に鈍っていたのを痛感した。

 鈍る前の状態であれば、あの程度で死兵になろうとは思わんかったはずだ。


「隊長、武器はどうします?」


「うむ、それなのだが、ちょっとコイツの調子も見たくてな」


 言いながら、腰に差していた黒い短杖を引き抜いた。

 それを見て、副隊長が同じ様に銀色の短杖を手にする。

 コイツ、見た目と違って魔法師なんだよな。


「では、まずは魔法からやるとしましょうか」


「うむ、存分に来い」


 魔法の訓練など簡単な物だ。

 ただ単に撃ち出された魔法を、自身の魔法で撃ち落とせば良いだけだ。


「炎の飛礫、穿ち貫け『フレイムバレット』!」


「氷の飛礫よ、凍てつき貫け『アイスバレット』!」


 副隊長のフレイムバレットと、儂のアイスバレットが空中で衝突して対消滅していく。

 ふむ、マナの通りが随分と良いな、この短杖。

 通りが良いという事は、こういった撃ち合い合戦になった時、相手よりも早く連射が出来るという事だ。

 当然、副隊長が持っている短杖も、それなりの一品だろうが、数度撃ち合っただけで、この短杖の異常さを感じ取れる。

 というのも、これだけ撃ち合っても全くマナが減っている様子が無いのだ。

 普通、これだけ撃ち合えばマナが減って怠くなるものなのだが、一向に怠くなる様子が無い。

 その証拠に、副隊長の方は額に汗が出始めている。



 結局、魔法を十数分撃ち合い、副隊長が完全にダウンしてしまった。

 ううむ、この短杖の説明にある通り、相当マナの通りが良いようだ。

 というのも、儂のマナ総量は、副隊長のマナ総量より少ない。

 儂のクラスは、魔法使いと剣士を合わせた特殊なクラスであるが故に、どうしても中途半端になってしまう。

 だが、魔法師である副隊長よりも長く撃ち合えるというのは、相当この短杖のマナ伝導率が高いという事だ。

 さて、魔法の試しは出来たので、次は近接を試したいのだが……

 この説明を見る限り、対人戦で試さない方が良いだろうな。


「すまぬが、人形マトを用意してくれ」


 マナ切れで倒れていた副隊長を担架で運んでいた兵士に頼み、試し斬りをする為の特殊な人形型の的を用意してもらう。

 その間に、もう一度、説明書を読みこんでおく。

 もしも間違ったら大変だからな。


 そして、金属鎧を着せた人形型の的が用意される。

 長持ちするように、的に着せた板金鎧は裏側に強化の魔法陣が掛かれているのだが、黒鋼隊では数日でボロボロになってしまう。

 目の前にあるのも数日前に隊で用意した物だが、既にボロボロになっている。

 それと一緒に、兵士の一人が長剣を持ってくるが、それを手で制した。


「よし、では少し離れていろ」


 周囲にいた兵士達に下がる様に指示を出し、短杖を持ってその的に近付く。

 さて、本当に書いてあるように出来るのか。

 そして、的に向けて短杖を振り上げた。


「光よっ!」


 瞬間、短杖の先端から光が溢れて伸び、そのまま振り下ろす。

 ただ光るだけの魔道具なら、それなりに普及しておる。

 だが、この短杖は……


 振り抜いた後、ガランと音を上げて、板金鎧を来た人形が両断されて地面に転がった。

 そして、儂の手にある短杖は、先端からロングソード程の長さの光が、刃を形作っていた。

 周囲にいて見ていた兵士達全員が、驚愕の表情を浮かべていた。


「おおぅ、本当になんじゃこりゃぁ」


 魔女様の書いた説明書では、儂の体内マナを凝縮して刃の形に形成しているらしいが、儂のイメージによって形状は変えられるらしい。

 ロングソード状態になっておるのは、儂が普段訓練で振っているのがロングソードだからだろう。

 そして、切れ味だが、最早異常としか言いようがない。

 防御を上げてあるはずの板金鎧の切断面を見ると、まるで熱したナイフでバターでも切ったかの様に滑らかだ。

 注意書きにも、不用意に使用するのは控えた方が良いじゃろう、と書いてあるのも納得だ。

 それに、これを盗まれたら一大事だろう。

 しばらくは肌身離さず持っていた方が良いだろうな。


「よし、取り敢えず、次は儂に魔法を撃ってみてくれ」


「えぇぇ……それは……」


「そこは安心せい、まぁ訓練なのだから、簡単なのを頼むぞ」


 そして、若手の魔法師から撃ち出される初級魔法を、生み出した光の刃で切り払う。

 説明書には、マナで形成された刃であれば、撃ち出された魔法に対しても効果を発揮して、切り払う事が出来る上、籠めたマナの量によって、結界すらも斬り捨てる事が出来る上に、籠めたマナの密度が高ければ相手の攻撃を受け止める事も出来る、とまで書かれていた。

