第23話 ボクの色
炭になった木の横をぬけ、見えたのはさらに拡がった焼け野原だった。
「さっきの衝撃波で闘技場みたいになってる…」
サラマンダーを中心に円形に森がくり抜かれている。サラマンダーは奇襲をしか蹴らないように真ん中で堂々とボクを待っていた。
強者としての矜持か、相手を追い詰めるのではなく自身の最大値で倒すつもりらしい。サラマンダーの傷はさっきよりも癒えている。
いつものボクだったら回れ右で逃げ出してしまっていただろう。
しかし、今は護るべき人と一緒に立っている。無色だったボクが都市最強の一人を護ろうとしている。
そんな変な関係に、こんな時だというのにおかしくて笑みがこぼれてしまう。
「笑ってるの…?もう目の前だよ」
ラヴァさんもさすがにこのタイミングで笑っているボクを不思議に思ったのか、また小さな顔を傾げている。
「いえ、なんでもないんです。ただ、ラヴァさんを護れるのが嬉しくて…」
ボロボロになったボクは、ラヴァさんを護るという決意以外は虚ろなものだった。吹き飛ばされた距離を戻る間にも意識は薄れたままで、少女を護るためだけに行動している。
今こうしてサラマンダーの前に立っているのも少女が一人で戦ってしまわないためだ。
「絶対にボクより前に出ないでくださいね」
「分かってる」
ボクが振り向くと、少女は膝を抱えてちょこんと座っている。
すぐには動けない体勢をとった彼女を信用しサラマンダーに視線を向ける。
「サラマンダーの結晶が黒く覆われてから手がつけられなくて」
地面にふしている胸元にチラチラと結晶が見える。本来なら深紅の宝石のような結晶に黒い血管のようなものがおおわれている。
「ただのサラマンダーじゃないから…気をつけて」
サラマンダーなんて生まれて一度も戦ったことなんてない。どんな力を持っていようがボクにとっては何も変わらない。
ラヴァさんなりの心配なのだろう。人の戦う背中を見ることの無い少女は複雑そうな顔をしている。
尚更彼女を護りたくなってしまう。クスリと笑みがこぼれ戦いに向かう。
「それじゃあ、行ってきます」
ラヴァさんが飛び出してきてしまわないためには万が一にも負けそうになってはいけない。
だからこそボクは色を最大限使うしかない。
火事場の馬鹿力か、焼け野原の中でボクの力は最大値を超えて漏れ出す。普段ならこれだけの力を発揮するには至らないだろう。
しかし、ミノタウロス戦で発揮した命を燃やして炎を強めたように、意識が虚ろな今が透明にとってはとてもいいコンディションだった。
使い慣れてないはずなのに色が体内を巡るのを感じる。巡る間に超過量が空気へと溶けだしていく。透明だから視認できないが、やけに空気が薄い。
それすらも含めて何も無い状態に近づく程透明は力を増していく。
「もう少し抑えないとラヴァさんにまで届いちゃう…」
フラフラな頭でも戦う理由を消す訳にはいかない。溢れ出そうな透明を借りた長剣へと落とし込む。
さすがバーミリオン家の長剣、最上級の赤を受けて鍛えられた刀身は透明が入っても耐えれるようだ。
手元で揺れる度に長剣が周囲の空気を薄くする。消された場所に周りの空気が吸い込まれ風が起きる。
ボクはその風に押されるようにゆっくりとサラマンダーに歩みよる。
サラマンダーも異変を感じていないわけではなかった。自分の炎を消してしまう天敵である少年を警戒していない訳ではない。
しかし、今目の前にいる少年からは強さなんて何も感じなかった。
ここに来るまで大なり小なり燃やしてきた。情報が出回る前に影に連れられ燃やし尽くしてきた。
何度燃やそうとしても何も無かったかのように、そこに居ないのかのように燃えない影にサラマンダーは従った。
敗北すればその身を捧げる。自身が一番長く燃え続けるように生きるのがサラマンダーだ。強者に逆らって燃え尽きるよりも、炎の象徴としてして燃え続けたい。
消されるよりも燃え尽きたい。炎として生を受けた故の生存理由だ。
