第31話 消えてしまった小さな光
この世には二種類の人間がいると思う。自分の創ったものを人に見られたくない人と、すぐに人に見せたくなる人だ。
わたしは意外にも、後者だった。
坊ちゃんの部屋での上映会を終えた次の日に、わたしは上映セットを持って教会へと向かった。
(お人形ちゃんは喜んでくれるかな? 無垢なメイドさんも、アニメを見るのは初めてだろうから、びっくりするだろうな)
自然と早足になっていた。でも急いだところで、無垢なメイドさんのお祈りが終わるまで上映なんてできないのだ。
教会の中では、無垢なメイドさんがいつも通りお祈りをしていた。その近くの椅子で、お人形ちゃんが大人しく座って待っている。
わたしは教会を見回して、上映する場所を探した。光源が祭壇上の窓だけなので薄暗く、壁は白く塗られている教会は映写しやすい場所ばかりだ。
わたしはその中からとりわけ暗い場所を探して、アタッシュケースを開けた。
すると、お人形ちゃんが近くまでやってきて、アタッシュケースをじっと見つめ始めた。子供からすれば、色々な物が入っているアタッシュケースは、宝箱みたいに見えるのかもしれない。
(アニメを見たら『本当に宝箱だ』とか思ってくれるかも)
淡い期待を胸に抱きながら、映写機の光を壁に当てる。
お祈りが終わったのか、無垢なメイドさんも近くまで来ていた。そして、お人形ちゃんと一緒にわたしの手元――アタッシュケースをじっと見つめている。
「えっと……こっちじゃなくて、あっち……」
光の当たる壁に二人の視線が向くのを待って、映写機を回した。
最初に映るのはお人形ちゃんがモデルのお姫様だ。デザインは虹色の瞳の女の子に変えたので、モデルにしたのがバレることはないだろう。
一度動き始めると、お人形ちゃんの目はくぎ付けになった。最初は無垢なメイドさんを呼んで壁に近寄ったり、壁に触ったりしていたけれど、今はアニメの映る壁を、近くでじっと見つめている。
わたしの世界でお母さんの前でやったら、怒られる近さだ。
物語は順調に進んでいく。
竜にさらわれたお姫様が修道女のお姉さんと会うシーンで、二人をモデルにしたことがバレないかヒヤヒヤしたけれど、お人形ちゃんも無垢なメイドさんも、変な素振りは見せなかった。
「―――?」
お人形ちゃんが突然声を上げた。
お姫様が塔を上り始めたシーンで、映像が切れかけの蛍光灯のようにちらつき始めたのだ。塔の暗さを演出しているようにも見える。
(あれ? こんな演出入れてないはずだけど)
そもそも、この映写機にはそんな機能はない。電球のオンオフを細かく繰り返せば、似たような状況を作れるかもしれないけれど、わたしはただハンドルを回してるだけだ。
突然、映像が一気に明るくなったかと思うと、ロウソクが吹き消されたかのように、映像が消えた。
「え? うそ……」
スイッチをオンオフしてみても、カチカチと乾いた音が虚しく響くだけだ。一瞬たりとも光は戻らない。
(電球が切れた……? どうしよう。替えの電球なんかないのに)
お人形ちゃんが真っ白になった壁をぺたぺたと触っている。そして振り向いたときに見えた不安そうな表情に、わたしは心臓が握りしめられたような気がした。
「あの、調子……悪いみたいで……」
どうにかしなければと、体の中から焦りが込み上げてくる。けれど、どう考えても今から上映を再開するのは不可能だ。
(後からでも、できるかどうか……)
この世界で電球が手に入るとは思えない。あったとしても、映写機に合う規格ではないはずだ。
(何か代わりの物を探さないと――)
「―――――」
優しい声に顔を上げると、詰まり始めた頭がすっきりしたような気がした。
そしてすぐに頭が真っ白になる。
無垢なメイドさんが、わたしの左手を両手で包み込んだのだ。
「ちょ……」
坊ちゃんの熱い手に比べたら、心臓の高鳴りは控え目だったけれど、顔は十分に熱い。
無垢なメイドさんは、わたしの近くでささやきかけてくれていた。
(な、何を言っているのかはわからないけど、落ち着かせてくれようとしてるのかな?)
深呼吸をして気持ちを整えようとした瞬間、右手に熱を感じて呼吸が止まった。
お人形ちゃんがわたしの右手を取って、無垢なメイドさんがやっているように語りかけてきている。
(やっぱ、手を握られるのは苦手だ)
それでも、嫌な感じはしなかった。
~~~~~~~~~~~~~~~
その夜。珍しく坊ちゃんがわたしの部屋に来た。
「え? な、なに……?」
机から様子をうかがうわたしを完全に無視して、ベッドに置いてあるアタッシュケースに近寄っていく。そしてそれをじっと眺めたあと、わたしをちらりと見てからアタッシュケースに視線を戻す。
(アニメがみたいのかな? だとしたら素直じゃないなぁ)
本当なら喜んで見せたいけれど、残念ながら今はできない。
わたしは机に転がしていた電球を手に取った。豆電球ではないけれど、わたしが握れるくらいのピンポン玉のような小さな電球だ。
「これが、光らなくて……」
わたしが電球を持って近寄っても、坊ちゃんは眉をひそめるだけだった。
わたしは電球を机に向けてかざす。
机のロウソクの火が電球の中央に来るようにして、電球が光っているように見せた。そして電球を明かりから外してバッテンを作る。
(とりあえず、アニメが上映できないってことだけでも伝わればいいんだけど)
坊ちゃんは頷いたりすることもなく、部屋に戻っていった。
(なにか反応してくれてもいいのに)
わたしはそのとき、坊ちゃんが助けてくれるのを期待していたことに気づいた。
わたしは大急ぎで布団にくるまった。
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