第12話 決意の色

 キャンプ地の設営が終わってから周囲の森探索は夜まで続いた。


 日が落ちても火をつけれるバーミリオン家のパーティは昼夜問わず、森や村に害のある可能性のあるモンスターを狩り続けた。


「そろそろ切り上げましょうか」


 ゼインさんが目の前のトレントを切り倒し、ボクらに振り向きながら言う


 ボクは朝から続いた戦闘に終わりが見えて喜び、ラヴァさんの方を振り向いた。


 最後尾でうつらうつらとしているラヴァさんは周りを警戒なんてしていない。

 圧倒的強さに裏打ちされた自信の表れなのだろうか。


「森は冷え込むから、眠い…」


 ラヴァさんのように存在自体が炎に近い人だと気温や季節、色の属性なんかもモロに相性があるらしい。

 森のひんやりとした気持ちよさはラヴァさんにとっては炎が燃え上がらない苦手な環境らしい。


 その時、ラヴァさんの後ろから細く早い枝が伸びる。

 周りで様子を見ていたトレントがゼインさん相手は分が悪いとみて、最後尾の女の子を狙った。


 ゼインさんはこちらを向いてるにもかかわらず動く素振りを見せない。


「ラヴァさん!」


 枝は早く鋭く伸び、ボクは気づくので精一杯だ。


(間に合わない…)

 

 枝はラヴァさんの体を貫通した。


 しかし、背中から刺さり腹を抜けてきた枝には血の一滴もついていない。


「えっ…?」

「ワタシの体自体が炎みたいなものなの口でしか説明してなかったから」


 ラヴァさんの細い体には枝が貫通している。

 しかし、貫通した箇所は揺らめく炎のようで、元から穴が空いていたかのようだ。


「赤の最上位の力を持つと、血や肉自身が炎のように燃えるの。体がふたつに離れない限りワタシに物理は効かない」


 要するに実際に首の皮一枚繋がれば物理無効ならしい。


「装備にも血を塗り込んであるから…ほら、元通り」


 貫通していた穴を塞ぐとトレントの枝は炎に触れ燃え落ちた。

 周りから擬態し様子を伺っていたトレントは相性不利を目の当たりにし、大人しく木の擬態に戻る。


「さぁ、今度こそキャンプをしましょう。明日にはもう目撃情報の近くですよ」

「じゃあ…ワタシは水浴びしてくる。汗かいちゃったし」


 圧倒的な程の炎の塊が水浴びというのはどこか面白く感じた。

 ラヴァさんは眠たそうにフラフラと水の音が聞こえる方に向かう。

 川でも流れているのだろう。


「では、ワタシたちは食事の準備でもして待ちましょうか」


 ゼインさんはそう言うと先程綺麗に切り倒したトレントの大木を軽々と開けた場所に置く。


(あのトレント軽く見積っても5mくらいある木と変わらないんだけどな…)


