第17話 炎龍の色
各々の色を描きながらサラマンダーへと向かっていく三人と一匹。
「トゥーは相性悪いからあのトカゲ倒せないからね! おねーちゃんがやってよ!」
「うん…相手がサラマンダーでも危険なら燃やす」
ラヴァが火力を最大まで上げたのには勝算があったからだ。
「より強い赤で塗り潰せば…赤でも倒せる」
だからこそゼインは謝った。自分が倒せない敵をラヴァに委ねるしかないことを。
彼自身も不規則な動きでオレンジ色の線を描きだす。赤い瞳と体から漏れる黄色が混ざり合う。
「ぐぅおらぁぁぁ!!!」
地を這い、木を蹴り、体を強引にねじりながら大剣を叩きつける。普段は理詰めの戦闘スタイルにもかかわらず、それを全て捨てさった獰猛な攻撃だった。
「いっくぞー!」
「ふっ!」
トゥルエノとエレトロも二筋の閃光となってサラマンダーに刺さる。全身に電気をまとった二匹の野生は、サラマンダーの炎をまとってない腹部などを目掛けて攻撃していく。
「あー、やっぱ効かなーい…」
「最大蓄電(フルチャージ)じゃ無ければ相性も悪いし、傷一つつかんか…さすが上位種」
トゥルエノとエレトロが凄まじい速度で距離をとりながら悪態をつく。
「まぁ今回は赤の王女もいることだ。本気を出すまでもないだろう」
「エレトロが本気出すとトゥーもバリバリするから困るんだよなー」
そうこういいながらも、電光石火のヒットアンドアウェイを行う。
ゼインは野生の勘で至近距離で避け続け、サラマンダーの灼熱の体に張り付き続ける。
熱に耐性があるとはいえ、炎龍の周りに張り付くのは生き物である以上自殺行為だ。
それをゼインは炎の揺らぎを察知し、サラマンダーの動きに合わせて紙一重で灼熱の空気の中を動き回る。
誰よりも燃え盛る炎と共にし、誰よりもその身を前線へ置き続けたからこそ出来る技だった。
「離れて!」
ラヴァが叫ぶと同時にゼインも察知したのか後ろへ大きく飛ぶ。トゥルエノ、エレトロは言われるまでもなく最速の一歩を踏み出す。
その一瞬後にサラマンダーの体から噴出されていた炎がより一層勢いを増す。
体が大きいからこそ、近づかれても戦える生き物に対しての防衛行動だ。
その身体が炎そのものでもあるにも関わらず、都市最強ランクの色を込めた攻撃を脅威と認めた証拠だった。
赤々と燃える背中がこちらを威嚇してくる。勢いをました炎は空気までをも焼くようで、トゥルエノはその暑さに嫌そうな顔をする。
「赤の王女よ。現在どれほど薪をくべれた」
「今半分くらい。多分まだ上がる…」
サラマンダーに負けじと排熱せず、細い体に炎を燃やし続ける少女は苦しそうな顔で答える。
「本気で燃やしたら自身も灰になるだろう。そうならないまではあとどれくらいだ」
「…もう数分で上がりきる。それ以上はどうなるか分からない」
「ならその炎は一撃でしとめられるまで残さなければならないな。私達が隙を作ろう」
その会話を聞いてトゥルエノは心底嫌そうな顔をする。
「ここでこのトカゲを倒せなければ果物も肉も何もかも焼けるぞ」
「よーし! 悪いトカゲはやっちゃうからね! エレトロ本気で行くよ!」
トゥルエノが力を込め髪が逆立ち始めると少し離れたラヴァのところまでパチパチと空気を伝って電気が伸びてくる。
ラヴァは三原色の黄色の能力を「『雷獣』が電気を産み、近くの少女がその電気を溜めて攻撃する」と聞いていたが、電気を纏うのがトゥルエノの方が数コンマ早かったように思えた。
「うぉぉぉぉりやぁぁぁぁ!」
「トゥルエノ、これくらいでいいだろう。いくぞ」
少女と獣が電気を同じくらい溜めると、先程よりも早く、目にも止まらぬ速さで炎が薄いところに重い一撃を入れていく。
黄色の閃光が瞬く中で、燃える瞳と体に電気を纏う獣が混ざりあったオレンジで不規則な軌跡を描きながら、二本の黄色と混ざり合う。
炎の勢いを強めたにもかかわらず、張り付き炎の薄い箇所を的確に狙ってくる三匹の獣にサラマンダーは嫌そうに体を捻じる。
「トゥルエノ、核を出すぞ。赤の王女に攻撃させる」
