第二十二話 Ⅲ 平和の盾となれ

 学校の校舎の地下には一つだけ開かずの扉がある。

 そんな噂を数年前にダニエルは聞いていた。紛争経験者が多数いた鉄工所は気骨のある男達が多く、飲み会となると自分達の紛争時代の武勇伝を語っていた。軍隊経験もなければ格闘技の心得もない地元でのほほんと育った少年達だった彼らにとって、手探りで国と企業を相手に戦って勝利した紛争は酒の肴には十分すぎた。

 バークヒルズを建てた時、リヴォルタには内緒で学校の地下に避難所を作ったと男達は言っていた。スティーブの父親のイワンもその中の1人だ。もしもリヴォルタが裏切ってバークヒルズを襲うなんてことがあった時、子供達を守れるようにとのことだ。

 学校の地下室は3部屋あって、そのうち2部屋は給食として出す食材の倉庫とたまにしか使わない備品を置いておく倉庫だ。残り1部屋は他の2部屋とは全く別の場所にある。仕掛け扉からしか出入りすることができなくなっており、仕掛けの外し方は学校の職員だけが知らされている。「鍵を開ける」という隠語はこの仕掛けを外すという意味なのだ。

 子供達の地下避難所への誘導が完了したダニエルは避難所の奥から非常時用の武器をありったけ装備し、避難所を出て行こうとした。

「ダニエル君。何をする気なんだ?」

 校長がダニエルを引き留める。

「校長先生、俺は地上に戻ります」

「何を言っているんだ!?」

「万が一この避難所がバレたらどうします? 仕掛けの仕組みは単純だ。もしバレたら袋のネズミです。俺は地上に戻って敵を引き付けます」

「バカなこと言うんじゃない!」

 校長はダニエルの腕を掴んだ。

「私にとっては君のような問題児も大事な教え子だ。さあ、来なさい!」

「先生!!」

 ダニエルは腕を振り払った。

「俺はもう後悔したくないんです」

 ダニエルの脳裏にはデモの日のニッキーの軽蔑するような目が浮かんでいた。アマンダを置いて逃げようと言ったことをダニエルはずっと後悔していた。女子達がアマンダの味方でいようと鉄工所へ残ると言ったのに、男の自分が尻尾を巻いて逃げようとした。あの時のニッキーの目が忘れられない。

「いざという時に動けない人間が一体誰を守れるっていうんですか。俺は、口先だけで平和を願うだけの寝惚けた輩にはなりたくない」

 ダニエルは呼び止めようとする校長を無視して避難所を出て扉を閉めた。階段を上がって、仕掛け扉を元に戻す。ダニエルは正面玄関へ向かった。

「機関銃だろうがなんだろうが何でも来やがれ!!」

 ダニエルは叫びながら銃を数発空に向けて撃った。それを聞きつけた連中が続々と集まってきた。敵の残党は人数的にはそれほどでもない。だが、機関銃を持ったCOCOの黒服の男も2人生き残っている。あとは一般市民だ。

「的になりたいやつがあそこにいるじゃねえか」

「面白え。やっちまおうぜ」

 校庭に一台の車が侵入してきた。窓からグレネードランチャーの銃口が見えていた。

「おいおい。何だあの武器は。どっから持ってきたんだ、あんなもん」

 さすがのダニエルもグレネードランチャーは警戒した。グレネードランチャーなどという高価な武器を見ただけで判別できる人間はバークヒルズにはそういない。武器マニアのアトラスか鉄工所の人間だけだ。それだけのものを持ち出すということは、相手もそれなりに本気ということだった。

 だが、ビビッている暇はない。

「行くぞ!! こらあ!!」

 ダニエルは走り出した。敵との距離をぐんぐんと縮めていく。敵は一斉に銃を撃ってくる。

「おいこら、ちゃんと狙わねえと当たらねえぞ!!」

 ダニエルの50m走の記録は学校に行かなくなる前の最後の記録の時点で7.2秒だ。銃弾から逃れるため、右へ左へジグザグに走行していても簡単に命中する速さではない。

 ダニエルは右腕の袖に隠し持っていたスパナで敵の一般市民の頭をガツンと叩く。敵は一発だけで見事に倒れる。敵は腰に手榴弾を括りつけていた。ダニエルはそれを2個もぎ取る。

「おらおら、こんなもんか!!」

 ダニエルは次々と敵の一般市民の頭をスパナでぶん殴り、気絶させていった。一般市民達は勝ち目がないと見て悲鳴を上げながら逃げ出す。

「敵に背中向けてんじゃねえぞ!!」

 ダニエルは一般市民達を追いかけ回す。

「早く撃てよ!」

「あんなん狙えねえよ!!」

 車の中がごたついていた。ダニエルはそれを見逃さなかった。

「お前らも何ためらってんだ! ド素人共!!」

 ダニエルは車に向かって空高く手榴弾を放り投げた。

「おい! 来るぞ! 撃ち落とせ!!」

「だから! あんなの正確に狙えるわけないんだってば!!」

「逃げろ! 逃げろ!」

 アクセル全開で車が前進する。それを待っていたかのようにダニエルがもう1個の手榴弾を車の下に滑り込ませる。

 ドオォォン!!

 車が天高く跳ね上がった。手榴弾がエンジンを破壊したのか激しい爆発が巻き起こる。車は天井を下にして燃えながら地面に着地した。

 ダニエルは立ち止まった。息を切らしていた。

「俺だってな、やる時はやるんだよ」

 ガガガガガ!!

 ダニエルは自分の身に何が起きたかわからなかった。最後に感じたのは胸の衝撃だ。

 正面で黒服の男が自分に機関銃を向けているのが見えた。

「ここまでか……」

 全身に力が全く入らなかった。衝撃に煽られ、仰向けに地面に倒れ込もうとする。が、途中で太くてゴツゴツした腕に支えられ、ダニエルは地面に頭を打たずに済んだ。

「ダニエル・デン。よくやった」

 それは元報復部隊のテリーだった。

「ここからは俺達の専門だ」

 テリーはダニエルをゆっくりその場に寝かせた。

「頼む……」

 ダニエルの言葉にテリーは力強く頷く。ダニエルはそれを見ると安心してまぶたを閉じた。

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