第七話 戦う意思

 ガンホルダーが砂埃を立てて床に転がった。バティラ兄弟は驚いた顔でそれを見た。

「本気か、お前」

「だったら臨むところだよ!」

 バティラ兄弟がアマンダに拳を向けてきた。瞬間、アマンダも二人の顔面目掛けて飛びかかった。

「うおおおおお!!」

 アマンダに続きデモ隊もバティラ兄弟を取り囲み素手で応戦した。

 もみくちゃになってバティラ兄弟を殴りつけるデモ隊とアマンダ。しかし、バティラ兄弟は訓練を受けたギャングの一員だ。どれだけ殴られてもびくともしない。次々と繰り出される総攻撃をかわし、デモ隊を一人ずつノックアウトする。アマンダもトマスに突き飛ばされてスエックに蹴りを入れた。スエックの膝がアマンダの背中を強打した。

「がはっ……!」

 アマンダは倒れそうになるのを踏ん張りもう一度バティラ兄弟に殴りかかった。倒れたデモ隊のメンバーも力を振り絞って立ち上がる。

「お前ら何やってるんだ!」

 突如、グレイブがシャッターを壊す勢いでこじ開けて中に入って来た。惨状を目の当たりにして激昂していた。

 グレイブはバティラ兄弟を取り囲んで殴りつけているデモ隊を強引に突き飛ばしてバティラ兄弟の前に躍り出た。報復部隊の隊長に気付きデモ隊はさっと鎮まった。バティラ兄弟もグレイブと気付くや否や顔面蒼白になり固まった。

 グレイブは思いきりバティラ兄弟の頬に鉄拳をぶち込んだ。バティラ兄弟のデカい図体が吹き飛んだ。

 デモ隊は声を上げることすらできなかった。グレイブがゆっくりとデモ隊の方へ向き、一人一人と目を合わせる。そして、最後にアマンダを見た。

 アマンダは肩で息をしていて何も話せなかったが、ぎっとグレイブを睨み返した。

「そうか、お前達。覚悟はできてるんだな」

 グレイブは倒れているバティラ兄弟に軽く蹴りを入れて無理矢理立たせた。

「首を洗って待ってな」

 グレイブはバティラ兄弟を連れて出て行った。

「はあ……」

 アマンダは気が抜けてその場に倒れた。近くにいたニッキーが慌てて体を支えアマンダが頭から崩れ落ちるのを防いだ。

「アマンダ!」

 ニッキーはアマンダの体を受け止めると深刻な表情を仲間達に向けた。

「こんなに体が軽いだなんて……」

 アマンダの体はコピアの影響で一時的に衰弱した。その後、ギャングに入って体を鍛えある程度の筋力は取り戻したが、それでもバークヒルズの同年代の女子の平均体重をはるかに下回っていた。

 ニッキーはベンチにアマンダを寝かせ、女子達が砂埃を被った布をはたいてアマンダにかけた。

「こんな体になってまでギャングにいなくても……それともこれはコピアの悪影響なのかしら……」

 ニッキーはアマンダの顔の傷を自分のハンカチで拭いながら言った。女子達はアマンダの周りに集まって来た。

「アマンダ、ここに来てくれてありがとう。もしあなたがいなかったら私達バティラ兄弟に立ち向かえなかった」

「そうよ。アイツら、いつも誰かをバカにして気に入らないと暴力を奮って、ずっと嫌いだったのよ」

「でも相手は男子だしギャングにも入ったし、抵抗なんてできなかった」

「あなたのおかげで今までのお返しができたのよ」

 女子達はアマンダを称えるムードになっていた。ギャングに入ってから嫌味を言われたり距離を置かれたりすることばかりだったアマンダはそれをどう受け止めればいいのか困惑した。それに、今後のことが気が気でなかった。

 このデモは集まって主張するだけのうちは平和的な活動として処罰の対象ではなかった。一般的な住民トラブルと同じ扱いでアトラスの管轄だった。しかし、アマンダが加わり、しかも暴力沙汰になったことで事態は急変した。デモ隊が暴徒と化し、それを扇動しているのがアマンダとなれば、それは住民とギャングの対立では収まらず、アマンダの勢力とグレイブの勢力の抗争ということになる。今頃グレイブはデモ隊討伐の人員を集めているはずだ。