「お腹側だよね! ひっくり返せばいい?」
高速移動しながらサラマンダーに攻撃を加え撹乱していく。周りを動き回る無視できない生き物に、サラマンダーの動きがからまり始める。
「今なら倒せる。側面から合わせろ」
二本の閃光が、動きに合わせて浮いた半身に突き刺さる。
しかし、相手もサラマンダー上位種は弱点を簡単に露出しない。
残った足と倒れ掛けの背中の火力で無理やり戻ろうとする。
「二発目…!?」
トゥルエノが二発目の攻撃のために側面に戻った時、体を戻そうと火力を上げている背中側で倒そうとする獣を見た。
ゼインが自分の胴以上もあるサラマンダーの足を両手で掴み無理やり倒す。
サラマンダーの炎に燃やされながら、荒々しく強引な攻撃にサラマンダーは腹を晒す。
胸には色の塊である結晶がはめ込まれている。生きたまま倒せれば結晶は高濃度の色素になり、高級な赤の道具に使用できるが、今はそんなこと言ってられるときではない。
「撃ち抜く…!」
サラマンダーの火力をギリギリ超えたであろうラヴァの炎は細く強く集まり、放たれた炎はサラマンダーの核を撃ち抜く。
ラヴァは自身の熱を上げすぎてオーバーヒートを起こして座り込む。
「はぁ…はぁ…やった?」
「さすが赤の王女だな。サラマンダーの赤よりも濃かったか」
「おねーちゃんすごいね! おねーちゃんのおかげでトゥーは果物もお肉も食べれる!」
電気を纏うのを止めた一人と一匹は疲弊したラヴァに近づく。
「ゼイン…?」
「おにーちゃーん! もうトカゲは倒したよー?」
ゼインだけがサラマンダーの方へ駆けた。
割れた結晶がはまっている腹目掛けて。
倒れたサラマンダーに更に追い打ちをかけようとしているのか、剣を振り上げる。
剣が振り抜かれる直前に割れた結晶のヒビを埋めるかのように黒い色素が流れ込む。
黒が混ざった結晶はゼインの剣を軽々と弾く。
「なに、あれ…?」
「あの黒いのは…なんだ。見たことないぞ」
オーバーヒートで動けないラヴァと見たことも無い現象に驚くエレトロ。
トゥルエノは何が起きたかもわからず二人の顔を交互に眺める。
ヒビに流れ込んだ黒は禍々しくドクドクと動く。息の根が止まったはずのサラマンダーの目が開きギョロギョロと辺りを見回す。
背中からは息を吹き返したことを象徴するかのように黒炎が高く立ちのぼる。
「結晶を打ち砕かれて…なぜ生きている…」
確かに結晶を打ち砕いた。
「倒せないのなら、また砕くよ…」
「今の赤の王女ではあの結晶は砕けないだろう。撤退しよう。浅葱の者を連れてこなければこの戦力では話にならん」
「エレトロ様の…言う通りです…お嬢。私も色素が尽きかけてます…。これ以上は確実に誰かが命を落とします」
ラヴァは近くの村も、目の前の人達も護りたい。しかし、戦えば目の前で命を落とし、撤退すればネスが向かった村だけでなく多くの命が散るだろう。
「分かった。私が残る」
決意の炎を瞳に宿して、オーバーヒートした身体を無理やり回復させて起こす。
自身に溜まった熱なんて無視して戦う。
「お嬢…!ぐっ…」
「エレトロさん。彼も都市へ連れてって浅葱家とギルドへ緊急依頼をバーミリオンの名でお願いします」
「承った。すまない赤の王女よ。貴女と戦えたことを誇りに思う。いくぞトゥルエノ」
「おねーちゃん死んじゃダメだよ?」
エレトロとトゥルエノが閃光となって戦場から立ち去る。
ゼインも白虎に無理やり連れてかれる。
ゼインは連れてかれながらも何か声を上げてそうだと思ったが、さすが黄色。音を置き去りにしてもう離れてしまった。
「さぁ…ここからは我慢比べだね。燃え尽きるのはキミか私か」
「ギャオオオオオオオ!!」
サラマンダーが吠えて黒炎をさらに吹き出す。
「私が、みんなを護る…」
ボロボロの身体で呟いたその言葉は、いつものような決意も安心感も周りに感じさせられないほど、弱りきっていた。
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