生まれてから燃やせなかったのは影と少年のみ。しかし、影はそこに居ないかのように手応えはなかったのに、少年はすぐにでも灰になって消えてしまいそうだ。
消えそうなのに消えない。そもそも燃やせない影よりもサラマンダーには理解ができない。そんなことは炎である自分にとってありえてはいけない。
燃やせないものなんてない。そこにいるという事実さえあれば紅蓮の業火が焼き付くす。
サラマンダーは癒した体すらも燃やし尽くさんと炎に命をくべる。
「ギャアァァァァァァァァァァ」
耳をつんざくような甲高い声で空に吠える。
燃えたぎる感情を咆哮にのせる。今サラマンダーが何を思っているか知る由もないが、ただボクを燃やそうとその身の炎を向けてくることだけは分かった。
サラマンダーは先程まで放っていた火炎球をやめ、継続的なブレスから攻めてきた。
ごうごうと音を立てて迫り来る炎はラヴァさんの炎より温度が高いだろう。
空気すらも燃やし尽くしてボクに迫る炎は、歩み寄るだけのボクに触れる前に掻き消えた。
何秒ブレスを放とうがボクまでは届かない。剣を構えずとも今の少年は漏れ出た透明の壁がある。その色に触れれば何もかもが消える。
「なんでネスはあんな色に気が付かなかったんだろう…」
サラマンダーの炎すら何も無かったかのように進む少年を眺めてラヴァはぽつりと呟く。少しでも危なくなれば恨まれてでも命を燃やそうと覚悟していたが、そんな心配は無さそうだ。
「透明なんて力…なんでも消せるなら気づきそうなものだけど」
透明は普通に使えば何かに透けてしまう。だからこそ少年は今まで自分の透明になんて気づかなかった。
赤を受け取り使い方を覚えるだけでは引き出せなかった。
少年の本当の力は心の底から消し去りたいと思った対象が現れた時にだけ、この世界に透明を上書きする。
上塗りではなく上書き、何かに上塗りならただ透けるだけだが、その物自体を透明で上書きするとこの世界には誰も知ることが出来ない透明になってしまう。
するとこの世界でその物が存在できなくなるため何も無かったかのように消える。
今の少年にはラヴァを護るためだけにサラマンダーを消そうとしている。色の最大量の差を考えれば少年が消せる大きさは大したことは無いだろう。
圧倒的炎で少年を燃やし尽くさなければならないサラマンダーと、絶対的な一撃で結晶を消さなければならない少年の戦いになった。
サラマンダーはブレスで押しても色を削るには分が悪いと判断して火を噴くのをやめる。体内で燃えた熱を吐き出すのだからあんな消され方をしては敵わなかったのだろう。
サラマンダーは少年の足を止めようと地面を焼く。
焼け野原になってもう燃えるものなど無いはずなのに大地自体が燃えた。
何もかもを消すのに歩いて地面が消えないのならば足元に謎の色はない。そう判断したサラマンダーの一手だった。
燃えた大地はまるで溶岩の中にいるかのように炎を吹き出す。サラマンダーの大量の赤を練りこんだ広範囲攻撃だ。
しかし、少年は燃える大地すらも歩みをとめない。歩いた場所の炎だけ綺麗に消えていく。
サラマンダーを消しさろうというイメージが、炎のみを消している。
足をどけても少年の足跡は炎に塗りつぶされない。透明な空間がそこにはできている。
サクサクと地面につもる灰を踏みしめる。もうその距離は戦いの始まりと比べ縮まっている。
ボロボロの少年は走ることもできないのにサラマンダーの炎を気にもとめない。
避けるでもなく迎え撃つでもなく、ただただ歩く。
周囲の吸い込まれる空気が火の粉を舞い散らせ少年の歩む道を作る。
炎の中をくぐり抜ける少年にサラマンダーは敗北を確信した。
ただ存在を感じず、燃やせなかっただけの影とは違う。そこに存在し死の間近まで踏み込みながらも、自分の存在を脅かした。
サラマンダーはより強い者、より認めた者の傍で燃える。何のために炎を燃やすかよりも、燃えることのみに意味を見出す生き物だから。
サラマンダーは少年の色に敬意を表し、黒筋の入った結晶を露わにする。頭を垂れるよりも、己の弱点を晒すことで最大限の服従の意を示す。