「あれってこれから報復部隊が全員で俺達を殺しに来るってことかな」

 男子達はアマンダと同じ事を考えていた。

「そんなわけないよ! 俺達、デモをしてるだけなのに」

「だけど、バティラ兄弟とケンカになったのはたしかだし……」

「あれはアイツらの方からけしかけて来たんじゃないか」

 ギャングに直接的に被害を受けたことのある男子達の怯えようは女子達とは違っていた。ここにいては危ないと判断し、すぐに逃げようと準備を始めた。

「今すぐ帰ろう。ここにいたら全員殺される!」

 そうこうしていると、二発の銃声が外に響き渡った。何事かと全員が聞き耳を立てる。

「おい! ダメだ!」

 男子の一人が裏口から慌てて戻ってきた。

「俺の馬車の馬が撃たれた!」

「何だって!?」

 男子達は裏口から出て行き、馬車を止めていた場所へと走って行った。

「ここにいたら危ない。私のことはいいから皆は帰って」

 アマンダは上体を起こして女子達に呼びかけた。女子達はアマンダの手を握って首を横に振った。

「いいえ、私達はここに残る」

「あなたを置いていくなんて絶対しない」

「そうよ。私達はもう逃げない」

 アマンダは手を振りほどいて叫んだ。

「ダメ! こんなことに巻き込むわけにはいかないの! 早く行って!」

「ニッキー!」

 その時、ダニエルが裏口から戻ってきた。走ってきてニッキーの両肩に手を置き、諭すように言った。

「何してる。早く逃げろ。もうそこまで報復部隊が来てるんだぞ」

 ニッキーはダニエルの目を真っ直ぐ見つめ返して言った。

「私達はここに残る。アマンダ一人に全てを背負わせない」

「何言ってるんだ! ここにいたら全員殺されるかもしれないんだぞ!」

「そうよ、ニッキー! 逃げて!」

 ダニエルもアマンダも必死にニッキーや他の女子達を説得しようとした。だが、彼女達の決意は固かった。

「私達はいつまでこうやってギャングに怯えて生きていくつもりなの? こんなに弱くなったアマンダが一人で戦っているのに、私達は何もしないつもりなの? ねえ!」

 ニッキーが声を荒げて、ダニエルの腕を振りほどいた。

「こんな事がしたくてデモを始めたんじゃない……!」

 ダニエルの目には涙が溜まっていた。ニッキーはその姿を見て失望したと言ったように目を背けた。ダニエルがニッキーを置いて出て行こうと背を向ける。

 バーン!

と、ダニエルの背後から一発の銃声が聞こえた。ダニエルが振り向くと、アマンダのそばにいた女子の一人が脇腹から血を流して倒れるのが見えた。

「クロエ!」

 ニッキーが撃たれた女子を抱え上げて叫んだ。シャッターが壊され、外から報復部隊がなだれ込んできた。アマンダは投げ捨てたコピアガンを拾いに走り、何も考えずにコピアガンを撃った。


*     *     *


「ジョン! 早く起きろ! ジョン!」

 ジョンはものすごい勢いで腹を叩かれて目を覚ました。ベッド脇には必死の形相のアトラスがいた。ジョンは驚いて跳ね起きた。

「何してるんすか、アトラス兄さん」

「アマンダが危ない。お前は武器と薬を持ってアマンダの所へ行け」

「アマンダがまた何かしたんすか?」

「デモ隊を率いてバティラ兄弟に攻撃を仕掛けた。グレイブがそれを止めたんだ。これから大々的な攻撃が始まる」

「はあ!?」

 ジョンはあまりの急な話に声を上げてしまった。

「でも、俺でいいんすか? 俺は略奪部隊だし……」

「何を言っているんだ。そんな事、君には言わなくてもわかると思っていたが」

 ジョンは言葉に詰まる。

「グレイブとアマンダ、どちらか一人しか選べないなら、どちらを選ぶかは明白だろ?」

 ジョンは考えるまでもなくベッドから立ち上がり、身支度を始めた。その目に迷いはなかった。


*     *     *


 時は数ヶ月前に遡る。アマンダがビアンカを守るためにコピアガンを撃った翌日のことだった。まだ多くの住民にはそのことは知らされておらず、ギャングの内部にも噂すら広まっていなかった。

 ジョンはいつも通りに略奪品の整理をして倉庫に保管する業務に取り掛かっていた。初めの頃は体力的にも精神的にも辛い仕事だったが、慣れればどうってことない通常業務となっていた。

 夕方になり、一通りの業務が片付くと、倉庫にバークが現れた。

「ジョン、飯食ったら俺の部屋に来い」

 何の前触れもなくバークはジョンに直接命令を告げに来たので、ジョンは不審に思った。だが、逆らうわけにもいかないので、夕飯を手短に済ませるとすぐにバークの部屋へと向かった。