 更に、実体を持たないゴーストや思念体であっても、容易に斬り捨てる事が可能とまで書いてあった。

 何より、この光の刃は儂のマナで作り出している為、マナが尽きぬ限り折れる事が無いらしい。


 本当に、あの魔女様はトンでもない物を作ってくれたものだ。



 それからは大会合に向け、怒涛の準備が始まった。

 まず、今回の大会合には妻と同伴して行く事が決まっており、儂はともかく、妻のドレスを新調しなければならなかった。

 今までは、妻は病気により大会合に参加出来なかったが、魔女様により完治した為、参加すると決まったのだが、着れるドレスが一着も無かったのだ。

 いや、ドレス自体はあるのだが、全て病気で痩せ細っていた時の物である為、今は着る事が出来ないのだ。

 普段着であればゆったり目の服があるので良いのだが、ドレスともなるとそうもいかない。

 急いで仕立て屋を呼び、妻のドレスの製作に入ってもらう。

 仕立て屋の女性も、妻が完治した事を喜んでくれて、直ぐに仕立ててくれると言うが、大会合に間に合わせる事が出来るだろうか……

 大会合まであと2ヶ月しかないが、信じるしかないだろう。



 そして、王都からの使いが大会合の詳しい日程を知らせる手紙を持って来た。

 それを受け取り、執務室で確認しながら予定を立てていると、布ずれのような音がした。

 部屋を見渡すが、部屋の中に儂以外の人間はいない。


「………陛下の使いか」


「……陛下からの知らせだ……」


 背後の窓からくぐもった声が聞こえ、窓の方を見るが誰もいない。

 視線を机に戻すと、そこには先程まで無かった手紙が置かれていた。

 噂では陛下お抱えの密偵は、誰もその姿を見た事が無いと言われているが、今のやり取りをした限り、真実なのだろう。

 まさか、儂にも見付からずに消えるとは。

 取り敢えず、手紙を見ておくか。


「……ふむ、成程……」


 そこには、今回の件でスメルバには直接手は下さないが、しっかりと報いは受けて貰う事、その為に必要な事が書かれており、儂にもいくつか調査をして欲しい事が書かれていた。

 儂の領はスメルバの隣になる為、奴の領地での税の割合、商人の出入り、そして裏での奴隷密売などの調査をするように書かれていた。

 流石に残り一ヶ月で調べるにはかなり無茶がある内容だが、スメルバが我が国を裏切ってクリファレスに付いていると判明した時から、我が隊の密偵達に探りを入れさせていた。

 その為、この調査指示以外に、クリファレスへのブラックマーケットが出来ている事まで判明している。


 この国では民の税は5割以下に制限している。

 凶作の大飢饉によって民への負担を減らす為だったが、スメルバ領は表面上は5割なのだが、あれやこれやと付け足し、何と7割も税を取っていた。

 そして、その税を納められなかった場合、若い娘はスメルバに連れていかれ、男は全員奴隷としてクリファレスに連れていかれていた。

 スメルバ領の兵士によれば、連れていかれた娘達はほとんどが当日に自害しており、酷い有様なのだという事を酒場で酔った際に愚痴っていたらしい。

 男の奴隷を運ぶのがクリファレスの密売商人達で、クリファレスとスメルバ領の境目にブラックマーケットを目的とした隠し村が出来ており、そこで売買が行われている。

 しかし、そんな事をしていればスメルバ領の人間は減っていくばかりだと思ったが、スメルバ領に隣接する別の領も一枚噛んでおり、そこで開拓民を大々的に募集し、その一部がスメルバ領に流れていたらしい。


 儂には陛下の考えを正確に読む事は出来ないが、恐らく今回の件でその隣接している貴族領は取り潰しとなり、スメルバは放置されるだろう。

 さて、そうなれば取り潰された貴族達は一体どう思うだろうな?



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