 ゼインさんの規格外にはこの探索中も驚かせ続けられる。

 赤の最上位のラヴァさんの火力はともかく、オレンジは一般色なのにここまで強くなれるものか…


「ネスは薪を拾ってきてくれ、太くなくても乾いてるものなら私が火をつけよう」


 ゼインさんがバックパックからキャンプ用品を取りだし、ラヴァさんを寝かせるためであろう1人用の寝室の準備を始める。


「じゃあ少し森の方行ってきますね」

「危なくなったら逃げるんだぞ」


 慣れた森の探索だけならと足早に薪になりそうなものを探しに行く。


「軽く回ったけどこの辺はトレントばっかりで枝が落ちてないな…」


 トレントが群生している森ならば枝は彼らの手足、そう簡単に落ちているものでは無い。

 おまけに日中はまだまだ暖かい気候の春ならばトレントが枯れ枝を出す訳もなく元気なものだろう。


 そんなことを思いながら周囲を歩いているとよく乾いた枝が落ちている道があった。


「この道の方は乾いた枝が落ちてる…」


 トレントは乾き、栄養不足など様々な条件で悪くなった枝を剪定する。

 もう使えない手足は切り離して元気な枝に栄養を送るのだ。


「道沿いに落ちてるならすぐ薪になる分集まるぞ」


 ボクは落ちた枝を集めながら早足でその道を進む。


 ある程度枝が腕に集まる頃には、川の近くまでやってきた。

 水辺なのにトレントが少し怖がって身を引いてる様にある場所を中心に空間ができている。


 乾いた枝の道を追いかけていたらラヴァさんが水浴びしている川についてしまった。


 ラヴァさんはこちらに気づいていない様子で夜の冷たい水を体にかけている。

 寒さや水が苦手なはずなのに浴び続ける様はなぜかボクを不安にさせた。


「大丈夫…ですか?」


 大人しいトレントの影から後ろ向きに声をかける。

 ラヴァさんは声で気づいてびっくりしたようにバシャっと水音が鳴ったが声はあげなかった。


「どうして…ここに?結構歩いたつもりなんだけど…」

「乾いた枝を探してたらここまで繋がってて」


 ラヴァさんが通った道の枝が乾いていたのならば納得だ。あの炎の塊が横を通ればトレントの枝の末端なんて枯れるだろう。


「それより…水そんなに浸かってて大丈夫なんですか…苦手だって」

「えっち」

「えぇ!?」


 ラヴァさんは抑揚のない声でボクのイタイところを突いてくる。

 ボクは影にいるのに照れてしまいそうなくらい顔を真っ赤にして狼狽えた。


「ここ、ここに着いた時に! 少しだけ視界に入っただけで決して見たわけでは!」

「キミは覗くような人じゃ無いもんね、それくらい分かってる」


 安心しきったように声を掛けてくるラヴァさんはどこか疲弊している。


「護れなくてすみません、護衛なのに。やっぱりさっきの戦闘で体に穴空いたのが良くなかったんですか…?」

「まだまだ色を使い始めたキミに護られるほどじゃないよ」


 体調が悪そうにするラヴァさんに謝るが、そんなこと気にしてないよと優しく微笑んだ気がした。


「ゼインが薪を探してこいって言ったんだよね…」

「はい…」

「はぁ、ならゼインはキミにもワタシのことを知って欲しかったのかな。トレントの森で薪なんて狩らなきゃないんだから」


 ボクはラヴァさんの言葉に頭の中は?でいっぱいだった。

 あのゼインさんがボクに水浴びの場所に着くように指示を出す?

 相手はラヴァさんなのに?


 そんなことを考えているうちに水浴びの音がやんでいた。ラヴァさんは最低限下着をつけボクの前に体を晒す。

 視界に色白の肌が入り込んだ瞬間に背中を向ける。


「なななな何をしてるんですかぁ!?」


 後ろから現れた赤使いとは思えない綺麗な色白の肢体に狼狽える。


「下着は来てるから目を開けて」

「無理ですよ! ボクだって男ですよ!?」

「っ! …でも見せなきゃいけないものがあるの」


 すこしびっくりした様子だったが、真剣な雰囲気にボクは目を開けた。


 目に飛び込んできたのは濡れた白いからだではなく、細いお腹にあった黒い焼け跡だった。


「なんですかそれ…さっきのトレントの攻撃を受けたところじゃないですか…」

「ワタシの体が炎でも、何もなしには燃えられないよ。能力を把握して欲しくてゼインに止めないで貰ったけど、消すの間に合わなくて少しだけ体が燃えちゃった」


 ふふっと軽く笑いながら話すラヴァさんは、深刻な話をしているようには感じられなかった。


「そんな体に負荷があるなら口頭の説明だけでよかったですよ…。初めて会った時にも説明してもらったのに…なんで」

「見ないと分からないでしょ。この力があることを知っていれば今後の作戦はもっと立てやすくなる」


 命を燃やし尽くすかのように語るラヴァさんの目には、黒の席に座ると語っていた時と同じ燃えるような意志を宿している。


「そんな作戦じゃラヴァさんが苦しいじゃないですか…」

「どっちにしろ炎になった体は長くは生きられないから…」

「長く生きられない?」

「熱で燃えた細胞は癒しの炎で勝手に治るんだけど、細胞の再生回数には限界がある人間の構造自体は変わらないから、いつかワタシは灰になる」


 淡々と語るラヴァさんはその事実を諦めたかのようだった。恐らく小さい頃から圧倒的な火力を持った彼女は、早いうちに赤の最後を教えられたのだろう。

 昔から知っていた最後を話す彼女に寂しさは感じられなかった。


「何も残せず灰になるくらいなら、ワタシは紅く燃え尽きたい」


 確かな決意を宿して語る彼女に言い返す言葉をボクは持たない。


「それでも…」


ポツリと声が出る。


「それでもダメです⋯。力を見せるためだけに、力を使わないでください!ラヴァさん自身を大事にしてください…」


 ボクを引っ張りあげてくれた彼女は色だけでなく意志まで強かった。

 赤く崇高な彼女はどこまでも強く高く燃えるのだろう。


 それでも


「貴方は無色だったボクをここまで連れてきてくれた。何も無かったボクの篝火になってくれた。そんな貴方が燃え尽きてしまうなんてダメだ…」


だからこそ


「ボクが護ります」


 心の底から出た言葉だった。色を使えるようになったばかりのまだまだ弱いボクなのに、自然と口から言葉が出た。


 ラヴァさんは少し驚いた顔をしながら目元を少し赤くしている。


 分不相応な言葉が溢れて止まらない。


「ボク、強くなります」


 その決意は体の奥に灯された炎に薪をくべ、さらに赤く燃え上がらせた。

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