 その途中でギャバンと一緒になり、バークの部屋へ着くと、アトラスも入ってきた。

「お前は呼んでねえぞ」

 バークはアトラスを部屋に入れまいとするが、アトラスは足を扉にひっかけて閉まらないように抑えた。

「僕に隠し事ができると思う?」

 アトラスの目に見つめられ、バークはやれやれと肩を竦めて扉から手を離した。

「お前は本当にユリーカにそっくりで気味が悪い」

「そりゃどうも。僕には全く自覚がないけどね」

 アトラスは堂々と中に入って、ジョンが座っているソファの背もたれに腰かけた。

「それで、話って何?」

 アトラスはまるで自分が呼ばれた人間かのようにバークに話を促した。バークもギャバンもそのやり方を叱ることもせず、話を始めた。ジョンは幹部とボスが目の前で話していることに緊張していたが、顔には出さなかった。

「昨夜、アマンダが二人殺した。しかも武器はこのコピアガンだ」

 バークは胸のガンホルダーからコピアガンを出し、ドンッとローテーブルに置いた。

「アマンダが……人を……?」

 ジョンは理解不能な発言に言葉を繰り返した。あの元気で明るいアマンダがどうしてそんな物騒なことになったのか全くわからなかった。

「ビアンカを犯そうとした男二人だ。馬車で立入禁止区域に入って行ったのを追いかけて、落ちてたコピアガンで撃った。周りには立入禁止区域の新種のバッファローがいて、コピアガンナーが追っ払っていた」

 バークの話を黙って聞き、頭の中で整理をしようとした。だが、そんな事を聞いて素直にはいそうですかと納得する人間がどこにいるだろうか。

「アマンダは今どうしてるんですか?」

「コピアガンの後遺症で寝込んでる。相当衰弱しているようだが生きてはいる。目が覚めたら、もう普通の生活には戻らせない。ギャングに入れて、俺が面倒を見る」

 最後の言葉にジョンは落胆した。アマンダがギャングに入るだなんて、こんなに辛い事があるだろうか。確かにアマンダは男子と負けず劣らず体力があって元気だった。だが、それは子供の頃の話だ。これからは女子より男子の方が体が成長し、どれだけ素質があっても差は開いていく。おまけにコピアガンの後遺症で体はボロボロのはずだ。

「ジョン、お前、ガキの頃アマンダと仲良かっただろ。お前がアイツの世話をしろ。鍛えさせ、ギャングの掟をしっかり教えるんだ」

 そのために自分は呼ばれたのだとジョンは理解した。大勢いる姉妹の中でも最も仲が良く大事な妹のアマンダのためだ。アマンダを守ってやれる任務をジョンは快く引き受けた。

「わかりました。俺が必ずアマンダを立派に鍛えてやります」


*     *     *


 二発の銃声が町中に轟いた。アトラスとジョンは武器庫から手頃な銃と弾薬を探して木箱に詰めている最中だった。ギャング病院の倉庫から取って来た消毒液や痛み止めの薬、ガーゼ、包帯は既に馬車に積んである。病院の備品を勝手に持ち出したことがジェシーにバレたら相当きつく締められるだろうとジョンは内心ビビっていたが、あとのことはアトラスに任せて知らんぷりを決め込もうと思った。ジョンは早く行かなければ取り返しのつかないことになると焦っていた。アトラスも木箱を担いで馬車へと走った。

「これだけあればなんとかなるだろう」

 ジョンは木箱を馬車の荷台に乗せて扉を閉める。馬車に繋がれている馬はジョンの愛馬のジークフリートとスプラッシュだ。

「コイツら、馬車引くのなんて初めてですけど、大丈夫っすかね」

「頭もいいし、主人思いだ。この子達なら頑張れるよ」

 ジョンはスプラッシュの顔を撫でてやる。スプラッシュは早く行こうとでも言うように小さくいなないた。

 また一発の銃声が聞こえてくる。ジョンとアトラスは鉄工所の方角を見た。夜の闇をさらに真っ暗に覆いつくす黒煙が上がっていた。

「この様子だと鉄工所に行ってももう無駄かもしれない」

「それじゃどうするんですか?」

「うろたえるな。アマンダが逃げそうな所へ行くんだ。誰にも邪魔されない隠れ場所に」

「そんなとこ……」

 スプラッシュが再びいなないた。ジョンはそれで合点がいった。

「アマンダが行きそうな所といったら、あそこしかないっす」

 ジョンは馬車を出発させ、町の外へと急いだ。


*     *     *


 黒煙に包まれた女子達はクロエの傷口を抑えようと奮闘していた。ワンピースの裾を破いてガーゼ代わりにするも血は止まらず、クロエは冷や汗をかいて荒い息をしていた。

「何かもっと血を吸わせられる物はない!?」

「待って、何かないか探すから!」

 アマンダもシャツを破いて与え、ポケットをまさぐって何かないか探した。古びた紙切れが出てきて広げた途端、アマンダは固まった。それはいつかの折にバークの部屋から勝手に持ち出したウェイストランドの地図だった。

