第三章 契りの晩餐
第16話 テンボラス領
「これはたしかに…」
道は整備され石が敷き詰められていて、道脇には色とりどりの花が植えられてある。これなら雨が降って道がぬかるみ、足がとられてすっころぶ心配もないだろう。俺はそんなことを考えつつ痛みを思い出し、おしりをさすった。
はじめてゲシュタル家領を出た。
ここはゲシュタル家領の隣、南西に位置するテンボラスという貴族が治める領地で、この家自体は大貴族ではなく小貴族ではあるのだが、南の大貴族である獣人好き女貴族が治めるフォージュリアット家と強く結びついているため、小領地ながらこれだけの発展を見せているらしい。
もちろん道の綺麗さだけでなく、建物やそこに暮らす人々の生活からも発展した町ということが伝わってくる。町に入ると活気だった市場がすぐに姿を見せ、そこでは領民たちが外からくる商業人と取引をしたりしているようだった。
「ゲシュタル家領がいかに進んでないかがわかりますでしょう」
「は、はい。これはやばいね」
俺たちは、契りの晩餐の招待を受け、この地にやってきた。家のことはメイド長ポピィに一任し、ヨルドにも同行してもらっている。その他にも、少し長旅になるため身の回りの手伝いをしてもらうメイドが1人と、兵士が3人同行している。
デロンド・ゲシュタルは自分の身を第一に考えていたらしく、自分と財産を守る私兵には莫大なお金をかけていたため兵の質が高い。同行している兵士もあまり表情を崩さず、周りに常に注意を払っているようだった。
仕事人というのはいいのだが、堅苦しいのはちょっとつかれるが…。
「(もう少し笑顔だと嬉しいんだけど…)」
しかし反対にメイドはポピィの鬼指導を抜け出した嬉しさからかルンルンだ。メイドの中の誰か1人だけ俺のこの旅に同行できると決まった時、その1人を決めるじゃんけん大会は壮絶を極めていた。勝利した時の彼女のガッツポーズは今でも忘れられない。
まるでピクニックに行くような気楽な雰囲気を醸し出しているので、これはこれで困りものだった。
「はぁ…」
「先が思いやられますね…」
ヨルドも俺の心労を感じ取っているようで同情している。
「契りの晩餐の予定日って明日でしたよね?」
「はい。明日の晩餐会への招待となっております」
「じゃあさ、今日は自由ってことでしょ?
この街を見て回りたいんだけど、大丈夫?」
「もちろんです」
俺としては外の世界がどうなっているのかに興味があった。これからゲシュタル家領をどういう領土にしていくかのアイデアも得られるかもしれない。
このゲス貴族が行ってきた黒い商売から足を洗うとしても、そのあとの収入源を作っていかなければ領地経営は回らない。
「市場へ行ってみたいんだけど」
「わかりました。私は先にテンボラス様のお屋敷に赴き、今夜の宿がとれるか確認してまいります。明日到着予定でしたので、先方も用意がないかもしれませんから」
「あ、そっか。俺も行った方がいいかな?」
「いきなり前日に、旦那様がお屋敷に現れたらご迷惑になるかと」
「たしかに!」
俺は元の世界で急に社長が本社からやって来た日を思い出して納得してしまった。あれはたまったものじゃない。準備さえさせてくれればいいのだが、急に来られるのはたしかに迷惑だ。
「俺的には町宿に泊まるのでも一向にかまわないけど」
それを聞いて兵士たちがギョッとする。貴族が領地外の町宿なんかに泊まれば、盗賊らの格好の餌食だからだ。
この世界は俺が住んでいた元の世界よりも物騒であることは確かだ。それは貧富の格差が激しいからだろう。富を蓄える貴族を襲い成功すれば莫大な利益を得られることは明確だし、貴族がそもそも大衆から好かれていることが珍しいため、盗賊らは大衆より貴族を狙い、大衆からある種のヒーローとして祭り上げられることもあるようだった。
「じゃあとりあえず、ヨルドはそちらの手配をよろしく」
「かしこまりました」
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