サラマンダーの知識など持っていない少年は一瞬何かと思ったが、歩みはとめない。
今、余計なことを考えれば色のない透明の手綱が離れる。そうなれば万に一つも勝ち目はなくなるだろう。
少年は扱い慣れていない透明をギリギリ掴んでいるようなものだった。
あと一歩踏み込めば長剣が届く。
その時に少年を止めたのは後ろで見ていた少女だった。
ラヴァの目からは戦ってみれば圧倒的に見えた。自分の炎でも相殺できず、何とか隙を作って結晶を穿ってきた少女は目の前の光景が信じられない。
サラマンダーの業火の中をフラフラと力なく、しかし一歩一歩はしっかりと歩む少年。炎を消すでも相殺するでもなく、ただ歩き続ける少年をラヴァは最初からずっと目をまん丸にして眺めていた。
「サラマンダーの炎を…?透明って…何?」
今まで確認されなかった色。都市の守護のためにあらゆる色、モンスターの知識を詰め込んだラヴァは目の前で起きる透明の力に驚きを隠せない。
「透明…サラマンダーの炎を消せるなら、三原色よりも上…」
そう、サラマンダーの業火を消せるのならば最上級のラヴァの炎はいとも容易く消せる。三原色が相性はあれど拮抗した力なので、ネスは透明を使いこなせば誰よりも強くなる。
そんなことを考えていたら爆音とともに地面が割れ炎が吹き出す。高密度の赤を地面に流し込み地下から噴出させているようだ。
ネスを確実に灰にするため、範囲を絞っていたようでラヴァの元には熱風と爆音だけが届く。
「…!!ネス!」
思わず立ち上がりそうになってしまったがサラマンダーの業火の壁は自分でも越えられない。
ラヴァは先程とは打って変わってハラハラとしながら業火が収まるのを待った。
やがて炎の壁が収まった時、少年はゆっくりと歩みを続けていた。
そしてサラマンダーは結晶をネスに向け白旗を上げている。
「サラマンダーが…服従してる!ネス!切っちゃダメ!」
ラヴァは知識でしか知らなかった、今まで誰もなし得なかったサラマンダーの服従を目の当たりにし声を荒らげる。
少年の耳に護るべき人からの声が届く。
「…っは!」
熱と真空で酸素を奪われ朦朧とした意識が瞬時にさめる。目の前には結晶を自分に向けるサラマンダー、長剣にはたっぷりと抽出されているらしい透明。
上半身のボロボロの装備は色の影響か綺麗に消え去り、その肌を露わにする。
意識が戻った少年は透明の手綱を手放してしまう。体から漏れていた、ギリギリ仕えていただけの透明は大半が霧散してしまう。
霧散した感覚はあっても透明だから何も見えない。ただ少しだけ燃え尽きた野原の薄かった空気がクリアになった気がする。
残った色は長剣の透明のみ。サラマンダーは戦闘を続ける気は無いとばかりに弱点を露出する。
「そっか…覚えてないけど、勝ったんだボク」
傷も吹き飛ばされた時はボロボロだったはずなのに、いつの間にか無かったかのように消えていた。
「…この後どーしよう」
「この黒い筋…ネスの力で消せない?」
いつの間にか隣まで来ていたラヴァが提案してくる。
「ワタシが結晶を攻撃したから黒に覆われたけど…多分、サラマンダーなら傷自体はもう治してると思う」
「じゃあ…やってみます」
長剣に残った透明を使うためにイメージを練る。結晶の黒のみに強く意識を集中させる。
少しでも色を多く使えば結晶を削ってしまっただろうが、今の少年に使える透明は長剣に残っていた分のみ。
サラマンダーの結晶に長剣を向ける。振り抜く力もなく、ただ近づける。
剣先が黒い筋に触れた途端に、黒は霧散した。そこには何も無かったかのように深紅の綺麗な結晶のみが残った。
「で、できた…」
「サラマンダーはあんな体内の構造はないから、多分誰かの仕業。まだサラマンダーが生まれる周期でもなかったしね…」
指示を待ち、大人しくなったサラマンダーを眺めながらラヴァさんは語る。
サラマンダーの討伐は大物討伐専門の浅葱が主軸で行っており、浅葱の予定が被った場合のみバーミリオンが代理で討伐に向かう。
