第8話

  ライルの特訓の始まり、5日目。

 日が暮れると同時にピタリと終わるそれに、今日もライルはどしゃりと崩れ落ちた。

 うん、今日も疲労困憊。はいはい、全回復ポーションですよぉ〜。

 

 頭からパシャパシャとポーションをかければ、ライルの体が淡い光に包まれる。

 それが収まるとあら不思議。ライルの怪我も、消耗していた体力も、魔力も全てが回復する。

 

「……いつもは有難ぇはずのナギのポーションなのに、今は地獄を運ぶ魔物に見える……」

「地獄を運べる魔物と言ったら、魔王でしょうか。私も出世しましたね」

「……もうなんでもいい」

 

 あら、拗ねちゃった。

 崩れ落ちたまま恨み言を言っていたライルだが、私の返答が気に入らなかったらしい。

 くるんと丸まって、尻尾に顔を隠してしまった。そんなことをされても可愛いだけなんだけどなぁ。

 

 よしよし、と頭を撫でる手は振り払われないから、嫌われてはないらしい。

 しかもしっぽが微かに揺れてるから、素直だ。

 

「ライルは筋がいいですね。もう職業が『騎士』になっていますよ」

「えっ、本当か!?」

 

 私の言葉に、がば! とライルは体を起こす。

 どうやら修行に必死過ぎて、己の職業ランクアップに気付いていなかったようだ。

 

 ライルのステータス画面を開けば、そこには『騎士 Lv34』と書かれていた。

 

 ステータス画面というのは、己の職業やレベルを確認出来るウィンドウだ。

  基本的には自分しか見れないものだが、「この人ならOK」と自ら設定した人ならこのように見ることが出来る。

 似たような感じの画面でギルド登録者なら誰でも見れるのが、リースさんに直して貰った例の『ギルド登録者情報』となる。

 

「もう騎士になってる……!」

 

 ライルは自分のステータス画面に釘付けだ。

 まあ、気持ちは分かる。こんなに早くレベルも職業もランクアップするなんて、普通なら有り得ない。

 

『奴隷』から『勇者』へのランクアップを目指す場合、普通はこのような順番で職業がランクアップする。

 

『奴隷』『剣士見習い』『剣士』『騎士』『勇者』

 

 そして、それぞれでレベルがMAXになると、次の職業へとランクアップする、という仕組みだ。

 ちなみに『騎士』の後に『勇者』になれるものは極々ひと握りだ。

 大体は『騎士』でレベルがMAXになると、『聖騎士』『魔法騎士』『重騎士』『竜騎士』などに分岐し、そこが最終職業となる。

 

 もちろん、その最終職業を極めた後に別の職業を1から取得するのも可能だ。そういう人達は万能冒険者──オールラウンダーと呼ばれている。

 

「すげえ……本当に効果あったんだな」

「なかったらただのイビリじゃないですか。しませんよ、そんなこと」

「いや、イビリっていうか、殺人っつーか……」

 

 己のステータス画面を食い入るように見つめるライルに、思わずツッコミを入れる。

 その後のライルの呟きは聞こえない。

 

 だけど、まあ、気持ちは分かる。

 私も昔は半信半疑だった。

 

 私も修行時代、師匠にコテンパンにされるうちにぐんぐんレベルが上がって驚いたものだ。

 その時に私の癒しとなってくれていたのがマガミである。

 あの頃は今思い出しても目が遠くなる。あれはキツかったなぁ……。

 

 調合師といえど、基礎体力や俊敏力は必要だ。

 ポーションや薬を作るための薬草、材料集めは自分でしなければいけない場合もあるからね。

 

 だから、私は『調合師』以外にも『暗殺者』と『狩人』の職業を持っている。どちらもレベルMAXなのはちょっとした自慢である。

 まあ、これは言わなくてもいいから誰にも言ったことはないんだけど。

 

 それらの職業をMAXにするために、それはもう何度血反吐を吐いたことか……。

 ああ、思い出すだけで肋骨が痛む。

 思わずそこをさすると、マガミが「くぅん」と鼻先を押し付けてくれた。

 

『まだ痛むか? ナギよ』

「いいえ、思い出しただけですよ。ありがとうございます、マガミ」

「え、ナギどっか痛いのか? 大丈夫か?」

「いえ、昔の修行で傷を負った場所が……ね」

 

 ああ……とライルも呟き、先程もげかけた腕をさする。

 もう痛くないし、傷跡もないんだけど、傷を負えば痛いし、その痛みが無かったことになる訳でもない。

 

 ──それを分かっているのに、こんな修行を強行突破したんだから、ライルには嫌われてしまうかもしれないなぁ。

 

 何となく、それは悲しいな、と思った。

 

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