「それ何?」

 不審に思ったニッキーがアマンダに小さい声で聞いた。

「ウェイストランドの地図」

 何かを察したニッキーはアマンダにそれをしまうように言った。

「それは取っておいて。止血に使えそうな物は他から探すから」

 アマンダは紙切れを畳んでポケットにしまった。

「アマンダ、この黒煙は何なの?」

クロエの手を握っていた女子が顔を上げる。

「これは大丈夫。危険はない。15歳未満の人はいないよね?」

「あなただけよ、アマンダ」

「そっか。この黒煙は煙幕みたいなもの。隠れられる場所に向かって動いてる」

「この黒煙、私達をどこかに運んでるの?」

 黒煙が猛スピードで広がり、中にいるアマンダ達を高速で移動させていたが、中からはその速度が伝わらなかった。

「報復部隊が来られなさそうな所よ」

 黒煙はアマンダ達を包み隠し、更地を駆け抜けていた。四方八方に広がった黒煙はアマンダ達の居場所を特定させず、誰もいない場所まで来てから消えた。アマンダ達は黒煙が消えてからやっと自分達がどこにいるのか知った。遠くまで広がる更地の真ん中に枯れた大木がある。枝の間には小屋が乗っている。それはアマンダとスティーブとジョンしか知らない枯れ木小屋だった。

「何かないか見て来る」

 アマンダは木に登って小屋に入った。もろくなった床板に穴が開いてずぼっと足がはまり込んだ。アマンダは足を上げて床板から抜け出て、慎重に足場を選んで小屋の薬棚の引き出しを開けた。

 アマンダは時間がないので片っ端から消毒液と黄ばんだガーゼを真下に落とした。女子達がそれをキャッチする。

「ねえ、それ何?」

 クロエが木から降りたアマンダに聞いた。

「この木の上に残されていた消毒液やガーゼ。父さん達が昔使っていた物の残りだと思う」

「そんな古い物なの? それ、大丈夫?」

「大丈夫、私、使ったことあるから」

「嘘でしょ! ちょっと、やめて! そんな怖い物かけないでよ!」

 女子達は消毒液を逆さにして何度も振ったが何も出て来なかった。

「ダメ。全部空だ」

「ないの? どうしてよ! 私はどうなるの!?」

 クロエは痛みと恐怖で思考がめちゃくちゃだった。

 女子達は黄ばんだガーゼで傷口を塞ぎ、ボロボロの包帯で固定した。数分後、血は止まったようだった。クロエは少し落ち着いてきた。銃弾はクロエの脇腹をかすめただけで大事には至らなかった。銃で撃たれた経験がないため動揺したが、ひとまず問題ないとわかり一同はほっとした。

 女子達がクロエの治療で一致団結している間、ダニエルは離れた所で震えながら遠くの空を見ていた。あの時、あの場にいた全員をアマンダは黒煙に包んで連れてきた。が、ダニエルはここに連れてこられたことをよしとは思っていないだろうとアマンダ達は思った。

 ニッキーがダニエルの隣に立つ。

「アンタ、帰った方がいいんじゃない?こんなことに巻き込まれたくないでしょ」

 ダニエルは案外冷静に返事をした。

「そりゃあね。でも、帰り道がわからない」

 ニッキーは何も目印になるものもない辺りを見渡して苦笑した。

「そうね。さっぱりだわ」

「俺、ここにいていいのかな」

「いいんじゃない? あの場にいても死ぬだけだった」

「アマンダは逃げようとした俺のことまで守ってくれた」

「そうね」

 ダニエルは何かを思って自分の拳を握りしめた。

「俺もアマンダのためにできることをするよ」

 ニッキーは何も言わなかったが、ダニエルにはそれが了解の合図だとわかっていた。

 ニッキーとダニエルは黙って地平線を眺めていた。バークヒルズの近くにこんな場所があるとは知らなかった。見晴らしがよくて静かなこの場所はなんだか心が落ち着くような気がした。


