そのヤンデレ、特殊性癖につき
ジョク・カノサ
ストーカー
倫理、モラル、常識、規律、法律、社会規範。私を否定する言葉は沢山あって、世の中はこの想いを歓迎してくれない。
なんで私は生まれてきたんだろう。何度もそう自問した。
私はいつも、夢の中で血の涙を流している。
☆
「久しぶり
そう言って目の前の女子はラッピングが施されたサッカーボール程の大きさの箱を差し出して来た。夏を目の前にしたまだ涼しげな風がリボンを揺らす。
「今日、誕生日でしょ? 去年は渡せなくてごめん。だから今年はその分まで喜んでもらえるように頑張ったの。受け取ってほしいな」
頬を赤らませて、キラキラと輝いた目で。それが喜ばれると確信したような表情で。
今この光景を見ている通行人達にはどう見えているんだろう。学生の下校途中に発生した甘酸っぱい青春のワンシーンにでも見えるのだろうか。
「家に着くまで開けちゃダメだよ? あ、手紙のお返しはいつ──」
その瞬間、僕は振り返って全速力で走り始めた。背中のリュックを脇に抱えてとにかく全力で。そのまま曲がり角を曲がる直前、さっきとは似ても似つかない恐ろしい声色で。
「──待てええええッッ!!」
と聞こえてきた。僕は全力以上の速度で走り続けるしかなかった。
☆
小岩井美鈴と仲良くなったのは小学二年生の時だ。休み時間中にそこそこの怪我をして泣いていた僕を彼女が発見し、先生に報告してくれたのが発端だった。
それから喋る機会が出来て、休み時間に一緒に遊ぶ仲になった。少なくとも小学生の間はそんな普通の関係を築けていたと思う。
彼女がおかしくなったのは中学二年の時だった。
「竹下君の血が見たいの」
僕達以外誰も居ない理科準備室で、小さな針を片手に彼女はそう訴えた。
少し変な子だとは思っていた。彼女は僕が遊びの中で怪我をする度に、心配の言葉をかけながらも密かに笑っていたから。
多分、それが目当てで僕と仲良くなったんだろう。だから学年が上がる度に怪我をする機会が減って、中学に進学した頃には完全に無くなった結果、我慢が出来なくなって直接頼み込んできた。
異様な雰囲気の彼女の異常な頼みを快く受けられる訳も無く、僕は二言か三言かを残して逃げるようにその場を立ち去ってしまった。
それ以来、中学を卒業し別の高校に進学した今に至るまで、彼女のストーカーは続いている。
☆
「はっ……はっ……」
苦しい。ここまで全力で走り続けたんだから当たり前だった。
だけどそれ以上に、耳に残った小岩井美鈴のあの絶叫が鼓動を加速させているように感じる。
「よい君?」
廊下の奥から声がした。妹だ。ばたたっとこっちに駆け寄る音が続く。
「どうしたの」
「さっきっ……あいつがっ……いきなり──」
「分かった。ほら、まずは落ち着いて。ゆっくり息を吐いて」
背中を擦られ指示に従う内に荒い呼気は収まっていく。最後に一際大きな息を吐いた。
「ふー……ありがとう
「良いから。……汗、凄いよ? 着替えとか済ましてきたら? 話は後で聞くから」
「うん、分かった」
完全に取り乱していた僕に対し、どっちが年上か分からなくなるぐらい潔理は落ち着いていた。だけどそれに恥ずかしさや情けなさを感じることはない。
僕の妹が僕より遥かにしっかりしていて頼りになる。そんなのは何年も前から分かり切っていた。
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