第15話 勇気の色

「ブモァァァァァァ!!!!」


 目の前で圧倒的存在感を見せつけてくる。

 猛牛のようなその咆哮はボクの後ろで逃げる人達の足を嫌でも止めさせる。


「ッ…!早く逃げろぉ!」


 いち早く恐怖から立ち直ったボクは声を荒らげる。


「ほれ!ネスが言うんじゃ!逃げるぞ!」


 ありがとうおじいちゃん。

 ボクの声にいち早く反応してみんなを引っ張る。

 実の子のように可愛がってきたボクを怪物に立ち向かわせるなんて心苦しいだろうが、本能的に敵わないことを分かって逃げてくれた。


(前みたいに逃げる訳には行かない…かな)


 ラヴァさん達は上位種サラマンダーとの戦闘中今でも時折轟音が鳴り響く。

 ラヴァさん達の援護は期待できない。


 無色に産まれて何もできずに何もなせずにいたボク。初めての遭遇だって一目散に逃げたことで生き延びれた。

 そんなボクが初めて経験する逃げてはいけない事象。


 無色にだってできることはあると都市に逃げ、剣士からも転げて逃げ、ミノタウロスからも助けてもらえるところまで逃げた。


「リベンジだ…」


 ボクは今日、初めて自分の人生に『立ち向かう勇気』の色を描く。


 心に熱を灯す。


 ラヴァさんに受け取った熱だ。


 短剣を半身に構える。


 ゼインさんに教わった技術だ。


 ボクの中にはもうバーミリオン家の色が流れ込んでいる。普段なら逃げただろう今も、人を護るというだけで自分を盾にとさらせる。


 遺伝子で色が決まるなんて、ボクは無色だから何も出来ないだなんて


「ボクはバーミリオン家の勇気ある赤持ちだ!」


 ミノタウロスに対抗するかのように、自分を鼓舞するかのように


 少年も吠える。


 少年の一声を皮切りに、猛牛と少年どちらも村の中心に走る。


 少年はバーミリオン家の証である赤い意匠のレザー装備にインクの入ってないカードリッチ付きの短剣を体の前に構えて低姿勢で駆ける。


 猛牛は戦うと決め観察すると、初めて会った時よりも強化されたのが目に見えてわかる。

 よりドス黒い赤の体躯は4m近くあり森で逃げ回ったミノタウロスより1m弱大きい。

 手には大戦斧ではなくゼインさんのものより一回り大きそうな大剣を片手で引きずっている。刃は引きずって持っているからか潰れて切れ味なんてものはなさそうだった。


 片手の大剣ならばゼインさんとの稽古が役立つ。ゼインさんは両手だったからこそカバーできていた死角があったが、猛牛は初撃を外せば隙があるはずだ。


ズン!ズン!ズン!


 大して離れていなかった距離はミノタウロスを観察している一瞬で詰まる。

 ボクが狙うのは牛の脚の健だ。短剣では致命傷まで届かない可能性が高いのならば、身長差を利用して動きを止めたい。

 健さえ切れれば動き回って倒せると思っていた。


 猛牛は予想通り素直に大剣を引きずった所から雑に振り上げてくる。右下から振り上げた大剣は盛大に空を切り体をひねる。


 ボクは猛牛の右手側に避け、さらに背中側に走り抜ける。

 走りざまに脚への攻撃をしようとしたが、蹄が地面ごと抉り込むように後ろに振り抜かれる。

 ボクは攻撃の体勢から無理体を捻り顔スレスレで蹄を避ける。


 振り抜いた脚を使い無理やり体を捻りこみ、振り上げた大剣を今度は叩き潰すかのように振り下ろす。

 刃のない大剣は地面に刺さるのではなく、衝撃で地面を凹ませる。


 両断される心配はなくともくらえば体は真っ二つだろう。手加減したゼインさんの木刀ですら体が割られたのではないかという錯覚に落ちるのに、この大剣はどうなってしまうのだろう。


