第50話 ずっと続いていく

「桐生君、ちょっといいかな?」


 二年になった桐生と加佐見は、再び同じクラスになった。

 そして、彼らの元には連日、学校の生徒から相談がもちかけられる。


「なんだ?」

「あの、二組の鈴木さんとデートがしたいんだけど、どう誘ったらいいかなって」

「普通に誘えよ。遊んでくれって」

「いや、そうなんだけど、話したこともなくってさ。桐生君ってなんでも相談に乗ってくれて、なんでも答えをくれるって評判だったから」

「俺は全知全能の神様じゃねえぞ。でも、話したことがないならきっかけを作れよ。別に同じ学校の生徒なんだから、話しかけることくらいで不審がるやつはいないだろ」

「そ、そうだね。でも……」

 

 困ったことがあれば桐生に聞け。

 これがこの学校での不文律というか、暗黙の了解のように広まっていた。


 桐生も、人の為になにかしたいと考えていたので甘んじてその立場を受けたものの。

 しかしもちろん、桐生に乗れる相談にも限りはある。

 

 だから、そういう時は加佐見の出番。


「蓮、そんなにみんなコミュ力があるわけじゃないよ。ねえ君、名前は?」

「あ、俺は近藤だけど」

「近藤君、鈴木さんはちなみに今、付き合ってる人はいないみたいだけど。この前話したら髪の短いさわやか系男子がタイプって言ってたかな。まずは髪切って、そんでさりげなく声かけてみたら? やっぱり第一印象って大事だからね」

「そ、そうなんだ。わかった、今日散髪行ってくるよ。ありがとう」


 安藤の時とは違い、学生の悩みなんて大したことないものが大半。

 恋愛、勉強、部活。

 そんなことでの些細な悩み。


 そんな悩みでも、当人にとってはそれがすべて。

 だから真摯に向き合って、丁寧に対応している。


「助かったよ千雪。俺、恋愛相談は向いてないから」

「フフッ、知ってる。でも、うまくいくといいよね」

「まあ、全員の恋愛がきれいにうまくいくなんてことはありえない。だから期待を持たせるようなことは言えないけど」

「あ、また人がきたよ」


 梅雨が明けて夏休み間近のこの日は、夏休みに向けてということもあってか放課後も恋愛の相談が絶えなかった。


 皆、せっかくの長期連休を好きな人と過ごしたいという気持ちでいっぱいなのか。

 やってきたのは控え目な女の子だ。


「あの、私好きな人がいるんだけど」


 一言目を聞いて、またかとうんざりする桐生を差し置いて、加佐見が前のめりの対応する。


「ねえ、その子って誰なの?」

「……安藤君」

「え、安藤君?」


 桐生達とはクラスも違い、そしてすっかり噂にも上がらなくなった安藤。

 ただ、彼の過去が消えたわけではない。


 言わなくなっただけで、皆安藤のことを嫌ってはいる。

 だから安藤に恋する女子もいないと思っていただけに加佐見も慌てる。


「うん……昔から彼のこと、好きだったの。でも、彼は酷い人だったってわかって、ちょっと冷めかけたけど。最近の彼を見てたらすごく反省してるみたいだし、やっぱり悪い人じゃないのかな、とかね。思ってたら私が支えてあげたいって……変かな?」

「全然変じゃないよ。一途って素敵だし。ね、蓮」

「俺に聞くなよ。それに、安藤と付き合うっていうのがどういうことか、覚悟あるのか?」


 敢えて厳しいことを桐生はいう。

 今の安藤と仲良くするということを生半可な気持ちで考えているならと、鋭く女子を見ると彼女は目を逸らさずに桐生を見返す。


「私、安藤君のことは昔から知ってる。昔は気さくで楽しくて、なんでも知っててほんとに楽しい人だって思ってた。でも、中学の頃から変わっちゃって。私、何度も彼に話をしようとしたけど、できなかった。派手に遊んで悪いことして、それでも彼がそうしたいならって、勝手に割り切って遠くで見てた。でも、ほんとに好きなら彼が困ってる時こそそばにいないとって、ようやく思えたの」

「なんとまあ律儀な性格だな。ま、そこまで言うなら止めない。あと、安藤はいつも放課後になったら図書室の奥の机で一人、読書してるよ。行ってみたらいいさ」

「……桐生君のこと、正直恨んでるのも事実なの。安藤君があんな風になったのはもちろん自業自得ってわかってるけど、だけど」

「言わなくていい。俺は褒められることなんか何もしてない。だからそう思われて当然だよ。ていうか名前、なんていうんだ?」

「私? 森だけど」

「森さん、ね。まあ、普段ならあんまりこういう励ましは言わないけど、うまくいくことを祈っておくよ」

「……ありがと。じゃあ、またね」


 森はそのまま、桐生に聞いた通り図書室を目指して教室を出て行った。


「やれやれ、これで色々落ち着くな」

「え、そうなの? だって、安藤君が彼女を受け入れるかどうかもわかんないし」

「これは勝手な想像、弱ってる時に寄り添ってくれる女に男は弱いもんだよ」

「ふーん、経験則じゃないの?」

「……俺は弱ってない」

「あはは、そっかな。いつも泣きそうな顔してたけど」

「自分だってよく泣いてたくせに」

「そだね。でも、涙で流せるのは自分の悲しみだけ。他人の不幸や苦しみまで洗い流せないなら、泣く意味なんてないよ」

「たまには自分の悲しみも洗い流さないとパンクするぞ」

「もう、悲しいことなんて何もないから。蓮は?」

「……そうだな。楽しいことばっかりだ」


 強がりではない。

 心の底から、そう思える。


 桐生は、窓の外を見ながら少し笑う。


「どうしたの蓮?」

「いや、幸せだなって」

「何よ急に」

「好きだよ、千雪」

「……嘘つき」

「何がだよ。嘘なんて別に」

「ううん、嘘。私のこと、大好きなくせに」

「……ああ、そうだった。大好きだよ」

「ふふっ、蓮は嘘も強がりも下手なままだね」

「もう嘘をつく必要がないんだからいいだろ」

「だね」


 嘘だらけの日常を過ごしてきた二人にとって、今はまさに嘘みたいな平和な日々。


 でも、これが嘘ではなく現実なんだと。


 そう、確かめるように教室の隅で互いの手を握って。


「誰もいないから、いいかな」

「……うん。蓮、大好き」


 教室の片隅でキスをした。


 ちょうど、涼しい風が二人に吹き付けて、加佐見の髪が舞う。


 髪をかき分けながら微笑む加佐見に、桐生はまた「大好きだよ」と。


 二人で見つめ合ってから、二人でまた窓の外を見る。


 とても綺麗な青空が広がっていた。




おしまい


エピローグへ続く

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