第14話 メイド長
目の前で何が起こっているのかわからないまま、俺は呆然とそれを眺めていた。
道端で助けた(拾った)幼女を屋敷に連れ帰ると、屋敷の中が騒然とした。
普段、新人のメイドたちを厳しく指導しているメイドの上級組達が借りてきた子犬のように肩を縮めている。新人たちはそんな先輩の様子を見て、ただ事ではないと感じているのか、おろおろとしている。
そして当の本人の幼女はというと、前で腰をかがめる執事長ヨルドの肩をバシバシ叩いて何かを話していた。
「ど、どゆこと…」
その視線を感じたのか、ヨルドと幼女はこちらを見ると一言二言言葉を交わし、俺に近づいてきた。
「旦那様。私が声を掛けこのゲシュタル家に戻ってきていただいたのです。
この方はこのゲシュタル家を長年支えて来てくださった──、
メイド長のポピィさんです」
「!?」
ゲシュタル家には先代の頃はメイド長がいたが、俺が転生したゲス貴族デロンド・ゲシュタルの代になった時に出て行ってしまったと聞いていた。彼女はヨルドがこの家にやってきた時にはすでにこの家に仕えていて、ヨルドも多くのことを教えてもらったと言っていた。
だから俺の中のメイド長はメイドを達をびしばしと指導し顎で使う老婆というイメージだった。たしかにびしばしと指導し顎で彼らを使うというところは想像どおりだったが、目の前の彼女は老婆ではなくどう見ても幼女だった。
幼女──メイド長ポピィは、今度は不思議そうな顔をし、俺の顔をじろじろと見つめている。
「ヨルド坊から聞いた。お主は記憶喪失で、前とは丸っきり性格が変わってしまったとな」
「ポピィさん、坊はやめてください…」
というか俺は記憶喪失ということになっているらしい。ヨルドが俺に向かって話を合わせてねとウインクをしてきたので、こくんと頷いて応じた。
「ええ。ですので、あなたも俺には初めましてで…」
「ふん。おしめまで変えてやったのに、わしを忘れるとはのぉ。ま、覚えられていたとしたら二度とその顔を見ることはなかっただろうがな!」
「あの、どうみても小っちゃい女の子なのですが、どういうからくりで…」
俺がそう言うと、ポピィは腰に手をあて口をムッと膨らませた。
「小っちゃいと言うな! 人間ごときの物差しで測られるのはごめんじゃ!」
「旦那様、ポピィさんは竜族なのです。こう見えて、私たちの何倍も長く生きておられるのです」
「こう見えてぇ?」と今度はヨルドににらみをきかせた。ヨルドは「い、いえ」と苦笑いをして乗り切っているようだった。
「竜族…」
「前にお話ししたと思いますがこの大陸には何種類もの種族がいまして、その中に獣人という獣をその身に宿す種族がいます」
「たしか大陸の3割はその獣人でしたか」
「よう勉強しとるようじゃの! たしかに前のくそ坊ちゃんとは違うようじゃ」
どうしてもポピィは俺たちの会話に入りたいようで横から話に割り込んできた。
「でも俺が今まで見てきた獣人は皆、しっぽがあったり獣の耳がついてたりと人間とは明らかに違うところがありましたが、ポピィさんにはそれがないような」
「わしら竜族はその獣人の中でも特に特殊な種族じゃ。やつらとは別格なんじゃ。人間は80年も生きれば長生きじゃし、他の獣人でも200年ぐらいじゃ。
しかしわしら竜族は1000年生きる」
「1000年!?」
俺が大げさに驚いたのが気持ちよかったのか、ポピィはふふーんとご満悦そうな顔をする。
「1000年も生きるのだ、竜族の特徴を消すことなど容易い」
しかし1000年生きる竜族という説明では、幼女な見た目の説明にはなってないんじゃないか?と思ったが、いささか話が長く面倒なことになりそうなので黙っていることにした。
◇
数日で目に見えて家の中の雰囲気が変わった。
ポピィはたしかに優秀で、ポピィが来てから家の中の指揮系統がすぐに整理され皆てきぱきと仕事に励んでいる。しかも作業効率が格段に上がりだらだらとしていた時間がなくなったためか、メイドたちもより休み時間をとることができるようになったようで、皆の空気も悪くない。
そしてヨルドも、家のことをポピィに完全に任せられるようになり、だいぶ余裕ができたようだ。最近はボタンのかけ間違えなどはしなくなった。
「よしよし順調だ」
「なーにが順調じゃ。わしがおらん間にこんな
「! ポピィさん!」
小さくて気づかなかったとは口が裂けても言えない。
「先代は良い人間だった。あやつがいたからわしはこの汚い人間の世界にとどまることを選んだんじゃ」
「そうだったんですね」
「子育てだけは大失敗をしただの」
「! はい…」
「お主は他者をいたぶることに快感を覚えているようじゃった。それを見てやはり人間は…と思った」
ポピィはいつもよりも真剣な顔で思い出すように語る。
「‟奴隷制度をなくす”。こんなことはわしの知っているくそ坊ちゃんは言わない。
数日見て、お主が変わったことはわかった。まるで先代を見ているようじゃった。
しかし、お主がまた前のように変わる日が来たら、今度はお主を必ず殺す」
「…はい」
ポピィの言葉をしっかりと受け止め、俺は改めて自分にできることをすると心に誓った。
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