歴史酒場謎語り——安倍晴明とは何者か?

超時空伝説研究所

一杯目 酒場で出会った二人。

 私はぼんやりしていた。


 三杯目の熱燗を頼んだ所だ。その日は寒かったので、始めから燗酒で飲み始めた。漸く体が温まり、安酒で脳が痺れ始めた所だった。


 その男がカウンターの隣に移ってきたことにも、始めは気づかなかった。


「あんた、物書きさんだろ?」


 何度目かの問い掛けで、漸く自分が話し掛けられていることに気がついた。面倒だなと、正直思った。


 初対面の人間と話をするのは苦痛だ。いや、初対面でなくともなるべく人とは話したくない。


 聞こえない振りをしていたが、「物書きか」と聞かれたことが気に掛かった。


 確かに私は物書きの端くれであった。物書きらしきことをしていると言うべきか。小さな雑誌やフリーペーパーに、どうでも良い記事を書き散らしては何とか生計を立てていた。


「気になるだろ?」


 男は返事がないのも気にせず、話し続けていた。


「何で分かったか、知りたいかい?」


 そう言われると図星ではあったので、初めて私は男に目を向けた。


 ナイロン製の綿入りジャンパーに防寒ズボン、ニット帽を被った出で立ちは、寒空に屋外で働く職業を示していた。


「そうやって『視る』からさ」


 男は私の視線を気にもせず、そう言った。


「あんた店に入ってきたとき、店の中を見渡したろ? 何か変わったことがないかってな。意識してはいないんだろうが、『観察』ってのが癖になってるんだな」


「それだけで物書きってことになるかな」


 会話する気はなかったのだが、取りあえずそう聞いてみた。


「俺は店の奥にいたんだけどね。ときどきノートを取り出して、何やらメモってたじゃない? 思いついては何かを書き留めている風だったんでね」


 男の言う通りだった。


「おたくも人を良く観察しているようだけど。そっちも物書きかい?」


 相手の年齢は良く分からなかったが、態度の軽さから自分より年下だろうという気がした。


「物書きに見えるかい? この手で?」


 ごつごつと節くれ立った手を突き出しながら、男が言った。


 勿論そうは見えない。第一体が逞しすぎる。


「あんたが場違いなんで気になっただけさ。こんな安居酒屋でコップ酒を飲るインテリさんてのも珍しいんでね」


 私としては珍しいことではなかったが、その店で飲むのは初めてだった。


 私の酒が運ばれてきた。


「なあ、面白い話があるんだけど。聞きたくないかい?」


 男の手元には酒がない。私のコップに目を据えながら、男は言った。


「一杯飲ませてくれたら、聞かせてやるんだけど」


 何故そんな気になったのか、分からない。私は多分面倒臭かったのだろう。

 男の雰囲気に、若干興味を持ったせいかもしれない。


 手元に置かれたばかりのコップ酒を枡ごと押しやりながら、私はもう一杯熱燗を注文した。


 男は嬉しそうに熱燗を手に取ると、コップを口に運んだ。


「悪いね。ついでと言っちゃ何なんだけど、何かつまみも貰えるとありがたいんだが。何、冷奴で良いんだ」


 私はカウンターの中の主人に、目で注文した。


「話せるね。俺の名前はね、須佐っていうことで覚えておいて。この辺じゃ顔が売れてるから」


 男の冷奴が出て来た。


 須佐と名乗った男は、削り節と生姜の上からたっぷり醤油を掛け回し、豆腐に箸をつけた。


「血圧高いんだけどねえ、醤油の味が好きなんだよ」


 骨太のごつごつした手の割には、器用に箸を遣って豆腐を口に運んでいた。


「あんた歴史は好きかい? 好きだろ? 好きそうな顔をしてるよ。俺の家は旧い家系でね。代々伝わる言い伝えってのがあるんだよ。――安倍晴明って、興味ないかい?」

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