正体不明生物




『あなた、本当に未来の中井恵っすか?未来の中井恵に化けた誰かじゃないっすか?』


 開基にそう言われた瞬間。

 きょとんとしたおばあさんは不意に瞼を僅かに下ろして不穏な笑みを浮かべると、矢絣の紬の襟に手をかけたかと思えば、勢いよく開いた、その瞬間。

 見えたのは、おばあさんの裸ではなく。




「「ぎゃあああああああ!?」」




 おばあさんの顔でした。

 なんと、おばあさんの顔は二つあったのです。




「「ぎゃあああああああ!?」」




 開基は元より、校歌を歌っていた中井恵もおばあさんに回れ右をして、駆け出した。


「ちょちょちょ、ちょっと!開基君!置いて行かないでよ!」


 中井恵は前を走る開基の背中の服をがっしり掴みながら、必死になって走った。

 開基は中井恵の手を振り払おうとはせず、しかし、速度も落とそうとはせず、全速力で駆け走った。


「置いて行かないっすよ。今、あなたが殺されたら………いやでもあなたの歌のデータは無事だし。あ、歌のデータは不要でした。えっと。髪の毛も今、回収したので。まあ。最悪殺されても大丈夫っす。俺が七星天道虫と髪の毛を死守するんで安心してください」

「うわあ、安心したあ。なんて言うか!置いて行かないでよね!私を見捨てないでよね!死ぬ時は一緒だよ!」

「え?一緒に死ぬなんて、絶対に嫌っす。どっちか。この場合、役に立ちそうな俺が生き残らないと未来が絶望的っす。だから」

「だから何よ!?この人でなし!!」

「あなたの死は無駄にしないっす」

「まだ死んでないし!って言うか!何あれ?何あれ?おばあさん。どうなってんの?正体不明生物に取り込まれちゃってんの?それともあの正体不明生物は顔が二つあるわけ?そもそもおばあさんが正体不明生物だったわけ?」

「わからないっす」

「私たちこれからどうすればいいわけ?」

「おばあさんの件はひとまず置いておいて、俺たちがこの手紙に内在している黒い球体を押して、未来に行けばいいっす」

「え?」

「いやいやいや。それは、困るなア」

「「え゛?」」











(2024.6.23)



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る