 なにか感じる前にこの大剣はボクの命を狩りとるのだろうか。避けた大剣の威力を眺めながら身震いする。


「だけど…、当たらなければ!」


 そう、当たらなければいい。大剣への戦闘経験値は超一流と鍛えたこともあって膨大だ。これで敵が遠距離攻撃とかだったら手も足も出ずに今頃射抜かれているだろう。


 大振りの多いミノタウロスの攻撃を避けるのは難しくなかった。何度か避ける間に攻撃のチャンスを作る。


 また地面に剣を突き立てた瞬間後ろに回ると蹄が飛んでくる。ただ軸足が一本絶対に残るので蹄を誘発し軸足を狙う。


「入った…!」


 逆手に持った短剣が猛牛の機動力を奪ったはずだった。


 手にはどっしりと硬い感触、刃が何かを切ったというよりも


「刃が滑った…!」


 ミノタウロスは体部分は人間、脚と頭が牛のモンスターだ。牛の部分は毛でおおわれており、脚なんかは牛の脚力を持っている。


「毛が硬いのか!」


 そう、ミノタウロスの首から上と下半身は天然のレザーアーマーだ。硬い毛に覆われた体は並大抵の武器や破壊力ではダメージが通らない。

 おまけに肉厚の筋肉が健などの致命傷を防ぐ。


「なら、切るんじゃなくて突きなら!」


 ミノタウロスを倒すためには圧倒的な火力で致命傷を与えるか、人間の胴にある心臓をひと突き、もしくは時間はかかるしあまり推奨されていないが少しずつダメージ入れて失血死させるしかない。


 そんなことを駆け出しのネスが知るはずがない。戦闘への技術はあってもモンスター1匹ずつの情報なんてとても間に合わなかった。


「はぁ!」


 また同じく攻撃を誘発軸足を狙って今度は突く。しかし刺さらない、毛に刃は立たないので毛は突破するが、肉厚の筋肉が健を護る。


 おまけに突きは抜けないため、少年の動きは止まる。


 蹴り抜いた脚で踏み込んだミノタウロスは自分の足元で止まる人間を、体をねじって大剣で殴り飛ばし、村の家のひとつを破壊する。


「ガッハ…!!!」


 動きを止めた少年はその大剣を回避できずに胴にもらう。刃のない大剣なのが幸いした。刃があれば真っ二つだっただろう。


 折れたあばらを癒し、荒げた息を整えようと体を起こす。


 瞬間、殴り飛ばした本人が健脚を披露し突っ込んでくる。剣を振るのではなく、自慢の角で突っ込む。


「うわぁっ!?」


 まだ残っていた家の柱に手をかけ無理やりの回避を試みる。

 ボクがいた場所はミノタウロスによって何も残さず瓦礫へと姿を変えた。


 頭を引き抜いたミノタウロスはその場にいたはずのボクを探す。


 ボクは癒したせいで余計な体力を使ってしまったのと、受けた攻撃のせいで息が整わない。


 硬い天然のレザーアーマーに、圧倒的な攻撃力、オマケに武器を操る器用さまで持ち合わせている。


 少年は今のままでは勝てる気がしないと覚悟を決めた。


 胸に灯した勇気の赤に恥ずかしくないように、自分の命を燃やしてでもミノタウロスを倒すと、少年は勇気に再び熱を込める。

綺麗な白髪の毛先に赤が薄く流れ込む。


 体の中の赤を熱する。熱に体勢のない少年の体は癒しながらでも持って数分。

 その数分は全身のやけどのような痛みに熱がこもり体が危険信号を放つ。それを無理やり癒しながら戦う。


「ラヴァさんだって命を燃やして戦ってたんだ…ボクが、無色がタダで戦えるわけないだろ!」


 少年が再び吠え、今までよりも早く、鋭く、重い一撃をミノタウロスの腿に入れる。


 熱を込めた体は思ったよりも力み、攻撃に精細さはない。が、ミノタウロスのレザーアーマーを貫通する。


 力と速さが上がれば短剣でもミノタウロスにダメージを入れられる。

 確信した少年は勝つために、誇り高い赤を示すように体に熱を込めていく。


「ボクが…みんなを護る…」


 そう言いミノタウロスに向かって走る少年の軌跡は赤い線を空中に描く。


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