前回は浅葱が一年前に火山口で討伐したばかりなので、早くてもあと二、三年生まれることは無いらしい。
周期を無視して生まれたサラマンダーは赤子同然で、知識も赤もまだ未熟だったため少数でも結晶の破壊に漕ぎ着けた。
少年がミノタウロスと戦っていた間に起きたことを話すと、服従させたにもかかわらず「凄いですね…」と目をキラキラとさせて話に食いついている。
「こんなサラマンダーがまだ子供…とてもじゃないですけど成体とは戦いたくないです」
「ここからまた数年かかるし、浅葱が討伐するから大丈夫だよ」
少年はほっとしたような顔で目の前のサラマンダーに優しい顔を向けている。
「もう少し小さくないと飼えないよなぁ…」
なんて敵意の無くなったサラマンダー相手に凄いことを言っていた。
ラヴァは少年があまりにも目を輝かせて話を聞いてくれたものだから、一つだけ話すのをやめてしまったことがある。
(黒い筋に覆われてからは成体と同じ火力だった…。ネスの色っていったい…)
使いこなせている確証の持てないネスの色に自信を持たせては、暴発した時にどんな被害になるか予想もつかない。
ネスの優しさだけで発動することのなかった透明が呼び起こされてしまったのなら今は「弱ったサラマンダーだから赤を消せた」ということにしてしまった方がいいだろう。
都合のいいことにネスは村を出たばかりで都市に友人はいない。サラマンダーの情報はワタシかゼイン以外からは聞けないだろう。
知識と力をつけた頃にはいつか教えてあげよう。自信がその時、ネスの背中を押してくれるだろうとラヴァは自然と笑う。
「その時までは…ワタシを護ってね」
小声で呟いたラヴァの声は少年の耳には届かなかった。
トサリとかさついた灰の音が聞こえる。
「ネス!」
少女の後ろでネスは倒れていた。当然といえば当然だ。一度赤を使い切って重度の貧血症状の中、無理やり透明を絞り出しての中級上級の二連戦だ。
冒険者になりたてのネスが経験していい戦闘のボリュームではない。巨体のサラマンダーがネスの近くにいないことも気にせず慌てて駆け寄る。
ワタシを護りきって、ギリギリ繋がっていた緊張の糸が切れたのだろう。駆け寄った少年の顔は清々しい程、純粋そうな寝顔だった。
「本当に護ってくれたね」
少女は倒れ込んだ少年に駆け寄り、真横に座り愛おしそうに頬を撫でる。
「あんな事言われて、護られちゃったら…」
少年が心の奥から絞り出した言葉を、フラフラでも目の前にたち続けた少年の背中を思い出す。
今まで人を護ることしか考えたことのなかったラヴァはお見合い等も無縁だった。
短命なのが分かっているからこそ、その命を余計なことに使う時間も熱量も無いと。
人を護ることだけにまだ若い少女の時間を捧げてきた。
ようするに、少女は人生で初めて護られたことで少年を意識してしまった。
「これが…恋?なのかな?」
座って背中を眺めている間からずっと体が火照っている。赤を使いこなすラヴァ・バーミリオンが感じたことの無い熱だった。
「まだ、火種がついただけ…」
誰に言い訳するでもなく独りつぶやく。
少女は少年の顔に唇を近づけ、感謝と好意をその頬に刻んだ。
ボボボと肩に乗るサイズになったサラマンダーが真っ赤になって、ネスの近くで燃えていた。
小さくないとの言葉を理解し、炎そのものなので火力を下げ、小さくなった状態で新たな主人の近くに仕えていたのだろう。
そんなこと出来るんだとラヴァも知らない知識に驚き、一瞬の後に今の行為を見られたと頬を赤く染める。
誰に言いふらすこともできないのに、知識だけはあるサラマンダーが炎を上げて照れてる様な姿を見せるのが尚更恥ずかしさを加速させた。
「しー、だよ?」
言葉も意味も通じるサラマンダーだからこそ、人差し指を口にちかづけラヴァはサラマンダーに照れながら、秘密だよと約束をした。
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