*     *     *


 アマンダ達が枯れ木小屋へ来てから数十分は経っただろう頃、砂埃を立てて一台の馬車が向かってきた。ニッキーとダニエルは一瞬身構えるが、馬車を引いているのがジークフリートとスプラッシュだとわかるや否やアマンダが真っ先に走って馬車へと向かって行った。

「ジョン!」

 馬車に乗ったジョンにアマンダは声をかける。ジョンは怒りたいやら安心したやらで気持ちはぐちゃぐちゃだったが、一言返事をした。

「ああ」

「クロエが撃たれたの。ジョン、診てくれる?」

 ジョンは馬車から降りると、素早く荷台の木箱を出してクロエの横に座った。

「血は止まったのか」

「なんとか止まったけど消毒液がなくて……」

 ジョンは傷口を塞いでいるガーゼを外して患部を診る。銃弾を掠めただけの傷口は幸いにも浅く、これなら軽く応急処置をするだけで済むので自分でもできると判断した。

「安心しろ。この程度なら問題ない」

 略奪部隊でジョンはこれよりもひどい傷を何度も応急処置してきた。怪我がつきものの略奪部隊に入っていてよかったとジョンは思う。

 ジョンが持ってきた消毒液をかけ、清潔なガーゼと包帯を巻いた後、クロエはやっと安心して溜息をついた。

「ありがとう、ジョン」

 ジョンは頷いた。クロエは緊張が解けたのか目を閉じて眠り始めた。

ジョンは立ち上がり、後ろで屈んで見ていたアマンダに立ちはだかった。

「で、お前はこれからどうするつもりなんだ?」

 ジョンの気迫にアマンダは一瞬気圧される。

「この事態はデモ隊が招いたんじゃない。お前が招いたんだ。ここにいる女子やダニエルを巻き込んで、お前はどうするつもりなんだ?」

「私は……」

 アマンダが言おうとするとそれを遮るように女子達が口々に言った。

「ちょっと、心外ね。私達、アマンダに無理矢理連れて来られたわけじゃないのよ?」

「アマンダと共に戦うと誓って自分の意思で鉄工所に残ったんだから!」

「何でもかんでもアマンダのせいにしないでよね!」

 女子達の身勝手な言い分にジョンは腹を立てた。

「生意気言ってんじゃね! ギャングと戦うのがどれだけ危険かお前らはわかって言ってるのか!? しかも相手は報復部隊だぞ! 大人しく言う事聞いてりゃ生きていられるのに、何で無駄に盾突こうとするんだよ!」

 その言葉にはアマンダもついカチンと来てしまった。

「どうしてそんな事言うの!? この人達はスティーブのために集まったのよ! アンタは今まで何してたのよ! 遺体を埋める時だって、気分が悪いとか言って来なかったじゃない! そのアンタがどうして私達をそんな風に言えるのよ!」

「俺だって行きたかったさ! でも行けなかった! お前は遺体の状態を見てないだろ! 俺は……俺はアイツの死に顔目の前で見てるんだよ!」

「だったらなおさらどうして黙っていられるの!? どうしてこんなやり方はおかしいって言えないの!?」

「お前の方こそ何なんだよ! どうして命令でもないのに人を殺したお前がそんな事言えるんだよ! ビアンカが危ないからってお前が人を殺すことなかっただろ!」

「……どうして今それを言うの?」

 アマンダは溢れる涙をボロボロこぼして泣いた。ジョンもさすがに言い過ぎたと思ったのか何も言い返さなかった。

「あの時は夢中だった……こんなことになるなんて思わなかった……」

 泣いているアマンダの肩をニッキーが抱きしめた。女子達はアマンダを囲んで敵意むき出しでジョンを睨みつける。

 ジョンは女子達の冷たい視線に射抜かれ、徐々に頭を冷やしていった。ここで言い争っても事態はよくならない。何のためにジョンが来たのか、女子達にもきちんと話をするべきだった。

「なあ、お前ら。俺が怒鳴りつけるためにここまで来たと思ってるなら、それは違うぞ」

 頭に血が上っていたジョンは少しだけ平静を取り戻し、言いながら馬車に積んだ木箱を下した。

 蓋を開けると中には大量の銃と弾薬が詰まっていた。

「お前らがその気なら俺は手を貸す。覚悟がねえなら帰りな」

 一同は黒光りする武器の存在感に身を強張らせた。これを取ったらその時は本当にもう後戻りできない。だが、その価値があると全員が思っていた。

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