ある男の33の思い出

1、海に行きたい

「海に行きたい」


雪が舞い散りそうなほど凍える日の夕方に

幼馴染が酔狂を言い出したとしても

それはいつものことで


「いいぜ、行こう行こう」


もうひとりの幼馴染が真っ先に調子を合わせ

ふたりで盛り上がるのも

それはいつものことで


「お供します」

「僕も一緒していい?」

「あっはっは。まったく君たちは飽きないねえ」

「なんだよ、俺らもまぜろよ」


あっという間に人数が膨れ上がって

悪ノリを助長させるのも

それはいつものことで


寒風吹きすさぶ海岸で

アイスを噛っては悶えている同級生を

無表情で眺める彼をなだめるのも

もうひとりの幼馴染の役目で


「いちいち怒るなよ、オレはもうすぐいなくなるんだし」


そういえばこいつは

いつの間にか彼女のことを

愛称で呼ばなくなった

彼が脅したわけではないのだが


「楽しみにしてろよ。北高に行ったらよ、あっという間に櫻花乗っ取ってやるからよ」


いつも一緒だった三人の輪から

外れることをどうして選んだのか

薮蛇になるから絶対に問わない


「あのバカ止めてよ。泳ぐとか言ってんだけど」


彼女に腕を取って頼まれると

めんどくせぇなあとぼやきながら

波打ち際へと走り出す

こいつは結句下僕体質なのだ


遠ざかる背中を見送り

彼女は寒そうに肩をすぼめて

ついでのように

彼の手を握った

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